第26話 消去と後悔/Erasure And Regret
十二月十二日 午前二時三十五分
松永敬志はバーにいた。
バーテンダーの望月奏人からクリスマスのラッピングが施されたギフトボックスを手渡された松永は困惑している。
「なにこれ?」
「クリスマスプレゼントだよ」
「わー! 嬉しい! ありがとうモッチー!」
「アハハ、俺じゃないよ」
「えっ……誰からよ?」
笑顔のまま何も答えない望月に促され、ラッピングを開けると箱に手紙が貼付してあった。それは洋封筒で、松永のフルネームが宛名として書いてある。
「あら、手紙があるんだね」
「ん……? もしかして……」
「そうそう、笹倉さんだよ」
「えっ! 本当に!?」
松永は、クリスマスの朝に枕元のプレゼントを見つけた子供のようにはしゃぎながら、箱を開けた。
「マフラー、かな?」
「マフラー! マフラー! 」
「アハハハッ! 松永さんってそういう顔するんだねー」
松永はマフラーを取り出し、頬ずりをした。
「アハハハッ! マジかよ! アハハハッ」
「だって! すっごい嬉しいもん!」
松永はそのマフラーを首に巻き、手紙を読み始めると、望月はキッチンへ行った。
◇ ◇ ◇
午前二時四十五分
夜更け、葉梨は山野と捜査員用のマンションに戻るところだった。
葉梨はポケットに手を入れ、指先に触れたものを取り出して、山野に渡した。
カイロを手渡された山野は葉梨を見上げ、笑顔で受け取った。その笑顔を見た葉梨は、頬を緩めた。
葉梨は隣にいる山野の肘にそっと触れると、山野は葉梨の方をチラッと見ただけで何も言わなかった。ただ黙って歩いているが、葉梨が口を開いた。
「まだ、松永さんの事が好きなの?」
すると、それまで無言だった山野が足を止め、じっと葉梨の顔を見つめた。目をそらす事なく、ずっと。
しばらくそうしていた山野だが、やがて首を横に振って、葉梨の顔を見上げて目を見て、「もう、忘れました」と、小さな声で言って、目を伏せた。
再び歩き始めた山野の隣で葉梨は言う。
「じゃあ、俺にも、もう一度チャンスがあるかな」
驚いた表情を見せる山野に葉梨は微笑んだ。
怪しむような視線を向ける山野に向かって葉梨は言う。
「俺の事を好きになれそうもないのなら、言って欲しい」
そう言って、葉梨は一年前に山野花緒里と会った時の話を始めた。
一年前、葉梨は同僚から飲み会の誘いを受けて同僚と三人で行くと、そこに山野がいた。山野は他の同僚女性も連れて来ていて、五人で楽しく過ごした。その時に葉梨は山野の事を良いと思って連絡先を聞き、数回二人で会い、その際に葉梨は山野へ交際の申し出をしたが、色よい返事では無かった。その後、山野から連絡が来なくなったことで、葉梨も連絡を取らなくなったと言う。
「山野。俺は松永さんみたいにイケメンじゃないし、無理かな?」
「そんな事ありません……けど、あの時は……本当にすみませんでした」
葉梨の話を聞いているうちに山野の目から涙が溢れ落ちた。
「えっ……いや、いいって。俺の方こそあの時は悪かった」
葉梨は慌てて言った。
しばらくして、ようやく落ち着いたらしい山野は、涙を拭きながら謝った。
「もう大丈夫?」
葉梨の言葉に山野は小さく頷いた。それから二人は黙ったまま歩いた。
少しして、ふと思い出したように山野が言った。
「私も聞きたい事があるんですけど……」
「何?」
「どうして私の事が好きになったんですか? 私は葉梨さんに好かれる理由なんて思い付かないです」
不思議そうな顔をしている山野に葉梨は苦笑した。
「あー、単純な理由だよ。……山野は可愛いから。ちっちゃくて可愛いから。だめかな、それじゃ」
笑う葉梨の顔を見る山野の頬が緩んだ。
それを見た葉梨は山野の腕を掴み、そのまま引き寄せると山野を抱きしめて、彼女の耳元で囁いた。
「俺じゃ、だめかな……?」
突然の葉梨の行動に驚いて、山野は彼の腕の中で身を固くしていたが、やがて身体の力を抜いていく。それを感じた葉梨は、さらに強く彼女を抱きしめた。
葉梨はふと顔を上げると、挙動不審な長身の男がいた。その男は自分達に気づいたようで、目が合った。
それは松永敬志だった。
松永は二人を見ていたが、目を見開いて口元を両手で隠し、ゆっくり後退りしていった。
その姿が見えなくなるまで、葉梨は山野を抱き寄せていた。
◇ ◇ ◇
午前三時四分
――葉梨の人誑しっぷり、ヤバいな。
チンパンジー須藤が言い出した、『ボクの考えた最強の作戦』を相澤と加藤と三人で聞かされた時、相澤と加藤は膝から崩れ落ちそうになっていたが、俺は漫画にあるような『ズコー』を脳内で再生していた。
加藤は口を開けたものの、ぐっと堪えて何も言葉を発さなかった。多分、「バカなんですか」と言いかけたのだと思う。
相澤に関しては、「山野は松永さんの顔が良いから惚れたんですよね? 俺と葉梨じゃ無理ですよ、絶対に」と、そこにいなかった葉梨の悪口もついでに言っていた。
須藤はそれに対して、「いいんだよ、自分に気がある男が二人いるって状態にして揺さぶれば」と言い、重ねて「葉梨には加藤、お前から話しておけ」と言った。
――やめてよチンパンジー! 戦が始まっちゃう!
