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★第二章⑤

 ゴクリ、と和樹は息を飲む。耳に入ってきた黒田の言葉に圧倒されていた。

 一拍置いて、聞き慣れない黒田の言葉を頭で反芻していく。

『この手のひらから万物を生み出すことができる』

 ありえない言葉だった。

 大戦を乗り越え、科学が急速に発達した二十一世紀。この地球上のいたるところまで調べつくされ、分からないものなどないと言えるこの時代に。

 この男は、タネも仕掛けもない手のひらの上からどんなものでも生み出すことができると、そう言ったのだ。


「まあ今述べたことをすぐに理解しろとは言いません。順番に説明していきましょう」


 黒田はスラスラと駆け足で話し出す。和樹は理解しかねた言葉が浮く頭を振って耳を傾けた。


「まず、『手のひらから万物を生み出すことができる』ということについてですが、……これはお見せしたほうが早いでしょう」


 黒田は手のひらを前に構える。そして、


 ボアッ‼


 火が噴き出た。いや、火を噴き出した。マッチの先で揺れるように、現れた火はゆらゆらと手のひらの上で燃焼する。

「他にも」と言って、今度はもう片方の手を揺れる火の上にかざした。


 ザアッ‼


 水だった。透き通った水が火に降り注ぐ。火をかき消し、指の隙間から地面に落ちていく。


「すごい……‼」


 和樹は素直に感心した。ここ数日で一番心を躍らせる出来事だった。

 深夜の眠気もとうに吹き飛んでいた。

 黒田の『ショー』は水だけにとどまらない。

 右手に電球のようなものを生み出すと、左手の指を電球の尻に近づける。

 すると、電球は温かい光を放ち始めた。

 フィラメントを通り、光を生み出すものは一つしかない。

 黒田が次に生み出したのは電気だった。


「お分かりいただけたかな? これは、


『創造の力』


 による現象だ」


 和樹は記憶を探る。

 気絶する寸前、眼前に現れた炎。

 あれはこの『創造の力』――によって生み出されたものだったのだろうか。

 和樹が悠佳の方を向くと、悠佳は笑って指先を回し炎の輪を作った。

 しかし、和樹にはもっと気になることがある。

 フードの女の子のことだ。

 そもそもの元凶。ここに来ることになった原因であり、和樹らを蹂躙した者。結局は大事に至っていないものの、一度は気さえ失った和樹にとってはむしろ、『創造の力』よりも彼女の正体について知りたかった。

 彼女に和樹と悠佳はボコボコにされた。反撃する余地などない一方的な暴力だった。中学生男児の体を数メートル殴り飛ばす膂力、コンクリートの地面を易々砕く脚力。どれも異常だった。

 だが、それらがこの『創造の力』によるものとは思えない。彼女はなんだったのだろうか。霊長類最強、某レスリング選手の末裔だったとしても、もう少し説明が欲しいところである。

 気になって口を開こうとする和樹だったが、しかしすぐに答えは分かった。

 黒田は生み出した電球を悠佳に放って、続ける。


「そして、『創造の力』には対になる『力』が存在する。この『協会』が生まれた原因でもあり、我々の中でも一部の人間にしか扱えないのが――」


 悠佳は渡された電球を片手で砕く。


 握りつぶされた電球は、まるで薄氷を砕くかのように崩れ始め、やがて煌めきと共に消え去った。



「――この『破壊の力』だ‼」


 破砕音と共に、さきほどまで掌の上にあった電球は跡形もなく消えていた。

 悠佳は破片すら残っていない掌を見つめながら、少し困ったように笑う。


「『破壊の力』は名前の通り、全てのものを壊す。例外はなく、使用者は狙ったものに衝撃を与えて破壊していく。……この『力』の想像は難しくないだろう、アニメや漫画のヒーロー、ヴィランが難なく街を砕いていく。それと同じことができるというわけだ」


 現実とは思えないと頭のどこかで声がする。――全てを破壊する『破壊の力』……。


「だが、例外はないが差異は存在する。『破壊の力』は対象によっては違った働きをするのが特徴だ」


 黒田に指示された悠佳は部屋の床を殴った。

 衝撃音とともに、小さなクレーターができる。まるで、アイスクリームをディッシャーですくったみたいに半円部分が消滅したクレーターだ。


「この部屋は『力』を使って建てられている。つまり、『創造の力』で生み出した材料を使っているということだ。先ほど電球もそうだな。

 その材料でできた物に『破壊の力』をぶつけるとどうなると思う?」


 和樹は改めて綺麗にえぐれたクレーターを見た。


「消える、ってことですか?」

「そうだ。『破壊の力』は『創造の力』により生み出されたものをそのまま消滅させることができる。大きな特徴だな。この性質を使って、『力』の保持者か判定したりするがそれはまあ、君にはあまり関係ないかもしれん。

