第三十九話 平穏な学院
あれから数日。
学院に平穏が戻ってきた。
同時に俺にもようやくゆっくりする時間がやってきた。
王国では英雄として歓迎され、面倒なお世辞祭りに付き合わされるし、皇国では蔑ろにされた皇王と重臣たちが激怒するし。
ここ数日はまったく気が休まらなかった。
とりあえず、功績に免じて俺とヴァレールの独断は不問とされた。
まぁ、処罰するわけにはいかなかったというのが本当のところだ。
皇王からすれば罰の一つでも命じたいところだろうが、これを処罰して十二天魔導に不満を溜められても困るということで、不問となった。
そんなこんなで、俺はやっとゆっくりできる時間を得たのだが。
「それでね! それでね! あたしは言ったの! そっちばかりが遠距離攻撃を持っていると思わないでよ!! って。そして!! あたしの長距離攻撃が命中して、敵は後退を余儀なくされたんだよ!!」
いつもの森。
俺は息抜きの風景画を描きながら、アネットの自慢話を聞いていた。
部屋で寝ていたのに、アネットが修行に付き合ってと言ってきたのだ。
まぁ、授業を受ける気分でもなかったため、別にいいんだが。
さきほどからアネットはご機嫌で、防衛戦の様子を語っている。
実際、アネットの功績は大きかった。
参戦した生徒には公王直々に感謝状が贈られたが、特にアネットとユキナは直接名指しで感謝を述べられる栄誉に預かった。
そのため、ユキナとアネットは今、ちょっとした有名人状態だ。元々、二人は学院内では有名人だが。
武勇伝ならいくらでも聞く人はいるだろうに。
「それで? その長距離攻撃を成功させた人物が、的当てに苦戦しているようだけど?」
「ロイ君! 良くないよ! 人が良かったときのことを思い出して、ポジティブな思考を保とうとしているのに!!」
アネットの先には小さな的が用意されている。
威力を絞り、その的を倒す練習をしているが、今のところうまく行っていない。
範囲が広すぎて、当たりはするが、的に当てているという感じではないのだ。
威力を高めて遠くを狙うことはできても、威力を低くして、近くの的を狙うのは苦手なのがアネットらしい。
「わぁぁぁぁ!!!! また駄目だった!!」
半泣きになりながら、アネットは焦げ付いた小さな的を横に置いて、新しい的を置く。
まだまだではあるが、泉に向かって撃っていた頃よりはだいぶ成長している。
これに関しては人それぞれの感覚だ。慣れるまでやるしかない。
普通の魔導師が当たり前にやってきた反復練習を、アネットはやってきていないのだ。
時間はかかる。
ただ、今回の防衛戦で活躍したことで皇国はアネットのことを認知した。
今までは生徒の一人程度だったが、素質ある学生と認めたのだ。
十二天魔導を狙える魔導師は希少だ。
その魔導師のためなら、皇国は労力を惜しまないだろう。
たとえば、学院の防御魔法をより強固にするため、魔導師を派遣したりもするはずだ。
「そういえば報奨金も出たらしいけど、どうするんだ?」
「そう! 報奨金が出たんだよ! 下の子たちに一杯、お土産を買っていくんだ!!」
えへへ、とアネットは笑う。
そんなアネットに俺は告げる。
「良かったな」
「うん! けど、まだまだだよ。これは始まり。こうやって一歩ずつ進んで、認めてもらって。そのたびに強くなって。そうやっていったら見えてくるんだ。十二天魔導の座が」
アネットは的をセットし終えると、ゆっくりと下がる。
その顔はいつになく真剣だ。
そして。
「剣聖を見たんだ。あのレベルに至らないと、大賢者にはなれない。まだまだ遠いけど、昨日より今日。あたしは階段を上るんだ。へこんでいる暇なんて……ない!!」
アネットの放った火球はいつもより小さかった。
けれど、それは圧縮されたから。
練り上げられた火球は的を掠り、後方に爆発をもたらす。
「うわぁぁぁぁ!! 惜しいぃぃぃ!!!!」
アネットは地団駄を踏むが、俺はそれに驚いていた。
実戦というのは人を成長させるが、それにしてもとりあえず撃つだけだった子が、圧縮を感覚でやってのけた。
圧縮は高等技術。威力を弱めるほうが遥かに簡単だ。
なにせ威力をそのままにして、効果範囲を絞るのだから。
アネットはたぶん自分がやっていることに気づいていない。
これも一つの才能か、と思いつつ、俺は苦笑しながらせっせと的をセットするアネットを見守るのだった。
 




