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第3話 心に灯るあかり/Heart afire

 私の胸元で寝息を立てる敬志(たかし)の息遣いと髭がくすぐったい。大きな身体なのに、小さな子供を抱いているかのように錯覚する。


 敬志を初めてベッドに誘ったのは、敬志に抱かれても良いと思ったから。

 ソファで抱きしめられた時、敬志の身体は反応していた。初めての事で驚いたが、何かあったんだと思った。だから性的欲求が昂るような事があったんでしょうと訊いたのだ。敬志はそれに珍しく感情を表に出した。やっぱりそうだったんだと思ったと同時に、その感情を表に出してしまう程の事が敬志に起きたのだと思ったら、優しく抱きしめてあげたいと思った。


 敬志がどうしてもと、ソファで私の耳元で囁いた時と同じように二回言ったら、私は敬志に抱かれようと思った。でも、敬志は今、寝息を立てている。


 敬志が言うように、そろそろ観念しても良いのかも知れない。あれから二十二年も時は経っているのに、今でも敬志は私を想ってくれている。

 敬志がラブレターをくれた日から二十二年。敬志の想いが綴られたその手紙は、その時の敬志の姿の記憶と共に今もある。

 それでも私は、敬志の恋人になる事も奥さんになる事も拒んでいる。


 敬志は真面目で優しい人だ。子供の頃から知っている。でも、警察官は危険が伴う仕事。休みの日だっていつ仕事に呼ばれるか分からない。それに敬志の仕事は特別らしい。すごく危険なのかも知れない。今ここにいるのは奇跡なのかも知れないし、一般的な警察官よりも安全な所にいるのかも知れない。それすらも分からない。何ひとつ分からない。

 何も言えない、何も言わないのは、理解出来ても理解出来ない。


 昔、敬志のお母さんが言った言葉を思い出す。優衣ちゃんは警察官と結婚しちゃだめよ、と。どういう意味なんだろうとその時は思ったが、今なら分かる。


――愛する人の無事を祈るしか出来ないのは、こんなにも辛い。


◇ ◇ ◇


 アラームの音で目を覚ました俺は、隣に優衣香(ゆいか)がいない事に気付き飛び起きた。でも、優衣香が直近までここにいた形跡はある。シーツに微かな温もりが残っていた。


 リビングに接する寝室のドアを開けると、コーヒーの薫りが漂っていた。キッチンに優衣香の姿がある。優衣香は近寄る俺に気付き、微笑んだ。俺は優衣香を後ろから抱きしめた。


「ずっと腕枕してくれてたの?」


 振り向いて俺を見上げる優衣香は、してないよと言った。俺が寝た後すぐ起きて仕事していたと。俺は優衣香の耳元に唇を当て、警察官相手に嘘を吐くのは良くないですよと囁くと、優衣香はクスクス笑った。



 洗面所に行くと、洗面台の脇の一輪挿しに薔薇が挿してあった。それを見て頬が緩んだ。残りの二本はどこにあるんだろうか。寝室には無かった。薔薇の意味は何だったかなと思い出しながら身支度を整える。


 今、俺が着ている部屋着は俺のものだ。この他にワイシャツと下着と靴下が優衣香の家に置いてある。優衣香が洗濯してくれるが、おそらく来る前にも洗濯しておいてくれているようだ。半年ぶりに来た今日でも、洗いたてのような清潔な香りがする。


 リビングに戻ると優衣香はコーヒーを淹れてくれた。優衣香は俺の姿を見て、チャラいと笑っている。そして、髭がくすぐったかったとも言った。髭をここまで伸ばすのは稀だが、自分としては案外似合っていて気に入っている。でも優衣香が嫌がるのなら髭は出来るだけ控えよう。


 腕時計を見る。優衣香とあと僅かで離れなければならない。優衣香の顔を見るが、別れを惜しむような素振りは一切見せない。今日も、これまでも。いつか優衣香のそんな姿を見たいと思うが、そういった事をする女性に良い記憶は無い。


「そろそろ行く時間かな」

「そうだね」


 俺はリュックを背負い、玄関に向かった。靴を履き、振り返る。またねと笑顔で言う優衣香に離れたくないと言った。


 優衣香は破顔し、手を顔にやって笑っている。それを見た俺も笑い、また連絡するよと言って玄関の鍵を開けようとして――。


(たか)ちゃん、キスして」


 後ろから降り注いだ思いがけない言葉に驚いて優衣香を見た。優衣香は俺の服を掴んでいた。本当にしてもいいのか、優衣香の顔色を伺う。

 優衣香は唇を引き結び、俺を見上げ、唇に視線を落とした。


――本当に、いいのかな。


 俺は優衣香の肩に両手を乗せ、目を閉じる優衣香に唇を合わせた。薄くて柔らかい唇だった。

 目を開けた優衣香の瞳は潤んでいる。俺の腰に添わせていた優衣香の指に力が入った。


――もっとしていいの?


 そんな目で見られたら、俺はもう止められない。

 右手で優衣香の頭を抱え、左腕で優衣香の腰を抱いた。優衣香を引き寄せて優衣香の唇を歯を、舌でこじ開ける。優衣香の上顎を舌でなぞり舌を絡ませる。


 混ざり合う水音と苦しげな優衣香の吐息が響く。


 唇を離して、優衣香の半開きの唇に視線を落とす。

 優衣香の唇から溢れた唾液を舌で絡め取り、濡れる唇をそっと舌でなぞり視線を合わせると、優衣香がまた唇を合わせて来た。

 優衣香が漏らす甘い吐息は、劣情を煽る。


――優衣ちゃんなんで……なんで今なの……。


 抱きしめた優衣香の向こうに花瓶に挿した二本の薔薇があった。

 意味は――。


 この世界にふたりだけ


――このまま時が止まってくれれば良いのに。

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