 それで『力』で作ったもの以外に『破壊の力』をぶつけた場合だが、この場合は、なんだろうな……〝見えないエネルギー〟がぶつかったような現象が起きる。端的にいえば、普通の物理現象と同じだ。殴られたら、凹む。それだけだ。

 まあ、対象が消えるか、消えないかの違いだ。それだけ分かればいい」


 この世に元々存在するものに対しては打撃に、

 『力』で新たに生み出したものに対しては滅失の一撃に変わる『破壊の力』。

 〝見えないエネルギー〟、それにクレーター。もしかして……。

 和樹の頭にはまた例の女の子が浮かび上がっていた。

 彼女の不可解な力。あれは『創造の力』ではなく、『破壊の力』なら説明がつくのではないか? 和樹はやっと靄が晴れたような思いがする。


「ちなみにだが、御影くんはこの『協会』でも一人しかいない『両刀使い』だ。つまり『創造の力』も『破壊の力』も両方使える。……覚えておくといい」

「黒田さん、やめて下さい。『両刀』なんて……」


 悠佳は手を振りながら否定する。

 和樹をコンクリートに叩きつけた少女が持つ力が『破壊の力』なら、彼女と悠佳は同じ『力』を持ちながら対立していることになる。

 二人の間にいったい何があったのか。

 和樹は尋ねたいことが山積みだったが意識を黒田の話に戻す。


「そして、この二つの『力』の起源だが……」

「あのっ、すみません。発言よろしいでしょうか」


 唐突に悠佳が割り込んだ。


「……、どうぞ」

「ありがとうございます。そして、申し訳ありません」

「? どうした」

「ご報告に関してですが、まだ完了していないことがございます。おそらく報告では、『骨折り』に一般人が暴行を加えられていて、私が止めに入ったと、そういう報告になっているのではないでしょうか」

「そうだな。報告者である君のお母さんからはそう伺っているが」

「実は報告に補足しなければならないことがあります。今、『破壊の力』について説明があったと思いますが……」


 ふう、と悠佳は一拍置いてから話を再開する。


「今回『骨折り』に襲われた田中くんですが、その、怪我がないんです」

「怪我がない? 血などは多少流れているようだが?」

「いえ、すみません。その、『骨折り』に襲われたはずなのですが、つまり、『破壊の力』を使われたはずなのですが、しかし、骨が……折れていないようなのです……」

「なんだと……?」

「すみません、ご報告が遅れてしまって……」


 黒田は首をひねる。


「御影くん、田中くんに『骨折り』についての説明は?」

「いえ、しておりません」


 そうか、と答えると黒田は『骨折り』について話しだした。

『特定敵対人 〝骨折り〟』 黒田ら、そちら側にはそのように彼女は呼ばれているらしい。『破壊の力』を持ち、悠佳達に敵対する彼女は、近づく者全てを『力』でねじ伏せる。向かってくる非力な者を嘲笑いながら撥ね退ける彼女には、一つの悪癖があった。

 それ一つであらゆる物を壊せる『破壊の力』をあえて彼女は、いや、むしろ全てを破壊できるからこそ抑えているのかもしれない。彼女はその『力』をあえて向かってくる者の『足』にのみ集中させて使う。彼女を止めようとする者達を皆、骨折だけさせ戦闘不能にし、その無惨な姿を高笑いして楽しむのだ。

 その卑劣さから彼女には二つ名が付いた、『骨折り』と。

(奴はその名の通り、嗜虐性がある。あえて『骨を折らない』などは考えにくい……)

 黒田は説明を終えると、確認に移る。


「田中くんが奴に暴行を加えられたというのは一瞬の間だったのか?」


 悠佳は和樹を横目に流しながら答える。


「いえ……、私が駆け付けた時には血を流していて、気も失っていました……」

「田中くん、体は大丈夫なのか?」

「はい……、今のところは……」


 黒田は近づいて、診察する。出血の箇所などを確認し、触れて痛みなども問診した。


「……、骨折はなし……か」


 黒田の驚く様が和樹の目に映る。確かにあれだけ暴力を振るわれ、骨の一つも折れずに立っている和樹は不思議だが、それがどう繋がるのだろうか。


「こちらの田中くんは、確かに『骨折り』に『力』を使われていたと思います。『骨折り』もそのような事を言ってもいましたし……。ですが、この通り田中くんは傷を負い血こそ流しているものの、大事には至っておりません。このことについて黒田さんは何か分かることはあるのでしょうか……?」


