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第三話 予想外の来客


 剣聖としての役割を終え、俺は学院に戻ってきた。

 ベッドで寝ている式神を戻し、異常がなかったことを確認すると、そのままベッドに入る。

 明日は大賢者エクリプスとして皇国の王に会う必要がある。

 今日でもいいが、さすがに疲れた。

 今日はもう休みたい。

 なんて思っていると、扉がノックされた。

 何も意識せず、開いていると答えた。どうせレナだろうと思ったからだ。

 けれど、すぐに違和感に気づいた。

 ノックの音が少し違う……?


「不用心なのね、ルヴェル君って」

「ユキナ・クロフォード!?」


 思わず後ずさる。

 レナ以外の女性が俺の部屋に訪ねてくることがあるとは……。

 我ながら情けないが、予想外だ。


「名前、覚えてくれていてありがとう。さっそくで悪いのだけど、話があるから入ってもいいかしら?」


 そう言いながらユキナは俺の部屋へ入ってきた。

 返事聞こうよ、と思ったが、なんとなく言っても無駄だなと察して口を閉じる。

 ユキナは椅子に座ると、ベッドにいる俺を見てくる。


「ルヴェル君、あなたに聞きたいことがあるの?」

「えっと……何かな?」

「今日、手合わせしてわかったわ。ルヴェル君、あなた……授業で手を抜いてるわよね? それも思いっきり」


 氷のように冷たい薄青色の瞳がジッと見つめてくる。

 表情は変わらない。相変わらず無表情で、どういう感情なのか読めない。

 ただ、俺を疑っているのはわかる。


「まぁ、手を抜いていることは認めるけれど……それが何か問題?」


 これで否定すれば嘘になる。

 すべて嘘ではバレてしまう。

 こういうときは本当を混ぜることだ。手を抜いていることは本当だ。そのことを認めればいい。


「別に問題じゃないわ。意識が低いことも人それぞれだから。けど、あなたの手抜きは常軌を逸してる。私の祖母は初めての女剣聖だったわ。幼い頃、稽古をつけてもらった私の憧れの人……よく、私の良くないところを教えるために指導の剣を使ってくれたわ。今日のあなたからはそれを感じた」


 天狼眼でも俺の力の底は見抜けない。しかし、使っている剣技の種類や意図くらいは読み取れたか。

 まさか祖母との記憶からそこにたどり着くとは、な。


「買いかぶりだ。俺は君に指導できるほど強くない。それにそれほどの実力を隠す理由もない」

「どうかしら? あなたは〝灰色の狐〟と評された謀略家、ルヴェル男爵の息子よ。アルビオス王国とルテティア皇国を手玉に取った男の息子なら、自分の実力を偽るくらいやると思うわ。理由まではわからないけれど」


 はなから疑ってかかってくる相手を説得するのは難しい。

 しかも人を騙す家系という認識を持っているし、その認識はあっている。

 俺の父は謀略家だ。

 今から十二年前。

 アルビオス王国とルテティア皇国の間で、ベルラント大公国を分け合おうという密約が結ばれた。

 もちろん、当時から同盟を模索していた穏健派のアルビオス王国の国王がそんなことを言い出すわけもなく、両国の過激派による密約だった。

 それを察した父は、アルビオス王国に接する自分の領地を受け渡すとルテティア皇国に持ち掛けた。

 密約では領地は切り取り次第。つまり奪った側の物になると決められていた。

 だからルテティア皇国は喜んで、領地の港に艦隊を派遣した。

 父の領地はアルビオス王国と国境を接しているうえに、有数の港もあったからだ。

 しかし、とんでもないことに。

 謀略家の父は似たようなことをアルビオス王国の過激派にも伝えていた。

 つまり、自分の領地を餌にして両国の過激派をぶつけたのだ。

 とんでもない策だが、黙っていれば両国から侵攻を受ける。やむを得なかったと本人は言っているが、ちょっと頭のネジが外れているとしか思えない。

 双方とも自分の領地に敵が侵入してきたと勘違いし、大激突が発生した。

 さらに父は両国の穏健派ともつながっており、この戦場で過激派を一掃し、同盟を成立させることまで視野に入れており、自ら軍勢を率いて戦場に介入。

 両国の過激派の重要人物をことごとく討ち取った。

 この戦いでルテティア皇国は派遣した艦隊の大半を失い、アルビオス王国の騎士団も多大な損害を受けた。

 それらはすべて過激派の責任とされ、過激派の有力者は失脚し、王国と皇国で穏健派が実権を握った。

 もちろん、双方の密約は白紙となり、帝国に対抗するための同盟へと舵が取られることになった。

 両国を手玉に取った父は〝灰色の狐〟と呼ばれるようになり、要注意人物と目されるようになった。大公国内でも。

 結果的に同盟にこぎつけたし、両国の穏健派にとって父は最有力の協力者でもあった。だから処分はなかった。表向きには過激派の暴走と片付けられたし。

 だが、大公国の者からすれば自分の領地すら囮にして、他国の穏健派と手を結ぶ男は信用できない。

 だから功績をあげているのに、男爵から爵位が上がらないのだ。

 そんな男の息子なのだから、何か隠し事があるはずと言われると、グゥの音も出ない。

 けれど。


「父は父、俺は俺だ。理由がわからないのは、見つけられないんじゃなくて、理由がないからだ。確かに俺は手を抜いている。けれど、君が思うほどの実力者じゃない。面倒だから手を抜いているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「なら……なぜ私に弱点を教えるようなことをしたの?」

「好奇心さ。君の動きは前にも見たことがあった。攻撃に偏るから、隙をつけば一本位取れるかもって思ってたんだ。教えたんじゃない、君が学んだんだ」

「なら……私の渾身のフェイントを読み切ったのはなぜ? どうして読めたの?」


 見えていたんだから当たり前だが、気づいていたか。それが一番誤魔化しづらい。

 まぁ、読めたけど反応しきれなかったってことにするか。

 ユキナのフェイントを読み切るのは結構難易度の高いことだが、あくまで技術の範囲内だ。技術はあるけれど、身体能力が追い付かない奴はいくらでもいる。

 そっちの路線で誤魔化すしかないだろう。

 なんて思っていると。


「失礼します」


 買い物から帰ってきたレナが扉を開けた。

 軽いノックのあと、返事を待たずに開けたのは俺が寝ていると思ったからだろう。


「あ、お兄様。起きていらしたんですね。今日の晩御飯ですが……」


 俺は顔を引きつらせて、固まってしまう。

 レナの視線が俺からそらされ、椅子に座るユキナへ向かったからだ。

 そして。


「……私の兄に何か御用でしょうか? ユキナ・クロフォードさん」


 レナらしくない冷たい声が部屋に響いたのだった。



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