第四十話 エピローグ
夕方。
今日はレナが夕食を作る。父上の話では、防衛戦の最中、レナの力が一瞬だけ発現したらしいが、周りの様子からバレた感じはない。敵もそこに注目している様子は見れなかった。多少、気になっているだろうが、それより剣聖と大賢者のインパクトが上回っているんだろう。
気絶したため、しばらくは安静にしていたが、今日から復帰だ。本人たっての希望で。
そのうち呼びに来るだろうと部屋で待っていると。
「ロイ君、ユキナだけれど」
「うん? どうした?」
この時間に来るのは珍しい。
扉が開けられる。
そこには神妙な顔のユキナがいた。
「少し……話せる?」
「いいぞ」
「じゃあ、少し散歩しましょう」
そう言ってユキナは俺を外に連れ出した。
■■■
散歩といっても学院内を歩くだけ。
しばらくユキナは何も言わずに歩いていた。
学院に戻ってきてからゆっくり話す機会はなかった。
俺が忙しすぎたからだ。
良い機会かもしれない。
「公王陛下から感謝状が来たって聞いたけど?」
「来たわよ。なんなら国王陛下からも来たわ。アルビオス王国の矜持をよく守ってくれたって」
「それはそれは。なかなかないことだろ?」
「そうね。実家からもかなり褒められたわ。当然といえば当然ね。多くの貴族の子弟が避難を選んだから」
「普通、避難するだろ。剣聖が間に合ったから良いものの、帝国軍は相当な戦力だった。父上が打つ手がない状況になるなんて、相当だ」
「けど、私がいなければ学院はもっと早くに陥落していたわ。もちろんアネットさんやレナさん、それにルヴェル男爵もだけれど。みんなが力を合わせたから剣聖の到着まで耐えられたの。逃げなくてよかったと心の底から思っているわ」
ユキナは表情を変えずにそう言った。
本当にそう思っているんだろう。
そして。
「だから、ロイ君の行動は正しいわ。あの状況でルヴェル男爵を呼びにいくのは……最善だったと私は思う」
「それを言うために散歩に誘ったのか? 落ち込んでいると思っているなら杞憂だぞ」
「その程度で落ち込まないことは知っているわ。ただ、私の考えを伝えただけ」
「なるほど。一応、感謝しておく」
肩を竦めて俺は感謝を述べた。
しかし、どうも様子がおかしい。
こんなことを言うために散歩に誘うとは思えない。
そんな風に思っていると。
「ねぇ、ロイ君」
前を歩いていたユキナがクルリと振り向いた。
長い黒髪がフワリと浮く。
ユキナほどの美人だと、それだけで随分と映える。
そしてユキナは微笑んだ。
「剣聖の戦いを見たの。あんな間近で見られるなんて幸運だったわ」
「良く喜べるな……剣聖の戦いなんて近くじゃ絶対見たくないぞ。大賢者と剣聖は同格。そして大賢者は四十万の大軍を迎撃したんだぞ? 人間とは思えない」
「そうかもしれないわね。けど、私はその剣聖を目指しているから。目標が明確になって、自分との距離もわかったわ。まだまだ私は及ばない。だから頑張らないと」
そう言ってユキナは機嫌よさげに話す。
そのままユキナが俺の傍に寄ってきた。
とても自然に体を寄せてきたから、反応が遅れる。
ユキナはそのまま俺の耳元でささやいた。
「これからも指導をお願いね?」
「指導って……ユキナ、君相手に俺ができることなんて」
いきなり近づかれた俺は、慌ててユキナから距離を取る。
そんな俺に対してユキナはニッコリと笑った。
滅多に見せない満面の笑みだ。
なにか嫌な予感がした。
心がざわつく。
思わず一歩後ずさるが……。
「できるわ。だってロイ君は――」
白の剣聖なんだから。
ただの冗談。こちらの反応を伺っているだけ。
