第22話 君のために7回目/For you the 7th time
十二月六日 午後二時二十八分
捜査員用のマンションがある隣県の観光地から署へは、高速道路とバイパスを使えばほぼ最短距離で行けるようになっている。だがそれは地図上の話であって、隣県は南北の移動は容易い道路計画がしてあるが東西の移動はこのバイパスしか無く、渋滞していない時は夜間だけなのではないかと思う。
署に行く為に公用車を葉梨が運転して俺は助手席に座っているが、渋滞している上に眠気と戦う葉梨はたまに太ももを抓っている。
「シャーペンあるよ? 刺す?」
「はい、次、刺します」
ここ数日、仮眠もまともに取れない日が続いている。相澤も加藤ももちろんそうだが、眠気覚ましのシャーペン刺しは誰もがやっている事だ。相澤は加藤から頬を叩かれたりして目を覚ましているが、加藤は狂犬の顔で太ももを刺している。俺はその姿を見て目が覚める時もある。
帰りは俺が運転すると葉梨に言うが、大丈夫だと言う。先輩に運転をさせるわけにはいかないと言うが、現時点で集中力が途切れがちで運転が危険になっている。ならば答えづらい質問を繰り出せば眠気が覚めるかと思い、質問してみる事にした。加藤とも約束した事だ。バラすような奴なら損切りする、と。
「加藤とヤッたの?」
「ええっ!? してませんよ」
「なんだよー、せっかく朝まで時間作ってやったのにもったいねえな」
「そんな……無理ですよ」
翌朝の加藤を見ても関係は持っていないとは思っていたし、特に葉梨は嘘を吐いているようには見えなかった。だが、次の質問で微かに目の動きがあった。
「なあ、加藤とデートはどうだったの? どこ行ったの?」
「加藤さんの行きつけのバーに行きました」
どこのバーかと聞くと、あのバーの場所と店名を答えた。
「一発目からバーだったの? メシは?」
「そのバーで軽く食べましたよ」
あのバーは料理も美味いから、夜のデート一発目でもまあ問題はないだろう。
「楽しかったです。加藤さんが俺とデートしてくれるってだけで嬉しかったんで」
葉梨は嘘は吐いていないが、なんだろうか、この妙な目の動きは。「次のデートの日は約束したの?」と聞くと、していないと答えた。
「なんでよ? まあ今はちょっと仕事がアレだから難しいだろうけどさ」
「まあ、今は加藤さんと一緒に仕事してますし、その時に約束はしなくても良いかと思って……」
恋する奈緒ちゃんと葉梨とじゃ熱量が違う。
何かあったのだろう。恋する奈緒ちゃんはウッキウキだったから、葉梨自身に問題があるようだ。
「あのさ、お前、顔に出てるよ?」
「あー、あの、もう松永さんには分ってますよね」
「うーん、お前が俺に話して良いと思うなら話してよ。秘密は守る」
――返答次第では戦が始まる。ぼく聞きたくない。
「三つあります。まず一つ目は、あのお店は加藤さん以外の誰かの息が掛かってると思いまして、ちょっとそこで……加藤さんは俺を試してるのかと思って……」
――ぼくも奈緒ちゃんもいきなり大ピンチ!
「なんでそう思ったの?」
「結論から言います。あのお店は松永さんの息が掛かってるお店ですよね?」
「正解」
この今回の仕事でメンバーとなった葉梨とは面識は無かったが、どういう人間なのかは調べてある。加藤が見込む程の捜査員だ。調べるうちに確かに有能だと思った。加藤はあのバーに連れて行って、息が掛かってる店かどうかを気づくか試したのだろう。
葉梨は生活安全課所属だ。情報提供者と関わる際の店は複数持つのは当然の事だ。それにしても、俺の息が掛かってるとはよく見抜いたなと感心した。
葉梨はバーテンダーと加藤の仲に違和感があったと言う。誰か一人、介在していると感じたそうだ。葉梨はカマをかけるつもりで俺の手引きがあってここ使うようになったのかと聞いたら、加藤が仕事の時の目をしたからそうなのだと思ったそうだ。
――だから警察官って嫌なのよね、可愛げがなくて。
「俺の息が掛かってる店で嫌だった?」
「いえ、信用は出来るなと判断出来たのでそれは気にしないです」
「今度さ、一緒に行こうよ。オススメのカクテルがあるんだよ」
「えっ……あ、ありがとうございます」
葉梨は加藤が注文した飲み物を記憶していた。加藤の目の動きとハンドサインももちろん見ている。それは葉梨が同業だから気づいたのであって、加藤が失敗したのではない。ただ、バーテンダーが加藤の意図が汲めずに動揺したから気づいたのだろう。
「二つ目は、バーテンダーの方が、『奈緒さんが男性と来店されたのは初めてです』と言いまして、それも加藤さんが言わせたのだろうと思いまして……加藤さんはどういう意図があったのか、気になってます」
「ふふっ、あいつはそんな事を言ったのか」
渋滞も徐々に解消し始め、眠気も覚めてきた葉梨は運転に集中している。
