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第34話 畏怖される女/Awe-inspired woman

 一月十二日 午前二時三十四分


 降り注ぐような星空が広がっている。

 星々の輝きが夜空いっぱいに、満天の星空が広がっていた。そんな星空の下で、マンションに帰りがけの加藤奈緒と本城昇太は、松永敬志の兄嫁である松永まつなが玲緒菜れおなとの関係を話し始めた。


 ◇


 四年前、本城昇太はある事件の合同捜査本部で別の所轄の松永まつなが敦志あつしと初めて会った。二人が直接関わる事は無かったが、捜査員として顔と名前を双方が覚えていた。

 ある日、本城昇太とペアを組む男性捜査員が、過去の事件で関係のあった男に尾行されている事に気づいた。それを捜査本部で相談すると、松永敦志と本城昇太がペアを組む事に決まった。


 数日後、深夜の繁華街の裏通りを歩いていた二人は、四人の男に襲われた。

 松永敦志も本城昇太も柔道有段者ではあるが、全員が刃物を持っている事から怪我を負わずに全員を捕縛する事は無理だった。二人は四人のうち三人を捕縛したが、残り一人は逃走した。

 連絡を受けた所轄から緊走のパトカーが到着する頃、逃走したと思われた一人が現れ、本城の背後に歩み寄った。

 後に判明した事だが、目的は本城昇太だった。

 本城の背後にいる男に気づいた松永敦志は、本城に声をかける間もなく、本城を歩道の植栽に投げた。

 突然の事に驚いた本城が揉み合いになっている二人を見ると、松永敦志は顎から耳にかけての切創から血が吹き出していた。

救急要請した本城は、止血をしながら詫び続けた。松永敦志は、「大丈夫だよ」と優しい言葉を本城にかけたと言う。


 その後、自宅療養していた松永敦志の元へ本城がお見舞いに出向いた際に、本城は初めて妻の松永玲緒菜に会った。

 事前に松永玲緒菜の事を複数人から話を聞いていた本城は、二人に土下座した。

 松永敦志は、「いいんだよ」と優しく言葉をかけたが、松永玲緒菜は手を握り締めて下を向いたままだった。

 それを見た松永敦志は、「カミさんが話あるみたいだから席を外すよ」と言って部屋から出て行った。

 本城は何が起きたのか分からなかったが、残された松永玲緒菜に再度謝罪をした。

 すると、正座していた松永玲緒菜は本城の前へにじり寄り、本城の手を取り、こう言った。


「本城さんがご無事で、何よりです」


 本城の目に映る松永玲緒菜は、優しく笑みを浮かべる、美しい女性だった。

 本城は事前に聞いていた松永玲緒菜の評判とは全く違う事に拍子抜けしたものの、ひたすら謝罪を続けた。だが、謝罪を止めない本城の姿を見て、「そろそろ止めないと、殴るよ?」と言った。


 その言葉がまるで符牒だったかのように、松永敦志が戻って来た。入れ替わりに松永玲緒菜は部屋を出て行った。


 その姿を本城の肩越しに見ていた松永敦志は、ドアが閉じると本城の目を見て、「あれはね、父が殉職した時に、母が言った言葉なんだよ」と、頬を緩ませて言った。

 視線を彷徨わせる本城を見た松永敦志は、「あ、『殴るよ』じゃない方だよ、先に言った方ね」と笑った。


 ◇


「俺、姐さんに殺されてもおかしくないと思ったんですけど……」

「ふふふっ……」


 加藤は優しい笑みを浮かべながら、その後の松永玲緒菜の事を本城に話した。


「荒れ狂ってたよ。ふふっ、居酒屋でさ、『本城許さねえ』って言いながら一升瓶ラッパ飲みしてた」

「やっぱり」

「あんたがさ、あの後、どう仕事に取り組んでるのか、私生活はどうなのか、玲緒菜さんは全部見てる」

「えっ……」

「今日の昼から、あんたの真価が問われる。覚悟しなよ」

「うっ……」

「玲緒菜さんね、あんたがクソ警察官になったら、『いつでも命を貰い受ける』って言ってたから」

「ヒィッ!!」


 ◇ ◇ ◇


 同時刻


 捜査員用のマンションのリビングに、相澤裕典と葉梨将由がいた。

 二人は事務処理をしている。

 松永玲緒菜が来る前に済ませておかなければならない事務処理が終わらないようだ。


「相澤さん、コーヒー飲みますか?」

「うん、お願い。ありがとう」


 キッチンへ行った葉梨を横目に、パソコンに向かう相澤は大きな欠伸をした。


 ◇


 コーヒーを淹れてリビングに戻って来た葉梨は、相澤はなぜ松永玲緒菜が苦手ではないのか聞いた。相澤は、「多分、松永さんのお父さんに可愛がってもらったからだと思うよ」と答えた。

