第十話 魔剣術
決闘当日。
父上から出された指示は、合図があるまで適度にダメージを受けろ、というものだった。
劣勢を演じろ、ではなく、ダメージを受けろという以上、何か考えがあるんだろう。
とはいえ、ダメージを受けすぎると止められかねない。
周りが止めない程度にダメージを受ける。 難しい作業だ。
だが、父上には考えがあるようだ。
父上は儲け話といっていたが、何を考えているのやら。とはいえ、臨時収入があればレナに本を買ってあげることができる。付き合うとしよう。
まぁ、父上が信じられないときは……勝ちが優先だ。
剣筋を見せたくはないが、負けるのは癪だ。
そんなことを思いながら、俺は決闘の舞台に立ったのだった。
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「よく逃げなかったね、ルヴェル君」
「俺から挑んだ決闘なんで」
稽古場には相当な数の人が入っていた。
まるで闘技場での試合だ。決闘は四角い舞台の上で行われ、落ちたら失格だ。
「両者、最後の確認だ! 準備はいいか?」
「ティム・タウンゼット。問題ありません」
「ロイ・ルヴェル。問題ありません」
「よろしい! 場外に落ちたら負け。気絶したら負け。負けを認めたら負け。審判である私が止めたら負け。いいな?」
審判役の教師の言葉に頷く。
そして俺たちは十歩下がった。
持っている剣は模擬剣。刃はないし、特殊な仕掛けがしてあるから魔力を込めた一撃も半減する。
だが、剣魔十傑に選ばれるような使い手ならば、それでも相当な威力を出せるだろう。
グルリと観客席を見渡す。
父上の姿は見当たらない。たぶん、こそこそと頃合いを見計らっているんだろう。
そんなことを思っていると、開始の合図が鳴ったのだった。
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〝魔剣術〟。
それはアルビオス王国発祥の魔法と剣技を合わせた戦闘技術だ。
魔導師は魔法を放つが、アルビオスの剣士は違う。
自らの剣を魔剣へと変化させるのだ。
「刮目して見るといい! これがタウンゼット公爵家の〝雷霆剣〟だ!」
模擬剣の刀身が漆黒に変化し、雷を纏う。
それに対して俺は模擬剣に魔力を通して、強化する。
強化は基本中の基本。つまり、ティムは俺の一つ上にいるということだ。
ただ、これは剣士同士の決闘。
魔剣の質だけでは決着はつかない。
良い剣を持っているだけで勝てるなら苦労はしない。
「はぁっ!!」
ティムは勢いよく俺の懐に潜り込んでくる。
それに対して、俺は後ろに下がって対処する。
すでに剣のリーチの外。しかし。
「甘い!」
そう言ってティムは剣を振るった。
たしかに剣のリーチの外ではあるが、剣に纏わせている雷が俺へと襲いかかる。
防御が遅れて、雷をモロに食らい、俺はさらに後ろへ吹き飛ばされた。
「くっ……」
チラリと後ろを見ると、もう場外ギリギリだった。
そんな俺に追撃をかけず、ティムは中央で剣を構える。
「怖気づいたなら場外に出るといい。敵わない相手とは戦わないというのも賢い選択だよ?」
「どうしたんです? 負けるのが怖いんですか?」
「な、に……?」
「自信があるならさっさと片付ければいい。もしかしたらって思うから場外に出ることを勧めるんですよね? ありがとう、先輩。今ので勝算が出てきましたよ」
「このっ……! 調子に乗るな!」
ティムは中央から一気に俺へ突っ込んでくる。
そして雷の魔剣を振り下ろしてくる。
それを俺は受け止めた。その場で力比べが発生する。
「受け止めたぞ!?」
「なかなかやるな! 落第貴族!」
観客が沸き立つ。
だが、ティムは自分の一撃を受け止められたのが屈辱だったのか、顔を歪めている。
「調子に……乗るな!!」
怒涛の連撃。
それを俺は受け止めきる。すべてギリギリ。
だが、ダメージが入らない。 連撃が終わり、俺は無傷。
想定より俺がやるせいか、ティムの顔に怒りが浮かんでいる。
思い通りにいかないから、冷静さを欠いているんだろう。
死ね、と言わんばかりに殺意のこもった突きを放ってくる。
それを見て、俺は笑う。ティムの弱点は精神面。上手くいくことに慣れすぎていて、上手くいかないことに納得できない。
世の中、上手くいかないことのほうが多いのに、だ。
俺は突きを受け流し、ティムと場所を入れ替わる。
すると、ティムは勢い余って場外に落ちそうになる。
「ぐっ……!!」
咄嗟に踏みとどまるが、あと少しで落ちる。
だから俺は重い一撃をティムに放つ。
受け止めても体勢は崩れるし、回避しても体勢は崩れる。
だが、ティムはどちらもしなかった。
「落第貴族が……小賢しい!!」
雷の魔剣が床に突き立てられる。
瞬間、床を伝って雷が俺を襲った。
想定外の攻撃により、俺は吹き飛ばされ、中央に押し戻された。
その間に悠々とティムはギリギリの体勢から脱却する。
「まともにやったら勝てないから場外での勝利を狙っていたのか……さすがルヴェル男爵家の息子だよ! 小賢しい!」
そう言ってティムは舞台の中央で剣を構える。
二度と同じ手は食わないという雰囲気だ。
できればあれで落ちてほしかったが、まぁいいだろう。
これで怖がって必殺の一撃には出れないはず。
止めを刺しきれず、ダメージが重なる試合展開になる。
父上が望んだ試合展開だろう。あとは適度にダメージを受けていればいい。
果たして、どういう策を持ってくるのやら。
〝灰色の狐〟のお手並み拝見といくか。