表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/41

第十五話 ケチ


 数日後。

 帝国からの侵攻の後始末をいろいろとやっていたら、あっという間に時間が過ぎた。

 この間、ユキナは俺のところに来ていない。

 本国に呼び戻されたからだ。

 たぶんタウンゼット公爵家との婚約に関することだろう。

 いくら強引に話が進んだとしても、クロフォード公爵家にも選択権はある。

 強い次世代を生むための婚約なのに、相手がどこの馬の骨とも知らん奴に負けるような奴では意味がない。

 十中八九、婚約は破棄されるだろう。

 そうなると、ユキナは俺に付き纏う必要がなくなる。

 急いで強くなる必要がないからだ。


「お兄様、おはようございます」

「おはよう、レナ」


 もう昼過ぎだが、起きた時間が朝だ。

 おはようという挨拶をかわし、俺は立ち上がる。

 そんな俺を見て、レナはムッとした表情を浮かべた。


「お兄様、最近、私を見てガッカリしていませんか?」

「何をいきなり……」

「ユキナさんじゃなくて残念と顔に書いてありますよ?」

「気のせいだ」


 俺はそう断じる。

 そんなわけがないからだ。

 もちろん。

 惜しいという思いは心の底にあるけれど。


「そうですかぁ? あんな美人に毎日起こされる日々が恋しいのでは?」

「俺は美人に起こされるより、寝ていることのほうを取りたい男だ」


 そう言って俺はレナと共に部屋を出る。

 レナは本当かなぁ? と訝しんでいる。

 本当だと答えつつ、校舎に向かって歩き出す。

 剣魔十傑第六席に勝った男として、数日は騒がれたが、今はもう落ち着いている。

 ろくに授業に出ない落第貴族という扱いに戻ったということだ。

 決闘は模擬剣を使ったものであり、本来の実力とは言い難い。さらに俺が意表をつく技を持っていただけであり、もう一度やればティムが勝つだろうと皆が予想していた。

 しかし、勝ちは勝ち。

 多少、やるじゃないかと見直されてはいるだろう。

 けれど、まだまだ落ちこぼれという認識は変わってない。

 決闘で勝ったからといって、剣魔十傑に名を連ねていないのがいい証拠だ。

 そもそも席を賭けた決闘ではないからだけど。

 あくまで大金星。

 そういう扱いだし、その扱いは変わらないだろう。


「それでは、お兄様。私はこちらなので」

「ああ、ありがとう」


 途中まで一緒に歩いていたレナが中等部の校舎へ向かう。

 そのままダラダラと歩いていると――。


「あっ……」

「あっ……」


 廊下でバッタリとユキナと会った。

 互いに顔を見合わせて固まる。

 しばしの硬直のあと、ユキナが先に口を開いた。


「あの……久しぶりね……」

「あ、ああ……久しぶり……」


 何気ない会話だが、どうも苦労する。

 レナがユキナの話題なんか出すから、なんだか緊張してしまっている。

 俺らしくもない。

 剣聖であり、大賢者である俺が同級生の女の子相手に緊張するなんて……。

 そこまで考えて、心の中でため息を吐く。

 そりゃあするよ。剣聖であり、大賢者になるために修行ばかりしてたから。

 女の子の友達なんてほとんどいない。

 ましてや相手は超絶美人なユキナだ。

 剣聖でも、大賢者でも。

 女性への対処法は教わってない。


「今から……授業?」

「そのつもりだけど……」

「……」


 ユキナはしばし黙り込む。

 そして。


「その……もし良かったら……嫌じゃなかったら……」

「嫌じゃなかったら?」

「散歩に付き合ってくれないかしら……」


 それは優等生のユキナらしからぬ、サボりの誘いだった。

 それを断る言葉を俺は持ち合わせていなかった。

 だから俺はただ頷いた。




■■■




 ユキナは散歩に誘ったわりには喋らない。

 元から饒舌というわけではないけれど、今日は明らかに言葉が少ない。


「……」

「……実家で何かあった?」


