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第三十八話 首都のそのあと


 帝国軍襲来。

 その一報に混乱した大公国の首都ではあったが、剣聖の活躍もあって無事、事なきを得た。

 それから数日後。

 首都の王城には王国より、タウンゼット公爵が派遣されていた。

 経緯説明のためだ。


「――そういう次第で、我が国は大賢者に四十万の帝国軍を任せ、剣聖を派遣した次第です。時間がない中での決定だったため、大公国への連絡が遅れたこと、申し訳ありません」


 同盟国とはいえ、一人で一国を容易く滅ぼせる戦力を許可なく派遣したことを王国は謝罪した。

 とはいえ、謝罪は形式上のもの。

 自国の防備を捨ててまで助けたという事実を、周知するためにタウンゼット公爵は派遣されたのだ。

 それを見ながらロイの兄、リアム・ルヴェルは呟く。


「決断したのは王であり、重臣のほとんどは反対したという話なのに、まるで自分たちの手柄のようではないか……」

「余計なことを言うな。経緯はどうあれ、王国の決断に我らは救われたのだ」


 外務大臣補佐官であるリアムに対して、上司である外務大臣が注意する。

 リアムは不満そうにしつつ、謝罪する。


「申し訳ありません……」

「我らが陛下はまだお若い。今は王国の貴族たちとは揉めたくはない」


 事の詳細はすでに大公国にも伝わっていた。

 人の口に戸は立てられない。

 重臣たちの大半が、剣聖の派遣に反対し、大公国を見捨てようとしたことは知られていた。

 そこを国王が独断で剣聖派遣を決め、実際、すべてが上手くいった。

 だからこそ、国王への感謝はあれど、国王に反対した重臣の一人であるタウンゼット公爵への感謝はなかった。

 とはいえ、相手は王国の代表。

 邪険に扱うわけにもいかなかった。


「承知した。我が国のためにご尽力いただき感謝している。国王陛下にもそうお伝えしてほしい」


 玉座に座るのは茶色の髪の無表情な青年。

 年は二十歳。

 名はナイジェル・ヴァン・ベルラント。

 父が隠居したため、大公国を背負う若き公王だ。


「かしこまりました」


 タウンゼット公爵が恭しく一礼する。

 これでひとまず会談は終了。

 その予定だった。


「しかし、災難でございましたな。陛下」

「確かに災難ではあったが、剣聖殿、大賢者殿の力を改めて認識する良い機会にもなった」

「まったくです。私たちですら驚いております。しかし、今回はお二方だけではなく、学院の生徒の奮闘も光りました」

「その通りだ。貴国の生徒たちも残り、戦ってくれた。さすがはアルビオス王国の生徒たちだ」


 ナイジェルはタウンゼット公爵の話に付き合い、生徒たちを褒める。

 自分の息子は早々に国境へ避難したくせに、よくその話を出せるものだとリアムが思っていると、タウンゼットは笑顔で告げた。


「お褒めにあずかり光栄です。大公国の生徒たちも目覚ましい活躍だったとか。ただ……ルヴェル男爵の息子は早々に逃げてしまったとか。英雄の子が英雄でないのは残念でしたな」


 リアムの顔が一気にひきつった。

 それに気づいた外務大臣が静かに伝える。


「堪えろ」

「わかっております……」


 リアムは深呼吸をして、自分を落ち着かせる。

 ここは大事な会談の場。補佐官程度が口を挟んではいけない。

 自分にはルヴェル男爵家の評判を改善するという目標がある。

 そのために真面目に城で務めを果たしてきた。

 ルヴェル男爵家の評判は良くない。

 そのせいで幾度も頭を下げてきたし、幾度も悔しい思いをしてきた。

 耐えてきたのは弟や妹にこんな思いをさせたくないからだ。

 だからリアムはぐっと唇をかんだ。

 しかし。


「妹を置いて逃げたとか。正直、学院に席を置く生徒としてはあるまじき行為ではありませんか?」


 自分の中で何かが切れたのを感じながら、リアムは前に出ていた。

 外務大臣の静止の声が聞こえるが、構うものか、という思いが溢れていた。


「少し……お待ちいただきたい」


 補佐官として後ろに控えていたリアムはどんどん前へ進み出る。

 許可もなく、会談の場での発言。

 許されることではない。

 だが。


「君は誰かな?」

「リアム・ルヴェル。ロイ・ルヴェルの兄でございます」


 タウンゼット公爵に答えつつ、リアムの目はナイジェルに向けられていた。

 タウンゼット公爵は失礼な若者を見て、ああ、とつぶやく。


「ルヴェル男爵の長男か。下がりたまえ。今は」

「兄として――陛下にお伺いしたく存じます。弟はたしかに優秀ではありません。真面目でもありません。しかし、卑怯ではございません。弟は、父のもとにいち早く伝令に向かったのです。その証拠に父だけが駆けつけることができました。これは功績でございます。敵が迫る中……学友や妹を置いて、馬を走らせた弟の気持ちを考えれば、涙すら出てきます。ゆえに……妹すら置き去りにして逃げたなどと言われるいわれはございません。このこと、陛下はどうお考えでしょう?」

「リアム・ルヴェル君。君は少し」

「私は!! 陛下に問うております。少々、黙っていていただきたい」


 口を開くタウンゼット公爵に対して、そう言うとリアムはナイジェルをジッと見つめた。

 無表情だったナイジェルの顔が少しだけ動いた。

 愉快そうに。


「無礼な!! 誰かつまみ出せ!!」


 タウンゼット公爵の言葉に従い、衛兵が動こうとする。

 しかし。


「リアム・ルヴェル。私はロイ・ルヴェルの行いこそ、英雄の所業と思っている。敵を前にして、安全地帯に逃げるのは簡単だ。しかし、ロイは安全な国境に逃げることはしなかった。父のもとへ向かい、援軍を呼びに行った。見事というしかないだろう。あの状況では最善の一手だった。これを愚弄すれば……伝令を行う者、すべてを卑怯者と呼ぶ羽目になるだろうな」

「では……弟に処罰はございませんね?」

「無論だ。近々、ルヴェル男爵と共に城へ招こう。配慮に欠けてすまなかったな。よく、前に出て訴えてくれた。お前が前に出てくれなければ、功労者を労わない王となるところだった」


 そう言ってナイジェルはリアムを下がらせる。

 望む答えを貰ったリアムは、大人しく下がっていく。

 そして。


「さて、タウンゼット公爵。何の話でしたか? 伝令の大切さでしたか? それとも、ご子息の話でしたか? 報告ではご子息の名前はなかったが。タウンゼット公爵のご子息のことだ。さぞやご活躍だったのだろう。感謝する」

「は、はっ……」

「さて、よき会談だった。私は失礼しよう」


 そう言ってナイジェルは立ち上がる。

 そのままナイジェルは下がっていき、タウンゼット公爵も下がっていく。

 リアムはその後、上司である外務大臣に説教を受けることになったが、処罰らしい処罰はナイジェルの意向で何もなかったのだった。



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