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第七話 第六席


 そして三日が過ぎた。

 ユキナは懲りずに俺に付きまとっていた。

 その間に、学院内では俺たちが恋仲なんじゃないかとの噂が流れ始めた。

 そりゃあ、毎日起こしに来るし、しつこいぐらい付きまとっているし、傍から見れば仲が良く見えるか。


「今日の成果は?」

「なし」

「飽きない?」

「飽きないわね。不思議と」


 午後の授業が終わり、俺は恒例となりつつある言葉をかける。

 すると、ユキナも恒例となりつつある返しをしてくる。

 あまり表情が変わらないユキナだが、最近は一緒にいるせいか、楽しそうなときはわずかに微笑むことがわかった。

 今も微笑んでいる。

 それなりにこの見取り稽古を楽しんでいるらしい。

 成果がゼロでも。

 ユキナが普段から天狼眼が使っているなら別だが、ユキナはあれ以来、あの魔眼を使っていない。それでは無理だ。

 俺がボロを出さないようにしている以上、ユキナが学ぶことはない。

 ユキナにはまだ時間が必要だ。誰かに教わるというよりは、自らたくさんの経験を積んで、自分で気づくべきだ。

 防御の大切さや、戦場で人を斬る経験。

 俺が教えるとしたら、その後だろう。

 だからボロは出さない。

 美人に付きまとわれる日々は惜しいけれど、ユキナは逸材だ。

 下手に小手先の技術を教えれば、大事なことに気づく機会を失うかもしれない。

 そうなれば、俺は貴重な剣聖の後継者を失う。

 焦ってはいけないし、色気に惑ってもいけない。

 自分に言い聞かせ、自制する。

 そんな俺が席から立ったとき、教室に三人の男子生徒が入ってきた。

 上級生だ。

 着ているのは白服。魔剣科の生徒だ。

 その三人の先頭、金髪の青年が俺の傍までやってきた。

 背も高いし、なかなかのハンサムだ。どっかで見たことある気もするけど。


「君がロイ・ルヴェル君か」

「そうですが、なにか? 先輩」

「僕を知らないのかい?」

「ええ、知りませんね」

「へぇ、強がりで言っているわけじゃないみたいだね」


 そう言って青年はニッコリと笑い、前髪をかきあげた。

 そして。


「剣魔十傑第六席、ティム・タウンゼット。タウンゼット公爵家の跡取り息子っていったほうがいいかな? 落第貴族のロイ君」


 ああ、どこかで見たことがあると思ったら。

 剣魔十傑の一人か。

 半分以下は興味ないから覚えてない。

 しかし、タウンゼット公爵家の息子か。

 たしか、ユキナの実家であるクロフォード公爵家と同じく、過去に剣聖を輩出したことがある名家だ。

 それなのに三年で六席か。平凡だな。


「それで? 公爵家の跡取りで、剣魔十傑に名を連ねるほどの先輩が俺に何の御用ですか?」

「君に関係あることだが、君自身に用があるわけじゃないよ」


 そう言ってティムは俺の後ろにいたユキナに目を向けた。

 ユキナの顔は曇っていた。

 とりあえず、楽しそうではない。


「ユキナ君。少し振る舞いに気を付けてくれないかな?」

「……私がどういう振る舞いをしようと、私の自由です」

「そういうわけにはいかない。僕らは婚約者だからね。変な噂が流れるのは不愉快なんだ」


 婚約者。その言葉にユキナの肩が少し震える。

 たぶん、気に入らないんだろうな。

 そんなことを思っていると、ティムはさらに言葉を続ける。


「君がこの婚約に気が進まないのはわかっているよ。けど、かつて剣聖を輩出した両家が結ばれることで、僕らの子供は次代の剣聖になりえる。これは国のためだ。君だって貴族として、旅の剣士が剣聖の座に座っているのは気に食わないだろ? 僕らの子供は希望なんだ」

「……理解しています。ですが、学院在学中は好きにさせてもらいます。そういう約束のはずです」

「君の自由についてとやかく言う気はないよ。気を付けてほしいと言っているだけだ。僕はタウンゼット公爵家を背負う男なんでね。困るんだよ。未来の妻がこんな――落第貴族と呼ばれる落ちこぼれと仲がいいなんて噂が流れるのは、ね」


 それだけ言うとティムはお供の二人を連れて、教室を出ていった。

 そんな去っていくティムを見送り、俺はポツリとつぶやいた。


「なんで六席なのにあんなに偉そうなんだ? あの人?」

「……タウンゼット公爵家は大貴族よ。王にだって意見を言える家柄だから……」

「婚約の話も押し切られたってわけか」

「強引に進んだことは事実よ。けれど、望まれていることも事実だわ。多くの人は私やあの人の代で剣聖の座を奪取することを諦めているの……」


 だから次世代に期待するか。

 まるで種馬だな。気に入らない考えだ。

 ユキナの子供がユキナより優れている保証がどこにあるのだろうか?

 俺ならユキナの才能を磨くことに賭けるけど。


「なるほど。色々合点がいった。どうして強くなることに焦っているのか、少し疑問だったから」

「……私には学院に在籍中しか自由はないわ。その間に私は……剣聖を超える。少なくとも、そうなる可能性があると周りに信じさせる。けど、これは私の事情よ。ルヴェル君が何か思うことはないわ。同情なんてされたくない。だから、今まで通り、ボロを出さないで」

「別にボロを出さないようにしているわけじゃないけど……」


 肩をすくめながら俺は歩き出す。

 そんな俺の後ろにユキナはついてきた。


「釘を刺されたばっかだけど?」

「私の行動は私が決めるわ。それに……六席の指図を受けたくないわ」

「やっぱり同じこと思ってたんだ? 君は三席で彼は六席。君は一年で彼は三年だ。とても釣り合う才能とは思えないけどね」


 血を濃くすることが目的なら、たぶん逆効果だ。

 薄くなる気がする。なにせ、彼は平凡だ。


「でも、ルヴェル君にとっては格上のはずよ。けど、まるで格下みたいな批評ね?」

「外からなら好きなこと言えるからね」


 スッとユキナの目が細くなるが、俺は気にせず答える。

 鋭いせいか、他人への評価までユキナは突っ込んでくる。おいそれと他人を批評することもできない。

 けれど、そんな状況を楽しんでいる自分もいた。

 たぶん、嫌じゃないんだろう。

 そうじゃなきゃ、こんなに連続で授業に出ることはない。

 ユキナが起こしにくるようになってから、皆勤賞だ。午後だけだけど。

 まぁ、帝国が妙に静かだからっていうのもあるけれど。


「ルヴェル君、明日の予定は?」

「明日は……レナと出かける予定が入ってたはず」


 明日は休日だ。レナから買い物に付き合ってほしいと言われていた。

 それを口にして、俺はしまったと口に手を当てる。

 チラリと見ると、ユキナはフッと微笑んでいた。


「じゃあ私もついていくわね」

「……レナは嫌がると思うけど?」

「仲良くなりたいと思ってたの」

「それはそれは……」


 仲良くなりたいなら、一度俺から距離を取るべきだろうなと思いつつ、そういうアドバイスが通るとも思えないため、俺は小さくため息を吐いた。

 これはレナに怒られるだろうな、と。



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