「あのな、それは嘘でもあるし、本当の事でもあるよ」
「えっ?」
「加藤はジャックローズを頼んだんだろ?」
「ああ、そうですね、ジャックローズでした……カクテルに符牒がありそうだな、とは思いました」
「最初はターキーソーダで、ラストにジャックローズだった?」
「はい、そうです」
「ふふっ……ふふふっ」
俺が笑ったから気になるのか、車は流れているのにこちらを向こうとする葉梨に、「前見ろよ」と言いながら葉梨の太ももにシャーペンを刺した。
「痛っ!! すいません!!」
「ふふっ……あのな、確かに加藤はあの店に男は連れて行ってる。でもな、ラストにジャックローズを頼んだ時の連れの男は、お前が初めてなんだよ」
「えっ……」
「最初にターキーソーダを注文した時点で、あのバーテンダーは動揺したからお前が符牒に気付けたんだよ。ふふっ」
「えっ、えっ?」
「ジャックローズを頼む前、加藤はお前に何をした? 何を言った? 店出てから加藤はお前に何を言った? 何をした? 思い出せよ、それが答えだ」
葉梨はそれを思い出したのだろう。耳を赤くして頬を緩めていた。
「ごちそうさま」
「あー、そういう事だったんですね。ははっ」
「で、何したの? 教えてよ、生々しい話」
「まあ、それは……」
「なんでヤらなかったんだよ、もったいなえな」
「まあ……。あ、あの三つ目ですけど……」
葉梨は加藤に男がいるのではと聞いてきた。俺が加藤には男がいないと言っていたのに、加藤には男がいそうだと言う。だから加藤は「俺が奈緒ちゃんの第三の男になろうか」と言われて動揺したのか。
「いないだろ。聞いてないし。え、いるの?」
「いそうです」
「だからお前は浮かない顔してたのか」
「あー、はい……」
「だから次のデートの約束しなかったのか」
「……はい」
なのに翌朝の奈緒ちゃんは恋する奈緒ちゃんでウッキウキだったのは何でなんだろうか。
「……お前が俺に聞きたい加藤の事ってある? 答えられる事だけ答えるよ」
運転しながらで余計に思考がまとまらないのか、随分と時間が経ってから葉梨は口を開いた。「加藤は俺で本当に良いと思っているのか」と聞いてきた。加藤は美人で、月に一度の仕事を教えてもらう際に会うと待ち合わせ場所にいる加藤はナンパされていたり、一緒に歩いていると加藤を見た男は自分を見て見比べるし、女が加藤を見て連れの自分を見ると鼻で笑うと言う。加藤自身は俺で本当に良いと思っているのか、美人な加藤はいい男と歩きたいと思っているのではと言う。
――大丈夫だよ、相澤もゴリラだし。
「加藤は美人だけど中身は狂犬だよ? 同僚の前でストッキング破るような女だよ? 相澤をひっ叩く女だよ? 俺に何回も土下座させる女だよ?」
「いや、まあ、それはそうですが……」
「バーを出た後に何したよ? 大丈夫だよ」
「うーん……」
「ふふっ。翌朝、加藤は恋する乙女だった、とだけ言っとく」
俺から見えない場所で何をしてるかは分からないが、仕事中の二人はデートした後の男女とは気取られないようにしている。
加藤はいつも通りでストッキングを自分で破いていたし、葉梨の凡ミスに舌打ちして葉梨は恐怖の面持ちだったし、睡眠不足が起因のミスに加藤が手を出した時、葉梨が防御の体勢を取ったせいで狂犬加藤になった姿を見た葉梨はまた後退りしていたし。
――奈緒ちゃん、葉梨くんは怖くてデートに誘えないみたいよ?
「ああ、そうだ。加藤が怪我した時、ハイヒール履いてたからすっ転んだだろ?」
「はい」
「加藤がハイヒール履くとペアの相澤より背が高くなっちゃうから履かないんだよ。なのになんで履いたんだろうな」
「……何ででしょう」
「加藤がハイヒール履いても、お前より背が高くならないからだよ」
「あっ……」
加藤の身長は一メートル六十八センチだ。七センチのヒールを履いても、一メートル八十五センチの葉梨の背を超えない。加藤は俺と歩く時にハイヒールを履ける事を喜んでいた。本当はハイヒールが好きで履きたいが、ペア次第では履けないとこぼしていた。
「お前と並んで歩きたいんだろ。その為に練習してすっ転んだんだよ」
合点がいき、それが自分の為だったと知った葉梨は嬉しそうに顔を綻ばせた。
――葉梨も笑うとエクボが出来るんだ。
「お幸せに」
その言葉に元気に答えた葉梨はこっちを向いた。
「前見ろよ」
「痛っ!!」
公用車で事故るといろいろと大変なんだよ、しかもまだここ隣県だし、と思いながら俺は葉梨の笑顔を眺めていたが、ある事を思い出した。
「相澤から合コンの話はあった?」
「……ありました」
「断れないだろ?」
「……はい」
「いいよ、加藤にバレたら俺のせいにしろ。責任取ってやる」
――このまま地球が滅亡すればいいのに。
七回目の土下座を考えていたら溜め息が出た。