そんな風に思ったが、目が本気だった。
間違いなく。
ユキナは確信している。
「いきなりどうした……?」
「私の魔眼は知っているわよね? 剣聖の動きを見て、ロイ君の動きと被ったの。普段の動きとは全く違うけど……一つだけ。〝突き〟の動きが被ったわ。秘剣・灯火を放ったときと」
思わず舌打ちが出そうになる。
普段の俺の動きから剣聖と繋がることはありえない。
それは気を付けている。
けれど、たしかに秘剣・灯火を放ったとき。
俺は自分のやりやすいように突きを出してしまった。
相手がムカついたから、ちょっと力を入れてしまったのだ。
その時の動きと剣聖の動きが被ったなんて、ユキナが言わなきゃ世迷言だが、ユキナはしっかりと俺の動きを追える魔眼を持っている。
言い逃れはできない。
「驚いたわ。ふらりと現れて剣聖の座についた旅の剣士が……ロイ君だったなんて」
「いやぁ……」
「否定は無意味だからやめて。誰かに言う気はないわ。黙っている理由も大体察しはつくわ。けど、タダで黙っているのはもったいないと思わない?」
「……」
「次代の剣聖を育てるのも……剣聖の責務だと思わないかしら?」
ユキナはそう言って可愛らしくウィンクする。
まるで天使のような仕草だが、今の俺には悪魔に見えた。
なんてこった。
こんな形でばれるなんて。
「……君のことを侮りすぎたな」
「交渉成立ってことでいいかしら?」
「……俺はさっさと剣聖をやめたい。だから次代の剣聖が現れるなら本望だ。けれど、それは俺に匹敵する剣士じゃないといけない」
「私じゃ剣聖になれない?」
「それはわからない。けれど……教えるなら、なってもらわないと困る。俺はそこまで暇じゃない」
「それは任せて。必ずロイ君を倒して、剣聖になってみせるから。だから、私を育ててね?」
ユキナの言葉に俺はため息を吐く。
確実に俺の後継者になれるような人材を弟子にするつもりが、こんな押し切られる形で弟子を取ることになるとは……。
まぁ、ある意味、俺を出し抜いたわけだし。
剣聖の後継者として申し分ない資質を見せたといえるだろう。
ただ、こんな鋭い弟子を傍に置いておくと。
俺のもう一つの秘密までバレかねない。
だから嫌だったんだけどなぁ……。
そう思いつつ、俺は夜空を見上げる。
どうして俺のやること為すこと、思い通りにいかないんだろうか。
やれやれだな、まったく。
■■■
帝国。
皇帝の居城で一人の男が、城の主、皇帝の前に膝をついていた。
「さて、貴様の見解を聞こうか。魔族としての、な」
「はっ、剣聖と大賢者については、ほぼ間違いないかと」
「なるほど。文献だけの存在、〝星霊の使徒〟。無限の魔力を持つ伝説の存在が余の敵に回るか……」
皇帝は頬杖を突きながら、不敵に笑う。
とても四十万の大軍を壊滅させられた国の主とは思えない余裕だった。
「相手は二人。一人でも厄介な存在です。どうされるおつもりですか?」
「知れたこと。こちらも最大戦力をぶつけるのみ。我が親衛隊を派遣するとしよう。無論、貴様らの力も借りるぞ?」
「はっ、陛下の仰せのままに」
恭しく頭を下げた魔族は、その場から一瞬で消え去った。
それを見ながら、皇帝は鼻で笑う。
「魔族の言葉ほど信用ならんものはないな。しかし、相手が相手だ。利用できるモノは利用しなければ……三国さえ落とせば我が悲願。大陸を我が手に収めることができる」
皇帝は右手を突き出し、ゆっくりと握りしめる。
そして。
「最後の最後で伝説が相手とは面白い……上古の伝説。我が前に跪かせてみせよう!」
皇帝は立ち上がり、そう宣言するのだった。




