7話。サイクロプスたちを支配下に入れる
ティニーの身体が光の粒子に包まれて弾け、巨竜ヴァリトラが大地を踏みしめて出現する。
「なぁああああああ!? まさか、まさか……ッ!?」
「新手の敵!? いや、待て……!」
「王都を訪れた際に、お姿を見たことがあります。あれは伝説の守護竜ヴァリトラ様では!?」
ベオグラード騎士団の面々が、肝を潰した。
「や、やはり、エルファシアの支配者ヴァリトラか!?」
サイクロプスたちが恐怖にのけぞる。
「いかにもその通りです。そして、こちらにおわすお方こそ、私がこの世界で唯一敬愛するマイス兄様です」
「なに……!?」
ティニーの宣言に、その場の全員の視線が僕に釘付けになった。
ティニーは【人化の霊薬】の効果により、ドラゴン形態でも声が出せるようになっていた。
「う、噂には聞いたことがある。ヴァリトラが傅く唯一の存在、【至高にして至大なるお方】がいると……」
「では、この男が、300万の魔物の頂点に立つ【影の魔王】!?」
妹と意思疎通がしやすくなったことは喜ばしいけど、何かサイクロプスたちから誤解を受けていた。
【影の魔王】ってなんだ? まさか僕のことか?
「この地は、マイス兄様の領地です。ここを攻撃するということは、この私を敵に回すということ……」
「ひっ……!」
テサイクロプスの一体が、短い悲鳴を上げて逃げ出した。
「その愚かしさは万死に値します」
ティニーが口腔から灼熱のブレスを発射して、背を向けたサイクロプスを消し炭にした。
「うぉおおおおおおおッ! ほ、本物だ! 本物の守護竜ヴァリトラ様だぞ!」
「ヴァリトラ様が、まさかこんな辺境にぃいいいい!?」
息も絶え絶えだったベオグラード騎士団から、大歓声が上がる。
一方でサイクロプスたちは恐慌状態に陥った。
「こ、こここ降参する! だから、攻撃するな!」
「ヴァリトラ……いや、ヴァリトラ様、我らはあなた様に服従するぅうううッ!」
「私に服従する? 何を思い違いしているのですか? この世の生きとし生ける物は、マイス兄様を崇め傅くのが正しき姿です。そのマイス兄様に牙を向けた以上、あなたたちには死あるのみです」
「な、なにを言っているんだティニー?」
ドラゴンとなったティニーは、攻撃性が増す傾向があるようだ。その苛烈な死刑宣告に、僕は仰天した。
ティニーは牙の並んだ大きな口を開いた。これは特大のドラゴンブレスを発射する構えだ。
「ひぃいいいいいッ!」
「ちょっと待ってくれティニー。降参するというなら、許してやろう!」
「えっ、よろしいのですか、兄様?」
ティニーはキョトンと目を瞬く。
「下手にこの土地の魔物と敵対するより、仲間にして取り込んだ方が得策だと思う。その方が領民のためだ」
なにより、魔物といえど無益な殺生をするのは好まない。血を見ないで済むなら、その方が良いだろう。
「……わかりました。兄様がそのようにおっしゃるなら。あなたたち、寛大なる兄様のお心に感謝するのですね」
「は、はいぃいいいい! 命をお救いくださり、感謝いたします! 【影の魔王】様!」
3匹のサイクロプスたちは、僕の前で両膝をついて平伏する。
【至高にして至大なるお方】に続いて、妙なあだ名が増えてしまった。
でも、この地の魔物を取り込むなら、【影の魔王】と呼ばれた方が、都合が良いかも知れない。
魔物を仲間にした方が、軍事にかける人員も予算も減る。リソースを他に回せるので、この地が豊かになるだろう。
「ありがとう。じゃあまず、キミたちが壊してしまった街の防柵を修理してもらえるかな?」
「はっ! もちろんでございます。木を切り出して、もっと立派な防柵を建ててご覧に入れます!」
サイクロプスのリーダー格は、さっそく作業に取り掛かかろうとする。
「一日以内に終わらせるんですよ。もし逃げたり、遅れたりしたら、容赦しませんからね」
「はいっ、肝に銘じます! ヴァリトラ様ぁあああ!」
ティニーに睨まれてサイクロプスたちは絶叫した。
ちょっとかわいそうな気もするけど、魔物の扱いにかけては、ティニーの方が圧倒的に経験豊富なので口出ししないでおく。
「ああっ、まさか、まさか、滅びゆくこの地にこのような奇跡が訪れようとは……!」
「守護竜ヴァリトラ様が来てくださったなら、もう魔物に怯えることはありませぬ!」
「病に犯された我らは死すとも本望! どうか、マイス様、ヴァリトラ様、我らに代わって、我らが故郷をお守りくだされ!」
騎士たちは、感涙にむせんだ。
「えっ? みなさんは死んだりしませんよ。僕はベオグラードを黒死病から救うためにやって来たのですから」
「はえ……?」
僕の宣言に、みんな狐につままれたような顔になる。
「みなさんは実に運が良いです。マイス兄様こそ、この国一の……いえ、歴史上最高の錬金術師です」
ドラゴンから少女の姿に戻ったティニーが、誇らしげに胸を張った。
「偉大なる兄様のお力の前では、黒死病など恐れるに足りません」





