密偵
レイダ公爵とガンジの話は2人だけの秘密だった。他に漏れるとドラス大臣一派から思わぬ妨害を受けることになると・・・。
だが公爵の家にはドラス大臣の密偵も紛れ込んでいた。その密偵は屋敷の召使となり、レイダ公爵の動きを探っていた。追い出したとはいえ、かつての政敵にドラス大臣は注意を払っていたのだ。
その密偵はレイダ公爵とガンジが話している部屋に密かに忍び寄り、ドアに耳をつけてその会話を聞いていた。
(これは一大事。レイダ公爵がそんなことを企んでいたとは・・・。早速、ドラス大臣に報告せねば)
密偵はその足でドラス大臣の屋敷に駆け込んだ。そこにはちょうど腹心のワージ執行官も来ていた。
「ミクラス。一体、急にいかがした? レイダ公爵の動きを監視しろと命じたはずだが。」
「それが大変でございます。レイダ公爵がある者を使って王様の耳に何か吹き込もうとしております」
密偵のミクラスはそう申し上げた。だがワージ執行官は笑いとばした。
「ははは。まさか、そんなことはあるまいよ。我が一派が王様の周りを取り巻いている。他の者が王様に近づけるはずはない」
だがドラス大臣はミクラスの言葉に目付きを鋭くしていた。
「いや、待て! 奴らに何か秘策ができたのかもしれぬ。ミクラス。申せ! 一体何をしようというのだ?」
「ガンジという者を使って朝駆けで一番乗りを取らせようとしております」
「それが何になるというのだ?」
ワージ執行官は(つまらん)とも言いたげだった。ミクラスは言葉を続けた。
「朝駆けで一番乗りになると王様からお声をかけられると聞いております。その時にガンジなる者がレイダ公爵の言葉を伝えようとするかもしれませぬ」
それを聞いてドラス大臣ははっとして膝を手で打った。
「その手があったか! レイダ公爵め。考えおったな!」
「いかがなされます? 大臣」
さすがのワージ執行官も事の重大さが認識できたようだった。ドラス大臣がワージ執行官に尋ねた。
「ところでそのガンジとかいう者は? 覚えがあるか?」
ワージ執行官はしばらく記憶をたどってみてやっと思い出した。
「あっ! 昨年、朝駆けで一番乗りを取ったのが確か、ガンジという者。かなりの健脚で敵う者などないような有様でした」
「なに! それではそやつが今年も一番乗りを勝ち取るかもしれぬというわけだな」
ドラス大臣は腕組みをして考えこんだ。だがワージ執行官は余裕のある笑いを浮かべていた。
「まあ、昨年が一番と言って今年も一番とは限りませぬ。それに今年は騎士団長になったベルガが参加いたします」
「ベルガ?」
「はい。なんでもその健脚は国の内外に響き渡っているものでございます。今年は我が一派から一番乗りを出したいと思い、奴に騎士団長という役職を与えて、今年の朝駆けに参加するようにと抱え込みました」
ワージ執行官は得意げに言った。だがドラス大臣は用心深い。
「それで奴は大丈夫なんだろうな? 裏切ることはないか?」
「それはもう。金と名誉さえ与えておけば言うことを聞くような奴ですから。 では私はこれで」
ワージ執行官はそう言って帰って行った。一方、ドラス大臣はまだ腕組みをして考えを巡らせている。まだその場にいたミクラスが尋ねた。
「大臣。何かまたお考えがあるようですが」
「ワージはああ言ったが、念には念を入れねばならぬ」
「確かにそうでございますな」
「お前の手の者を使ってガンジを襲え! 殺しても構わぬ。奴を抹殺するのだ! よいな!」
「はっ!」
ミクラスはドラス大臣の命を受けて出て行った。
「ここまですればもう大丈夫だろう。これが終わればレイダ公爵をこの国から追わねばならんな」
ドラス大臣はようやく腕組みを止めてソファに深く座り直した。




