第十六話 五年前
五年前。
帝国軍の特殊部隊は、突然、大公国内の子供たちを拉致し始めた。なぜ、彼らがそんなことをし始めたのかはわからない。
たまたま師匠と共に修行中で、俺が屋敷を空けていたため、レナも彼らに攫われてしまった。
拉致された子供たちは総勢、百名以上。特殊部隊は子供たちを船に乗せ、帝国に連れて帰るつもりだったが、思惑通りにはいかなかった。
突然、天高く光が昇り、特殊部隊は全滅した。その光は他国からでも確認できるほどの規模であり、王国や皇国も何事かと大公国に問い合わせてきたが、大公国としても詳細は掴み切れなかった。
その真相は、〝星霊の使徒〟としての力を発動させたレナによる大規模攻撃。
俺が駆けつけた時、レナを含む子供たちは全員、気絶していた。そして周りには特殊部隊の影だけが残されていた。
精鋭で構成された特殊部隊が何もできず、影だけ残して消滅させられたのだ。
尋常ではない事態だと誰もが察した。だから、俺はレナだけをその場から連れ帰った。その後、レナは師匠の魔法で、攫われたときの記憶を消された。
こうして、攫われた子供たちの中にレナはいなかったことになったのだ。
けれど、帝国は本腰をいれて三国へ侵攻してきた。理由はわかっている。
もちろん大陸を制覇するため、というのもあるだろうが……。
天を貫く光の柱。それを行った者を探すためでもある。
帝国皇帝は探しているのだ。レナの秘められた超常の力を。
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学院は大公国内では最も戦力が集まる場所であり、王城以上の防備を誇る。
そんな学院内にいる時は、レナの護衛を気にすることはあまりない。
ただ。
「東方より来る風! 魔を取り込み吹き荒れろ! 【嵐薙】」
高難易度の風魔法。それが学院内の訓練場で発動し、訓練用の人形を複数吹き飛ばした。
戦場ではご丁寧に詠唱を待ってくれる敵はいない。余裕があるときや、相手を拘束した時以外、しっかりと詠唱することはなく、発動を優先とする〝短縮詠唱〟が基本だ。
それでも高難易度の魔法を発動し、しっかりとした威力を出すことができるのはすごいことだ。
ましてや。
「すげぇ……」
「本当に同じ中等部の生徒かよ……」
それを発動させたのは中等部のレナ。一般的な視点で見れば、十分、規格外だ。
「さすがレナ・ルヴェルだよなぁ。中等部次席は伊達じゃないって感じ」
「本当だよ。しかも性格は良いし、どんな授業でも成績はトップ。さらに……めちゃくちゃ可愛い……良いよなぁ」
「恋人とか婚約者とかいるのかなぁ……今度、実家に縁談を申し込んでもらおうかな」
「やめとけ。どれだけ可愛くてもルヴェル男爵家の娘だぞ。あの灰色の狐に関わったら、将来、どうなるかわかったもんじゃないぞ?」
「そうなんだよ。ルヴェル男爵家じゃなきゃなぁ……」
「いや、でもあれだけ才色兼備な子、滅多にいないぞ? 学院在籍している間に、どうにか仲良くなれないかなぁ」
最初は魔法の凄さに驚いていたのに、途中からレナとお近づきになれないか? という話題に移っているあたり、思春期の少年たちらしい。
まぁ、実の兄としてのひいき目を抜きにしても、レナは優秀だし、可愛い。ただ、実家の評判の悪さが足を引っ張っている。それでも縁談を申し込む強者はいるにはいるが、すべて父上が断っている。
父上の目は厳しいのだ。
レナの訓練を見て、驚いているような君たちじゃ手は届かないよ、と心で呟きつつ、俺は訓練場の外から、訓練場の周りの気配を探る。
数は五人。どいつもこいつも気配を完全に殺している。
警備が厳重な学院だが、それでも完璧じゃない。たまにネズミが入り込む。
「取引しにきた商人に混じって、潜入したか」
学院の傍にはアンダーテイルが存在する。そのため、学院内には商人が出入りすることがある。
その商人たちに混じることで、帝国の者が入ってくることがある。厄介なのは、彼らはしっかりと大公国の民として溶け込み、一見すると怪しくない。
大公国内で結婚し、大公国のために暮らしている者もいる。それほどしっかりと溶け込んでいるのが、帝国のネズミどもだ。
とはいえ、帝国としてもそこまで溶け込んだ者は貴重なはず。なのに、五人も動員して学院内を探っている。今は、中等部の戦力分析といったところか。
五年前の子供がレナだとバレたわけではないだろう。ただ、情報を持ち帰られるとレナに注目が集まるかもしれない。
だから、生かしてはおけない。
音もなく動き、背後から一人の首をへし折る。悲鳴も上げさせない。出血も最小限。
ここでは何も起こっていないということにしなくてはいけない。
一人、また一人と首の骨を折っていく。何もさせず、ただ命だけを奪っていく。
「ぐっ……」
最後の一人を殺したところで、俺は周囲の気配を再度、探る。
仲間はいない。こいつで最後だ。
帰ってこないことで、作戦失敗は悟られるだろうが、今に始まったことじゃない。これまでネズミはすべて排除している。
帝国は、学院の警備は想像以上に厄介と思うだけだろう。
あとは、こいつらがここで死んだという事実を隠蔽するだけだ。
死体を一瞬で燃やし尽くし、彼らを模した式神たちを生成する。
関係ある商人たちは、彼らを探すだろう。彼らの正体を知っていようと、知っていなかろうと、だ。
だから、調べられると行方不明なのがバレてしまう。
そのため、俺は式神を操り、彼らが学院の外へ出たように仕向ける。
これで調べても、学院の外に出たことまでしかわからない。
アンダーテイルで人が行方不明になっても、学院で行方不明になったときほどの騒ぎにはならない。
こういう細かい作業が意外に大事なのだ。
ただ、わざわざ貴重な駒を五人も投入してきたのは気になる。
帝国はまた何かを企んでいるのかもしれないな。