 沈黙に耐えかねて、俺はそう訊ねた。

 けど。

 訊ねたあとに後悔する。

 婚約の話はどうなったのか? という興味が抑えきれてないと思ったからだ。

 半端な質問だ。これならストレートに婚約どうなった? と聞いたほうがマシだ。

 そんな葛藤をしていると、ユキナがクスリと笑った。


「気になる?」

「いや、まぁ……気になるよ。正直に言えば」

「うん、そうよね」


 ユキナはいきなり立ち止まる。

 少し先を歩いていた俺は、振り返る。

 すると、ユキナが満面の笑みを浮かべていた。

 これまで見たことのないほど、感情に満ちた笑顔だった。


「婚約は……解消されたわ。これからどうなるかわからないけど……私は自由になった……全部、ロイ君のおかげよ。そんな意図はなかったのかもしれないけど……ロイ君が先輩に挑んでくれたから。ありがとう……ありがとう……」


 最初は笑顔だったユキナだったが、途中から顔を伏せて泣き出してしまった。

 まさか泣き出すとは思わず、俺はおおいに慌てる。

 泣かれるとは思ってないし、ありがとうと言われるとも思ってなかった。

 そもそも次世代に託そうという考えは、今の剣聖には敵わないという考えが根底にあるからだ。つまり、ユキナの婚約は俺のせいだといえる。

 それを解消するのに一役買ったからといって、感謝されるのは少し違う。

 最低なマッチポンプだ。


「え? え? ええっ!? ちょっ……待って、落ち着いて!」

「私……学院を卒業しても……剣聖を目指せる……お祖母様の後を目指せる……」

「それは……よかった」


 絞りだすように呟く。

 何と言っていいかわからないからだ。

 どうにも泣いている女の子は苦手だ。

 これなら帝国軍十万を相手にしている方がマシだ。

 なんて思っていると。


「この前……剣聖が帝国軍を撃退したわ……たった一人で帝国軍十万を撃退したの。親戚の人たちが言っていたわ。当代の剣聖に勝つのは不可能だって……引退するまで剣聖の座は空かないって。たしかにそうかもしれない……けど、私は諦めきれない。当代の剣聖が最強なら……私は当代の剣聖を超えて、最強になりたい。我儘かもしれないけれど……祖国を守るのは私でありたい」


 そう言ってユキナは真っすぐ俺を見てきた。

 すでに瞳に涙はない。

 その目に宿るのは強い意志だ。


「ロイ君が私の道を切り開いてくれたから……私は諦めないと誓うわ。それで、その……応援してくれる?」


 ユキナは少し照れたように顔を伏せた。

 きっと多くの男はそんな風にユキナにされたら、ドキッとするんだろうけど。

 俺の心は別のところにあった。

 剣聖としての力を見せつけると、常に賞賛ばかりだった。

 お前を超えてやるという剣士はほとんどいない。

 どこか心の中で拍子抜けしている部分があった。

 剣の国といわれるアルビオス王国はそんなものか、と。

 けれど、ユキナは諦めないと告げた。

 そうだ、それでいい。そういう剣士を俺は待っていた。それでこそだと思った。

 だから。


「もちろん――応援するよ」

「そう言ってくれると思ってた、ありがとう」


 フッとユキナは笑う。

 柔らかい笑顔だ。

 そんな笑顔に目を奪われていると。


「それじゃ……応援してくれる以上、しっかり力を貸してね?」

「え?」

「まずは灯火だったかしら? あの仕組みを教えてくれる?」

「いや、それは……」


 強さに貪欲なユキナは剣聖の後継者にはぴったりな存在だが、その貪欲さゆえに俺の正体に近づきかねない存在でもある。


「教えてくれないの?」

「秘剣だし……おいそれと教えられないさ。当たり前の話だと思うけど?」

「……ケチ」


 俺の言葉に対して、ユキナは唇を尖らせながらそう言うと、すぐに笑顔に戻って歩き出した。

 今日はずいぶんと色々な表情を見せてくれる。

 やれやれと小さく呟き、俺はユキナの後を追いかけたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