 葉梨は初めて聞いた話だったようで、詳細を求めた。


「子供の時、腕を掴まれて車道に放り投げられてね、その時に臨場したのが松永さんのお父さんだったんだよ」

「えっ、そうだったんですか」

「うん、俺はずっと泣いてて、松永さんのお父さんが抱っこしてくれてね、それから署の少年柔道に通うようになって、採用試験の時に松永さんのお父さんみたいな警察官になりたいですって言ったんだよ」


 葉梨は二年間だけ相澤と同じ所轄にいた事もあり、付き合いは長いが、初めて聞いた話を楽しそうに聞いていた。


「玲緒菜さんは加藤の指導員で、俺の事はもちろん松永さんのお父さんの事もあるけど、一番は加藤のボディガードとして、俺が言われた通りちゃんとやっていたからだと思う」


 相澤はコーヒーを飲みながら話していたからか、葉梨の目が動いた事には気づかなかった。


「ボディガード?」

「そう。加藤は美人だから先輩達から飲みに連れて来いって言われて、加藤は嫌がったけど、俺がいるなら良いって言うから、毎回俺はボディガードとして行ってた。あ、今でもだけどね。ほら、岡島と飲んだ時、葉梨が加藤と初めて会った日もそうだよ」

「そうだったんですか」

「玲緒菜さんは、同業の飲み会には必ず俺と一緒に行けって言ってたから。でも……」


 言い淀んだ相澤と葉梨は目線を合わせると、相澤は口元を緩めた。


「一回だけね、玲緒菜さんにものすごく怒られた事があった。官舎に帰ったら部屋の前に玲緒菜さんと加藤がいてね、部屋に入れたんだけど、玄関の鍵を締めた瞬間に玲緒菜さんに殴られた。ふふふ」


 驚く葉梨に、相澤は続けた。


「玲緒菜さんを止めようとした加藤は蹴られて泣き出すし、俺はボッコボコにされるし、寝てた松永さんが起きてきてさ、玲緒菜さんを必死に止めてた」

「えっ……なんで……怒られたんですか」

「…………それは言えない。でも、俺の責任。だから、仕方のない事だった」


 その時の事を思い出したのか、相澤は目を伏せた。


「松永さんが、後輩の指導が至らなかった自分の責任だと言ってね、玲緒菜さんに土下座して場を収めたんだよ。松永さんもボッコボコにされてたけど。でも、松永さんがいなかったら、俺は病院送りになってたと思うよ、ふふふ」


 葉梨は何があったのか聞きたいのか、相澤の目を探るが、無理だと悟ったようだ。その葉梨の表情の変化を見た相澤は、「加藤は足が速いからね。無事だった、とだけ」と言った。


 ◇ ◇ ◇


 午前二時五十二分


「暑い」


 加藤奈緒と捜査員用マンションへ戻った本城昇太は暖房の効いたリビングに入り、赤い顔をしてそう言った。

 相澤も葉梨も本城の言葉に不思議そうにしていると、「加藤さん、歩くの速いんですもん」と言い、後ろにいた加藤は笑っていた。


 コートを脱ぐ二人を横目に、相澤は葉梨に話しかけた。


「葉梨、合コンだけど、俺は行かないから代わりに岡島が行くって。それともうひと――」


 その言葉が耳に入った本城は二人を見て、「合コンっすか、良いっすね! 俺も行きたい」と言い、葉梨の隣に座った。

 二人の斜向かいに座る相澤の隣に加藤が座り、「玲緒菜さんが来るし、余裕も出来るから息抜きしてきなよ」と本城を見て言った。相澤は加藤をちらりと見て、「相手は四人になったんだって。本城を連れて行けば揃うから、ちょうど良かった」と続けた。

 加藤は相澤のノートパソコンの画面を見ている。


「あんたさ、これ間違ってるよ」

「えっ、どこ?」


 ノートパソコンの画面を覗き込む加藤を見ている葉梨は視点が定まらないようで、ゆっくりと息を吸い込み、天井を見上げた。

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