チラッと加藤を見たが、表情を変えずに返事をしていた。俺はその時、ゴリラにも熊にも山野は靡かないだろうと、その時は思った。だが、どうだ。さっき見た葉梨は山野を抱きしめていた。
――展開早すぎ! ぼくついていけない!
「あ、お疲れさまです、今戻りました」
「おう、おかえり」
このタイミングでマンションに戻るのは葉梨と山野だと思ったが、反社が帰ってきた。ならあの二人は今何してるんだ。
――流石にコトに及んでないよね、大丈夫だよね?
「あの山野の件ですけど、上手くいきますかね?」
「あー、あれな。……大丈夫だよ、葉梨がやる。アイツは……葉梨は凄い、マジで」
「マジっすか」
そこに葉梨と山野の二人が戻ってきた。俺がバーの帰り道で小躍りしながら二人を見た場所と、このマンションの距離を考えると、ずいぶんと遅い戻りだ。まあ、いい。葉梨は与えられた任務をこなしたのだから。
――コトに及んだには早すぎるし。
声を揃えて「戻りました」と言う二人に、俺と反社も応えると、葉梨は山野の肘に触れた。山野は葉梨を見上げ、思い出したように「コーヒーはお飲みになりますか」と聞いてきた。葉梨はちゃんと、そっちの教育も済ませたようだった。
――やだっ! そっちじゃない教育って何の教育!?
「ああ、ありがとう」
「俺もお願い、ありがとう」
俺と反社がそう応えると、山野は口元を緩めて、葉梨を見上げた。山野を見る葉梨の笑顔が優しい。
――葉梨くん凄い! もう手懐けてる!
二人を見ていた反社はそれを見て少しだけ眉根を寄せたが、それだけなのに、その顔はなかなかの迫力だった。
葉梨はコートを脱いだ山野に声を掛け、山野のコートを受け取り、そのコートをハンガーに掛けてハンガーラックに掛けた。だが自分のコートを脱いだ時には既に山野はキッチンに消えていて、それを見た葉梨は苦笑いしていた。
テーブルに座ろうとする葉梨に、俺も反社もほぼ同時に話しかけた。
「やべえな」
「すげえ……」
「はっ……?」
二人の言葉を聞いて、葉梨は困惑した顔をしていた。俺はそんな葉梨の様子を横目で見ながら、反社に話し掛ける。
「な、コイツ凄えだろ?」
「んふっ……そうですね」
「……なんでしょうか?」
そう言いながらも、葉梨はハンドサインを送ってきた。スマートフォンを取り出し、テキスト作成画面に既に入力してあった文字を俺と反社に見せた。
「おっと……」
「…………」
「全部で……」
そう言って言葉を止めた葉梨は、手のひらを見せてきた。
「あと、二?」
そう言うと、葉梨は『イエス』のハンドサインをした。
一気に組長メーターが上がる反社と、頭を抱える俺、目を細める葉梨の三人は無言となった。
ポットのお湯をカップに注ぐ音がする。
それをトレーに乗せて、ミルクと砂糖も乗せて、キッチンから山野がこちらにやって来た。
反社の前にコーヒーを置こうとする山野に、葉梨は「山野、松永さんからだよ」と言ったが、俺は「いいよ、俺は女衒だから末端だし」と言うと、きょとんとした顔をした山野に二人は笑った。
「いいよ、そのまま置きな。組長、構成員、で、女衒の俺の順で良いから」
そう言うと、葉梨も反社も声を出して笑った。
仕事を完璧にこなす葉梨は、本当に有能だと、心から関心した。
◇ ◇ ◇
午後三時二十九分
加藤奈緒は自宅にいた。
須藤から『自宅で連続した睡眠を取れ』と命令され、三十六時間を与えられた。
充分な睡眠を取った加藤は真夜中に目覚め、起き上がって常温のミネラルウォーターのペットボトルを取りにキッチンへ向かった。
寝ている間にスマートフォンには様々な通知が来ていたが、メッセージアプリの通知を見て、アプリを開いた。
新規メッセージは二人からだった。
松永敬志
相澤裕典
松永からのメッセージがある事を見た加藤はそれを見ようとして人差し指を動かしたが、止めた。
相澤のトーク画面を先に開いた。
『奈緒ちゃん、寝てる?』
『ちゃんと寝てね』
それを見た加藤は口元を緩めた。
『ありがとう。ずっと寝てて、今起きた』
そう、メッセージを返した。
松永のメッセージを開くと、『ボイスレコーダーは全部で5個あると山野が葉梨に言った』とあった。
思わず舌打ちした加藤は、松永に『了解です。殴っていいですか?』と送ると、すぐに返事があり、『暴力、ダメ、ゼッタイ!』と返ってきて、加藤は吹き出した。
またホーム画面に戻り、葉梨のトーク画面を見ると、加藤は画面から目線を外して、目を彷徨わせた。
自分が送ったメッセージは既読が付いているが、丸二日経った今でも葉梨から返事が来ていない。
加藤はキーボードを画面に表示させたが、指が止まった。
目を瞑り、小さく息を吐いた。
送ったメッセージを長押しし、送信取消しをタップしようとして、大きく溜め息を吐いた。
アプリを閉じるとスマートフォンを傍らに置き、ミネラルウォーターを飲み始めた。
口から溢れた水を手の甲で拭い、加藤は唇を噛み締めた。




