第二十四話 ユキナの恐ろしさ
「最近、魔導科の子と仲が良いのね」
久しぶりに出席した授業の後。
隣にいたユキナがボソッとつぶやいた。
何と言っていいかわからず、黙っていると。
「魔剣科と魔導科って仲悪いのよ? 知ってた?」
「まぁ、それなりには」
学院の仲間だからという意識よりは、それぞれが別のものという意識が両者にはある。
そもそも、魔剣科はベースが王国。魔導科はベースが皇国。三国同盟が出来上がるまでは、両国は相当な期間、敵対関係にあった。
今はだいぶ落ち着いたとはいえ、仲が良いわけではない。三国同盟も大公国が間に入っているからこそ、成立している。
王国の国王、アルバートは歴代屈指の穏健派。本人も皇国に悪い感情を抱いてはいないが、国王がそうでも国民は違う。
そういう背景があるからこそ、魔剣科と魔導科の間にはライバル視に似た対立が存在するし、学院側も競争に繋がるとして推奨している。
たしかに。
戦争に比べればおままごとみたいなものではあるが。
「なら……どうして魔導科の子に稽古場なんて紹介したのかしら?」
「なぜそれを……?」
「言わなかったかしら……? 見取り稽古だって」
ユキナは珍しくニッコリと笑った。
その笑みが怖い。
まさか……見てたのか?
俺が気づかないほどの距離から?
殺気があれば相当な距離でも気づけるが、ただ見ているだけなら警戒していないとわからない。
そして警戒なんてしてなかった。
そんな……見てるなんて思わないし。
さすが天狼眼というべきか。気づかなかった。
ただ、俺の監視に使うのは宝の持ち腐れだろう。いや……間違ってはいないんだけど。
むしろあらゆる面で見る目があるといえるわけだが。
「困っていたから……」
気まずくて視線を逸らしながら俺は答える。
それに対して、ユキナは変わらない雰囲気のまま告げる。
「星脈の密集地帯。とても貴重なのね。古い文献に記されてたわ。探すのに苦労するくらいには珍しいってことよね?」
「聞こえてたのか!?」
さすがにありえないと思って、俺はユキナのほうへ視線を移す。
ユキナは真顔で俺を見つめる。
そして。
「そんなわけないでしょ? 聞いたのよ、アネットさんに直接。お茶をご馳走したら、喜んで喋ってくれたわ。可愛らしいわね、彼女」
「そうだよな、よかった……」
呟いたあと、俺はまったくよくないことに気づいた。
ユキナの目がとても疑念に満ちている。
これはまずいかもしれない……。
「どうして、そんな貴重な場所のことをロイ君が知っているのかしら?」
「たまたま見つけたんだ……あまりにも異質な場所だから獣が避けてた。それで……」
俺は少し言葉を濁す。
ユキナは古い文献と言っていた。
つまり、学院の図書室で調べたということだ。
そうなるとわかってくる。その書物が奥深くに保管されていて、ユキナが見つけるまでしばらく人の目に触れていないことが。
図書室で調べたという言い訳は使えない。となると。
「それで?」
「実家に帰ったときに暇つぶしで調べたんだ。父上はレナと同じで本好きだから。うちにはかなりの本があるんだよ」
完璧だ。そして危なかった。
ユキナの目がなぜだか残念そうだ。
これはあれだな。 狙われていたな。
「そう、それならそういうことにしておくわね」
あぶね~。
ユキナの恐ろしさは目が良いとか、勘が良いとかじゃなくて、このしつこさかもしれない。
とにかく諦めない。
俺が何か隠していると確信しているし、それを暴こうとしてくる。
やはり恐ろしい。
なるべくそばにはいないほうが……。
「今日は久々に稽古に付き合って」
「え? 俺にも予定が……」
「付き合ってくれるわよね? まさかアネットさんには稽古場を紹介するのに、私の稽古には付き合えないのかしら? それってアネットさんが、愛嬌のある可愛いらしい女の子だからかしら? それとも女性的魅力に溢れているから? 私は可愛げがないものね。仕方ないとあきらめるべきかしら?」
「いや、その……」
「そうじゃないなら。付き合って」
「はい……」
圧力に負けて俺は頷いてしまう。
どうして俺は女性に対して、こんなに弱いんだろうか?
普通、妹がいれば女性には耐性がつくと思うんだが。
しばらく考えて、結論が出た。
世の中の女性が妹より厳しいから、だろうな。
俺の基準は俺に甘いレナだ。そしてそのレナより、世の中の女性は厳しい。俺に対して。
だからついつい、押し負けてしまう。
強くなりたいなぁ、と思いつつ、俺は黙ってユキナの後に続くのだった。




