レイダ公爵
王都の西に大きな屋敷があった。そこはこの国の重臣、レイダ公爵の住まいだった。レイダ公爵はかつてこの国の大臣であったが、ドラス大臣と争った結果、失脚して政から身を引いていた。だがまだその人脈から王宮に強い影響力があった。
ガンジはこの屋敷の前でレイダ公爵の帰りを待っていた。彼はかつてレイダ公爵の護衛についたことがあった。彼の見るところレイダ公爵は高潔な方だった。それに分け隔てなく誰とでも気軽に接していた。もちろんガンジに対しても横柄な態度を取ることもなく、いつも「ご苦労」と声をかけていただいていた。ガンジはこのレイダ公爵なら話を聞いていただけるかもと思っていた。
ガンジが屋敷の門の近くにいると、やがて馬に乗ったレイダ公爵が家来を連れて帰ってきた。ガンジがその前に行き、片膝をついて頭を下げた。
「公爵様。お久しぶりでございます。見回り組騎士のガンジでございます」
ガンジのような身分の低い騎士のことなど無視されるかもしれない。それでも何とかレイダ公爵に話を聞いていただきたかった。するとレイダ公爵の家来が馬から降りて彼に近づいた。
「無礼者め。そこをどけ! どかぬと」
家来は馬のムチを振り上げた。ガンジはそれでもそこをどかぬ覚悟をしていた。
「公爵様。ぜひ私の話をお聞きください!」
彼はさらに大きな声を上げた。業を煮やした家来がムチで打とうとした時、レイダ公爵の声が響いた。
「やめぬか! 乱暴を働くな! 儂の知り合いのようだ」
その声で家来はムチを下した。レイダ公爵は馬から降りると、ガンジに近寄って身をかがめた。
「ガンジではないか? いかがした!」
レイダ公爵は懐かしそうに言葉をかけた。
「私を覚えておられましたか?」
「もちろんだ。昨年の朝駆けで一番乗りを取ったと聞いておる。儂の知り合いがそのような栄誉に輝いたと聞いて儂も鼻が高いわ! はっはっは」
レイダ公爵は嬉しそうだった。ガンジはそれを聞いて少し気が楽になった。やはりこの方は私が思っていたような方だと・・・。一方、レイダ公爵はガンジが何か頼みたいことがあるのではないかと察していた。
「今日はどうした? 何かあったのか?」
「実は公爵様にお願いしたい儀があり、参上しました」
レイダ公爵はガンジの様子を見て、ただ事ではないように感じていた。
「わかった。ついてまいれ! 中で話を聞こう」
「はっ!」
ガンジは屋敷のレイダ公爵の部屋に通された。レイダ公爵は人払いをしてガンジに尋ねた。
「さあ、聞こう。お前の様子からして、ただの頼み事ではないな」
「はい。これはこの国の大事としてお聞きください。実は・・・」
ガンジは村の様子を話し出した。それをレイダ公爵はうなずきながら聞いていた。
「・・・ということでございます。村の様子を見ておりますとこのまま放っておけないと思い、公爵様のお耳に入れたわけでございます・・・」
ガンジはレイダ公爵に思っていることをすべて話した。レイダ公爵は腕組みをしてガンジの話を聞いたものの、何も言わず口をぐっと結んで厳しい顔をしていた。公爵もこの国の実情を密かに調べ、憂いていたのだ。そしてしばらくしてやっと口を開いた。
「儂もそのようなことは耳にしておる。しかしそれを止める手立てはない。すべてドラス大臣から命令が出ておる。抑えられるのは王様だけだが、ドラス大臣一派が王様の耳に入らぬように周りを固めておる。儂であっても王様に申し上げることもできぬ。王様のお耳に入れさえすれば、あの英明なお方だから手を打っていただけるのにな・・・」
レイダ公爵は悔しそうにそう言った。ガンジはそれを聞いて望みが立たれた気がした。
「それではどうにも・・・」
「ああ、儂の力は及ばぬ。すまぬ」
レイダ公爵はため息をついた。今は辞職しているとはいえ、元は大臣だったレイダ公爵でもどうにもできぬとは・・・ガンジはあきらめざるを得なかった。
「いらぬことをお耳に入れて申し訳ありませぬ。私はこれで・・・」
ガンジは暗い顔をして頭を下げると立ち上がった。その時、レイダ公爵にある考えが浮かんだ。
「待て! まだ方法がある!」
「本当でございますか!」
ガンジは身を乗り出した。
「うむ。王様に今の国の、いや民の実情を申し上げればいいのだな」
「はい。」
「ならば朝駆けがあるではないか!」
「朝駆けでございますか?」
「そうだ。朝駆けだ。一番乗りになれば王様にお会いできよう。その場で民の実情を申し上げることができるかもしれぬ。」
レイダ公爵の言葉を聞いてガンジははっとした。
(そうだ! 朝駆けなら自信がある。昨年に引き続いて勝つことも出来よう。私が一番乗りになり、直接申し上げればいいのだ!)
ガンジは立ち上がった。その顔が希望で明るくなっていた。一番乗りを勝ち取るためにさらに鍛錬を積まねばならないと目標が見えてきた。
「ありがとうございます。必ず一番乗りを取ります!」
ガンジはレイダ公爵に一礼すると部屋を出て行った。
その後姿を見送りながら、
「頼むぞ。ガンジ。儂ももうお前に頼ることしかできぬ」
レイダ公爵はそうつぶやいていた。




