第十二話 秘剣・灯火
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適当にティムのリズムを乱しながら、たまに攻撃に当たりつつ、俺は父上の言葉を聞いていた。
さすが灰色の狐と呼ばれることはある。
絶対に勝てるとわかっているのに、さも息子想いな父親を演じて、相手から賭けを引き出した。
しかも、相手はほぼ勝てると思っている。挑発に乗って、条件を釣り上げてしまった。
それも当然だろう。
表向き、一縷の望みに賭けているのは父上だ。無謀なのは父上というわけだ。
けれど、その裏ではティムに勝ち目はない。無謀どころじゃない。賭けが成立していること自体が詐欺といえるだろう。
そんな中、俺は父上の言葉に思わず、手を止めてしまった。
受けたダメージを魔力に変換して、剣に流し込む。消えゆく火の最後の輝きのような最終手段。
秘剣・灯火。
母上が遺した技にそう言う技がある。確かに、ある。言われてようやく思い出したレベルの技だが。
ダメージを受けろというのは、そういうことか。
しかしなぁ。あの技は間違っても秘剣ではない、
そもそも、ダメージを魔力に変換というが、そんなの欠陥技もいいところだ。
魔剣術というのは、本来なら放つはずの魔法を剣に宿し、魔剣へと変貌させる技術だ。
射程を犠牲にして、威力を手にした技術といえる。
根本的に殺傷能力が高いのだ。
今は決闘用に模擬剣を使っているが、本来ならティムの攻撃もさらに強力だ。
そういう状況なのに、ダメージを受けないと発動できない技は欠陥だ。戦場では使えないと父上も言ってしまっている。
そのような技を秘剣にするほど母上は愚かじゃない。
だが、秘剣といったことで流れが変わった。
俺はティムから距離を取る。
ダメージを受けろというのは、俺が逆転しても不自然じゃないため。
これ見よがしに秘剣などといえば、周りも期待する。期待値が高ければ、多少威力が高くても問題ない。
一撃で決めることができるから、細かい剣筋を見せる必要もない。
この展開を昨日の時点で想定しており、違和感なくその展開に持っていくために、タウンゼット公爵を巧妙に挑発し、親同士の意地の張り合いまで持って行った。
そしておまけ……というか、本命だろうけど。
相手から賭けの条件を引き出した。
俺が逆転するかもしれない、という雰囲気を作り出して。
さすがというしかないし、やっぱり、どこか頭のネジが外れていると思う。
三国から警戒されるだけはある。
唯一の救いは、自分の領地と家族を守ることが第一の人だということだろう。
これで野心家なら目も当てられない。
「どうした!? 怖気づいたか!?」
「先輩……もう勝ち目はありませんよ。すぐに決めきれなかったのがあなたのミスだ」
「ふん……秘剣とやらか……いいだろう! 受けて立ってやる!!」
そう言ってティムは自分の剣に雷を集めていく。
魔剣術には段階がある。
一つ目は、俺が今しているような強化。
二つ目は、ティムがしているような性質変化。
最後の三つ目。これが真骨頂だ。
名はそのまま〝魔剣化〟。形態変化を起こし、自分専用の魔剣へ変貌させること。
「魔剣……〝雷轟〟」
模擬剣の形が変わる。
両刃の模擬剣が片刃になり、反りが入った。そして漆黒の刀身は細く、長く伸びる。剣というよりは太刀というべき姿だ。
模擬剣の魔剣化は相当な魔力を消費するが、それでも行ったのは俺の秘剣を警戒したからだろう。
長くは維持できないだろうが、俺を仕留めるには十分すぎる威力を持っている。
「さぁ!! 来い!」
「行け! ティム! タウンゼット公爵家の力を見せつけろ!!」
親子が前のめりになる。
それに対して、うちの親は余裕綽々だ。
どしっと椅子に座りながら、つぶやいた。
「やってしまえ、ロイ」
声に従い、俺は右手で剣を構える。
右足を引き、体を斜めにする。
突きの構え。教えてもらったものじゃない。記憶の中の母上を思い出しながら、書物から学んだ構え。
ゆっくりと体に負ったダメージを魔力に変換して、剣先に集中させる。
観客たちは、あれがルヴェル男爵家の秘剣の構えか!? と沸き立つ。
ティムも魔剣を構え、俺の攻撃に備える。
おそらく相殺を狙っているんだろう。
俺が攻撃したら、ティムも攻撃してくるはず。
俺がすべきなのは〝やりすぎないこと〟。
調子に乗って力を入れすぎると、ティムを殺しかねない。
ただ、ティムの魔剣を確実に突破しなければいけない。
その力の入れ具合を考えていると、場が静まり返った。
一瞬で勝負が決まるとわかっているから、誰もが息を止めて食い入るように見ている。
チラリとみると、ユキナが魔眼を使っているのが確認できた。
やれやれ。勉強熱心なことだ。とはいえ、この試合で見れるのは母上の技を受け継いだ俺でしかない。
「秘剣……灯火」
呟き、俺は突進しながら剣を突き出した。
それに対してティムは魔剣を振り下ろす。
剣が一瞬、衝突する。
魔力同士の衝突によって風が巻き起こる。
だが、衝突はあくまで一瞬。
すぐにティムの魔剣は弾かれた。
「なっ!?」
その間に俺はティムの懐に潜り込み、魔力で体を保護しているのを確認する。
下手に怪我でもさせたら大変だ。
けれど。
こいつのユキナへの態度。
レナへの態度。
それを反省させる必要がある。
「ちゃんと――謝ってもらうぞ」
怪我はしないけれど。
確実に気絶はするだろうぐらいの力加減をしつつ、俺はティムの腹に模擬剣を叩きこんだ。
「ぐふっ!?」
ティムの体が浮き上がり、くの字に曲がる。
そのままティムは舞台の外まで吹き飛んでいった。
地面に叩きつけられ、一回転、二回転と転がっていく。
それを見て教師が声を出しながら、ティムに駆け寄る。
「それまで! 勝者! ロイ・ルヴェル!!」
会場が一気に沸き上がった。
完璧なお膳立て。
もしかしたら逆転するかも? という可能性が浮かび上がって、そして劇的な逆転だ。
気持ちが入っていた分、興奮もすごい。
けれど。
「よーしっ! よくやった! よくやったぞ! ロイ! これでルヴェル男爵家は当分安泰じゃ!! 馬車十五台分の金塊があれば何でもできるぞ! 仕送りも増やせるからな! 楽しみにしておれ!!」
一番興奮しているのは父上だった。