第十三話 父と兄と弟
決闘後。
俺は部屋にいた。
ティムは意識を失ったため、医務室に運ばれており、俺はとくに異常もなかったため部屋に戻ってよいと言われたのだ。
そして部屋には父上がいた。
「で? なにか言うことあります?」
「なんだ? 不満そうじゃの。あれほど盤面を整えてやったというのに、何が不満なんじゃ?」
「賭けの話がなければ、感謝していました」
「あんなもん、おまけじゃ、おまけ。わかりやすい男で助かったわ。ちょっと挑発したらすぐに乗ってきおった」
「やりすぎでは? 兄上に怒られますよ?」
「やりすぎなものか。あの父にして、あの子があるのじゃ。人を見下すがゆえに、自分の正当性を疑いもせん。ああいう者たちには痛い目を見せねばならんのじゃ」
「という建前で、本音は?」
「ワシの娘に手荒い真似をしたのが許せん。腕を掴まれて喜ぶならまだしも、振り払うとは。三代先まで貧乏くじを引かせねば気が済まん」
当然だとばかりに告げる父上。
自分の正当性を疑いもしないのは、父上も同じだろう。
娘がやられたなら十倍返しでも当然と思っている。
タウンゼット公爵家も嫌な人に目をつけられたもんだ。
そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「まずは……よくやったと言うべきだな」
そう言って入ってきたのはリアム兄上だった。
けれど、その顔は素直に喜んでいる顔ではなかった。
「おお、リアム。今日は祝勝会じゃ! ロイがやりおったぞ!!」
「たしかにロイはすごいですが、そのような気分ではありません」
「なぜじゃ? 弟の大金星が嬉しくないのか?」
「嬉しいですが、父上のせいで胃が痛いのです! タウンゼット公爵とは事前に大事にはしないと約束しておりました! 生徒同士の喧嘩だと! それなのに父上が賭けを始めたせいで、大事です!」
「親同士の意地の張り合いじゃ。互いに大切な物を賭けただけのこと。言っておくが、向こうのほうが有利じゃから乗ってきた。ワシが誘導したわけではないぞ?」
「だとしても、タウンゼット公爵は不愉快を露わにしておりました。外交に影響がないか、心配で心配で……」
そう言ってリアム兄さんはお腹をさする。
可哀そうに。
こんなに真面目で良い人なのに、父上の息子なせいで報われない。
「そんなもの心配しても仕方なかろう。向こうも大人じゃ。公と私は分けておる」
「だといいのですが……それと父上!」
「なんじゃ!? まだ何かあるのか!?」
「大いにあります! 秘剣・灯火とはなんです!? 母上が技を遺していたなんて、初めて知りました!」
「お前はあれじゃ……向いていない」
「やってみなければわかりません! 私も母上の息子です!」
「やらんでもわかる。あえてダメージを受ける必要がある技など、向いているわけなかろう。そう肩を怒らせるな。ロイはこの秘剣には向いておった。それだけのこと。あまり優秀ではない弟に、母の秘剣の一つや二つ、教えた程度で文句を言うな。お前にはワシ自ら軍略を授けたはず。秘剣などより、そちらのほうがよほど貴重だぞ?」
「軍略は今の大公国では役に立ちません……」
「それなら秘剣とて同じこと。だが、秘剣は戦いでしか役に立たんが、軍略は違う。生きるとはすなわち、戦いじゃ。城での生活でも役に立っておるはず」
「役には立っておりますが、私は父上のように人を騙すのが得意ではありません。上手く……活かせぬのです」
「人を騙すだけがワシの軍略ではない。まだ理解が足りんだけじゃ。しっかりと理解を深めれば、正直者のお前でもきっと扱える。正直者には正直者の良さというものがある。ワシのように人を騙す者の言葉とは違い、正直者の言葉に真摯さが宿るのじゃ。まぁいい。祝勝会をする気分ではないというなら、ワシは帰ろう。レナとロイの面倒は任せた」
「はい……」
そう言って父上は杖をついて帰ってしまう。
それを見送ったリアム兄さんはため息を吐いた。
「ときおり……父上が空恐ろしくなる」
「わかります。何をしても、何を言っても、計算の上なんだろうと感じます」
「お前も感じるか……」
「感じますね……」
兄弟でうんうんと頷きあった後。
リアム兄上は俺の肩に手を置いた。
「あんな話のあとで申し訳ないが……俺はお前が勝ってくれて嬉しい」
「わかってますよ」
「兄としてだけでなく、大公国の者として嬉しいのだ。大公国の人材不足が叫ばれて久しい。足手まといという者もいる。そんな中、アルビオス王国の名門貴族をお前が破ったことには価値がある。痛かったろう、よく耐えた」
「まぁ、多少は。けど、兄上に苦労をかけてしまいましたね」
「そうだな。たしかに苦労はしそうだが……何度か頭を下げれば許してもらえるだろう」
不憫だなぁ。
たぶん、そういう星の下に生まれたに違いない。
そもそも、こんなに真面目な人が父上の息子として生まれたのが不憫だ。
振り回されるのが生まれた時点で確定している。
「ロイ、俺はルヴェル男爵家のイメージを変える。そのためにどんなことでもするつもりだ。父上は多くの者から警戒されている。そのイメージは俺やお前、そしてレナにも付きまとう。ゆえに俺は変える。だからお前もそういう思いで居てほしい」
「微力ながらお力になります」
「ありがたい。では、真面目に授業を受けろ。評判が悪い」
「それとこれとは話が違います。残念です、力になれません」
「朝起きるのがそんなに辛いのか!? 早く寝ればよいだけだろう!?」
「人には向き不向きがあるんです! そういうことしか言わないなら帰ってください!!」
そう言って俺はリアム兄上を部屋から追い出し、ベッドの上で横になる。
そしてある事を思い出す。
「あ……また父上に聞くの忘れてた……」
いつも父上に聞くのを忘れてしまう。
さっさと学院を辞める方法を。
「まぁ、父上が教えてくれるとは思えないけど……」
俺が学院に入学したのは父上の指示だ。
表向きは大公国では俺でも貴重な人材だから、というものだ。それは本当だ。
けれど、断ることもできた。
だが、父上は俺に学院へ行くように指示した。
もっとも大きな理由は、レナを傍で守るため。それには俺も同意した。ただ、別に学院に入らずともレナを守ることはできる。生徒としての生活に縛られることを考えたら、デメリットのほうがやや大きい。
それでも学院に通えと、父上は言ってきた。お前は学院で学ぶことがあるか、と。
いまだに俺はその学ぶべきことがわからない。何を学べというのか。
だから父上は俺が辞めたいといっても、認めてはくれない。
ただ、父上が言うのだ。きっと大事なことなんだろう。
皆目見当もつかないけれど。