第四話 守るべき妹
俺の部屋でユキナとレナが対峙する。
ただ、ユキナはレナの登場に驚いた様子はない。
「ごきげんよう、レナ・ルヴェルさん。あなたのお兄さんと話をしていたの。少し席を外してもらえるかしら?」
ユキナは変わらず無表情のまま、そう告げた。
すごいメンタルだ。
いきなりやってきて、その部屋の主の妹に席をはずせと言うなんて。
俺ならできない。
「なるほど。用があることはわかりました。ですが、私のほうが先約です。兄と晩御飯の相談をするので、お帰りください」
「すぐに終わるわ」
「帰ってください」
そう言ってレナが俺とユキナの間に割って入る。
妹の背に隠れるとは、兄として情けないかぎりだが。
いいぞ、追い返せ、と心で願う。
だが。
「怪しいわね。やっぱりルヴェル君には何か秘密があるんじゃないかしら?」
「だからないって……」
「けど、普段から手を抜いているのは認めるわよね?」
「お兄様はやる気を出すと疲れる体質なんです!」
「そうだそうだ」
「だとしても、本当の実力を隠しているのは事実よね? 私はその本当の実力が私以上だと思うのだけど、レナさんはどうかしら?」
おや?
気づいたら会話になってしまっている。
追い出す流れのはずだが。
「お兄様はやればできる人ですけど……さすがにユキナさんに匹敵するほどでは……」
「あなたにも隠しているかもしれないわよ?」
「お兄様が私にまで隠す意味はありません!」
「どうかしら? 何か秘密があるかもしれないわよ? 普段から手を抜いているのも、その秘密が関係しているかも」
「そんなことありません!」
「でも、彼は私の渾身のフェイントを読み切ったのよ? やればできる程度の剣士にできる芸当じゃないわ。実力を隠していることは間違いないし、その隠している実力は私以上よ。少なくとも私はそう思っているわ。隠している理由は……なにか事情があって、なんとか学院を辞めたいから、とか?」
怖い怖い。
頭が回る子だ。この子。
レナが黙ってしまった。
どうする? レナに任せるべきじゃないか?
なんて思っている。
「だとしても……お兄様に無理強いはしないでください。それに女性が男性の部屋に一人で来るのは……不健全です!」
「剣士として実力を確認しに来ただけよ。それに不健全というなら、この学院において、あなたのほうが不健全だわ。あなたは黒服、彼は白服。あなたは魔導科で、彼は魔剣科よ。互いの向上のために二つの学科の間にはライバル視があるわ。だから馴れあいは好まれない。兄と妹であっても。そもそも中等部の生徒が高等部の寮に来るべきじゃないわ」
「私たちには関係ありません! いいから帰ってください! 兄が迷惑しています!」
口では勝てない。
だから、レナはさっさと帰れと言う。
しかし、ユキナは動かない。
俺はそれを見てため息を吐いた。
「まったく……ユキナさん、君が思うような実力は俺にはない。どうして信じてくれない?」
「私は剣士としての直感とこの目を信じてるわ。あなたは強い。だから……私はあなたから学びたいの。剣聖になるために」
「俺から学ぶことはないよ」
「……正直、この学院で私より強い剣士はほとんどいないわ。教師陣ですら、最近はあまり教えてくれない。それじゃ困るの。私は祖母のような剣聖になりたいから。私は私の祖国を守りたいからここにいるの。いつまでも……旅の剣士に剣聖の座を渡しておく気はないわ。そのために……学べる機会は失いたくない」
ユキナの言葉に俺は目を丸くする。
向上心の塊のような子だ。目的もはっきりしている。
正直、面白いと思った。
なにせ俺が剣聖となり、力を見せつけてから、剣聖の座を奪おうとする奴はほとんどいなかった。
敵わないとあきらめるか、国にとって有用だと開き直るか。
その態度が俺には気に食わなかった。
自分の国なんだ。自分で守れ。
余所者に頼るのは仕方ない。けれど、現状に甘んじるな。
そう思っていた。だからユキナの言葉は新鮮だ。
強くなるために貪欲で、可能性が少しでもあるならその可能性に賭ける。
その態度が気に入った。
だから。
「なら……好きにすればいい。けれど、俺は何も教えない。何か俺から学べると思うなら、見て盗めばいい。それなら俺は構わない」
「お兄様!?」
「ないものは盗めない。そのうち諦めるさ」
「わかったわ。ありがとう、ルヴェル君」
ユキナは立ち上がると頭を下げる。
そしてフッと小さく笑みを浮かべた。
彼女なりに一生懸命なんだろう。この学院の教師陣は優秀だ。それでもユキナからすれば物足りない。
ある種、ユキナは壁にぶつかっているのだ。一つ上のレベルにいくための壁に。
だから、やれることはすべてやろうとしている。
素質は十分、やる気もある。機会を見て、ヒントをあげるくらいはありかもしれない。
それで成長するなら、本格的に剣聖の後継者として育てるのもありだ。
強い後継者がいないと、俺は引退できないからな。
そんなことを思いつつ、俺は言葉を付け足す。
「一つ約束してくれ。俺を無理やり起こさないでくれ。というか、午前中は寝させてくれ」
「不健康は体に毒よ?」
「守れないならこの話はなしだ。付きまとわないでくれ」
「……わかったわ。あなたの言うとおりする」
「よろしい。というわけで、俺はこれから妹と今日の晩御飯の話があるから」
俺は扉を指さす。
ユキナは素直にそれに従い、歩き始めた。
去り際。
「じゃあ、また明日」
そう言って、ユキナは部屋を出ていった。
一方、レナは不満顔だった。
「いいんですか? お兄様が嫌いな面倒事では?」
「どうせ学ぶものがないと知れば諦めるさ」
「お兄様がいいならいいんですが……」
そう言いつつ、レナは唇を尖らせる。
そんなレナの機嫌を取るため、俺は話題を変えた。
「そんなことはどうでもいいんだ。今日の晩御飯は?」
「そうでした! お野菜が安かったので、鍋にしようかと思いまして!」
「いいな。一緒に食べようか」
「はい!」
レナは笑顔を浮かべる。
ユキナが国を守りたいと思うように。
俺にも守りたいものがある。
こんなふざけた一人三役を続けるのも、アルビオス王国とルテティア皇国が敗れれば、ベルラント大公国が危険に晒されるからだ。
別に帝国の支配下でも生きていけると思う奴はいるだろう。けど、ベルラント大公国はわけが違う。
五年前、帝国の潜入部隊によって、大公国の子供たちが大勢拉致される事件が起きた。
どうして帝国の潜入部隊がそんなことをしたのか、はっきりとしたことはわかってない。
ただ、確かなことは、その拉致された子供たちの中にレナが含まれており、そして俺が駆けつけた時、レナが無意識に使った力によって潜入部隊は全滅していた。
それから帝国は三国への侵攻に本腰を入れ始めたのだ。逃げ帰った者はいないため、大公国のどこかに強い資質を持った者がいる、程度の情報だろうが、それでも帝国は大公国を狙っている。つまり、レナが狙われているのだ。
だから俺は正体を悟られないようにしているし、できるなら、ちゃんとした後継者に剣聖も大賢者も譲りたい。そうすればレナを傍で守れるからだ。
レナを、そして家族を守るため。
ありきたりだが、それが俺の戦う理由なのだ。
十二年前。戦場で命を落とした母の代わりに……俺が家族を守るのだ。