 ありえない、黒田は心の中でそう叫ぶ。

『破壊の力』が絶対であることを彼は知っていた。その『力』は例外なくこの世の全てのものを壊す。電気は地面に効かないだとか、フェアリーはドラゴンに対して唯一無効だとか、そんな某モンスター育成ゲームとはわけが違う。

 悠佳と黒田の間で何度も確認が行われた。暴行を加えたのは本当に『骨折り』だったのかどうか、彼女が不調または本当に『力』を使っていたのか否か、等々。


(奴が『破壊』の血族であるのは間違いない。なら、この子が異常なのか……?)


『創造協会』。それは『力』を持ち、発展、活用、そして保護してきた彼らの名だった。そんな彼らにとって、不測の事態は何としてでも防がねばならない。把握ができていないものなどあってはならなかった。

 黒田は和樹の体を確かめてみることに決める。


「いいんですか?」

「大丈夫だ。万が一があっても私が直す」


 悠佳は黒田の首肯を見て、対照実験を始める。

 まず初めに、右手に石を生み出し、それを左手で弾いた。

 バキン、といって崩れ散る石。石くずは欠片も残さず、全て光の粒となって消えていった。悠佳の『破壊の力』は正常に働いているようだった。

 となると、今度は和樹の体に『破壊の力』を試さないといけない。その『力』が本当に彼には通じないかを確かめるために。

 だが、どの部分に『力』を試すかが問題だった。

 仮にも和樹の体を数メートルも飛ばし、コンクリートの道路を粉々に粉砕する『力』である。万が一があってはならない。黒田は『万が一があっても直す』と言っていたが、ものには限度がある。

 ……、

 ……。

 結局、和樹を試すために悠佳が言い渡されたのは、あろうことか耳たぶへのデコピンだった。たぶピンである。

 一瞬耳を疑った悠佳だったが、腕を組み堂々と屹立する黒田の姿を見て、和樹の耳たぶへ人差し指を近づけていく。

 プルプルと悠佳の指が震えた。たぶピンをされようとする和樹も何をしているのか分からなかった。

(なんだこりゃ、ほんとにこれでいいのか⁉)


 ペチン。


 弾かれた。和樹の綺麗な肌色をした血色のよい耳たぶが、この世の全てのものを壊す『力』で弾かれた。

 だが、何ともなかった。プルッ、と気持ちよさそうな耳たぶは『今、何かしたか?』と聞こえてくるように何の変哲もなくその身をぶら下げている。

 ……。


「おほん。……御影くん真面目にやってくれ」

「真面目ですっ! これでもちゃんとやりましたよ!」


 モチのような耳たぶは無傷でプラプラとぶら下がっていた。

 口論が始まった二人の傍で和樹は耳たぶの感触を確かめ、驚いた。

 同じ感覚だったのだ。ただのたぶピンと、手も足も使わずフードの女の子に脛を蹴られた時の感覚が。そしてみぞおちに思いっきり殴られた時の感覚が。


「私はちゃんと『力』を使いましたよ?」


 納得のしない黒田は悠佳に再度確かめるよう言う。はぁ、と溜息をつき悠佳はもう一度和樹に寄る。人差し指を耳たぶに近づける。


「ごめんね。もう一回いくね」

「う、うん」


 悠佳は指に『力』を込めて、弾く。


 パチン。


「ほらあ! 効かないですよ?」


 結果は同じだった。耳たぶ以外の箇所で試してみても変わらない。打たれた和樹の体は少し押されるだけだった。

 和樹の体に『破壊の力』は効かなかった。


「こんなことがあるのか……」


 黒田は口に握り拳を添えて呟く。

 彼の頭には様々な考え、懸念が巡らされていた。二つの『力』、その成り立ちと意義。そして、自身が所属する『協会』の存在理由、今後の動向。

 ひとまず、脱線した話を元に戻すことに決めた。


「この話はひとまず置いておこう、上に報告しておく。話はどこまでだったかな?」

「えっと、力の起源を話すところで私が遮ってしまいました」

「オーケー。では田中君」

「『創造』と『破壊』の二つの力の成り立ちを説明していこう」

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