走る少女
ここはトキソ国のエランガという小さな町。ここに若者なら誰でも通える学校があった。貧しい者も身分の低い者も平等に読み書きを教わることができる。だから王都から離れた場所であっても多くの若者が通っていた。
授業が終わり、多くの少年少女がワイワイと話しながら楽しそうに校舎から出てきた。道草をしながらゆっくり家に帰ろうというのである。だがその中の一人の少女がいきなり走り出した。
「リーサ! 一緒に帰ろうよ!」
「ううん。家が遠いから日が暮れてしまうわ。ごめんね。マリ!」
リーサと呼ばれた少女はそのまま走り続けた。
リーサは山一つ向こうのコムギ村から来ていた。だからゆっくり歩いてなどいられない。町から出て森の中の小道を抜けて、小川を渡り、そして丘を越えてやっと村にたどり着く。
今日も日暮れまでには帰りつけたようだ。玄関の前で乱れた息を整えてドアを開けた。
「ただいま帰りました」
リーサはそう声をかけて家に入った。母のソリアが彼女を迎えた。
「おかえりなさい。今日も走って帰ったのね。大丈夫?」
「平気です」
リーサは家に上がると、カバンを放り出して座り込んだ。若いと言ってもこの距離を毎日、朝、夕と駆けるとさすがにへたばる。だがそうでもしてでも彼女はあの学校に通う必要があった。
(王宮に上がり、女官になる!)
それがリーサの夢だった。それには最低限の学力がいる。読み書きや様々な知識がいる。この村ではかなえられないことだった。幸いなことに彼女には父譲りの健脚があった。それで町の学校に通うことができたのだ。
彼女の父はそんな遠いところまで通学することが心配で、最初は反対していたが、リーサが辛抱強く説得して何とか認めさせた。父も仕方なくという風だったが、内心では応援していた。彼はこの国の一介の下級騎士だったが、政に対して意見があった。ただ学識がないため、この身分に甘んじるしかなかった。だから父は娘のリーサに期待していた。
だがリーサは(この国のために尽くしたい)という理由だけで女官を目指したわけではなかった。彼女には3年前の出来事がそのきっかけになったのだ。