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★第二章④

 一難去った深夜の住宅街、その入り組んだ路地の一つで和樹達は息を整える。

「初めて会った……あれが『骨折り』か」

 応援に来た少年が『骨折り』が消えていった方向を見ながら一息つく。

「……で、えっとどういう状況だったんだ? 俺らは御影さんの信号を受けてここまで来たんだけど……」

 御影……、おそらく、緑色の目をした少女のことを指すのだろうか、と話を伺う和樹はそのままに他の三人は状況把握に移る。

 少女は闇夜でも輝く緑色の片目を淡く光らせながら、ここまでの経緯を説明していく。後ろ髪をポニーテールに纏め、前髪が左右に対になって頬まで伸びるその顔立ちは凛とした静けさを感じさせた。しかし一方、前髪に隠れるふっくらとした頬は見る者を温かくさせてくれる。

 その新鮮な横顔に見とれていると、和樹は話がやや剣呑な雰囲気に包まれていることに気づいた。

『トクタイジン』……? そんな響きの言葉を聞くと、後から来た二人の顔が蒼白なものに変わっていくのが分かる。


「こいつが……『特対人』?」


 震えるような声を出す少年の目が和樹の視線と交差する。

 ? と和樹が言葉を待つ刹那、先ほど『骨折り』を縛ったものと同じ『縄』が体に巻き付く。


「えっ」


 狼狽する和樹に少女が口を開く。


「ごめんなさい‼ 手荒なことだけは……。この男の子は巻き込まれただけなんです」


 少女は必死に釈明するように少年に訴える。

 少年は和樹に若干不審な目を向けながら返した。


「とはいっても規則だ。本部までは……」


 まるであまり訓練をしていない事案に直面したかのように焦りが見えた。早めに先手が打てて良かった、と彼の瞳は語るように見える。


「まさか……こんなところで」


 緑目の少女は結んだポニーテールを揺らし、頭を下げながら続ける。


「お願いします‼ どうか……悲しい思いをさせることだけは……」


 擦り汚れ、裂かれた衣服、血が滲むその体など一切気にすることなく少女は一人の、それも今まで一度も会ったことも話したこともない男の子のために深々と懇願する。

 今の状況が不自然な、異常なものであることは普通の人間にとって明らかだ。

 だが同時に、ここまで自分の身を気遣ってくれる人がいることもまた稀だと和樹は思う。

 お礼を、せめて何か一言でも言いたいと思うが、しかし、少女の名前すら知らないことに気づく。


「あ……」

「とは言ったって規則は規則だろ……。もしもがあったら俺責任とれねえよ」

「私がっ……取ります‼ だからお願いです……。どうか嫌な思いだけは……」


『縄』で和樹を縛った少年は狼狽えるも、もう一人の少年と顔を見合わせながら少女の要求には応じかねる。

 規則を取り、安全かつ円滑に事を運ぶか。

 はたまた、微細に配慮し臨機応変に対応するか。

 お互い譲れないものを抱えながら、堂々巡りになっていく。

 少女は『力』を持っている。その気になれば、『骨折り』もやったように、『縄』を一人で破ることだってできるだろう。しかし、あくまでも双方が納得できるような解決方法を模索していく。叶えたいことがあっても無理矢理はせず、相手の協力を求めていくやり方で。

 数秒経って、このまま一向に事態が進まないことはいけない、とお互い分かっていながら、判断が付かず焦りが見えた時だった。

 交差点の方から車がやってきた。

 車を降りてやってきたのは、頭を下げる少女の両親だった。


「お疲れ。後は任せておいて、報告もこっちで済ませておくわ」

「分かりました。ありがとうございます。お疲れ様です」


 手を振る少女の母親に見送られ、応援に来た少年達は帰って行った。

 車でやってきた少女の親は膠着状態だった三人に割って入り、話をつけた。結果、少女の一家が後は受け持つということになったのである。


「とりあえず、行こっか」

「うん」


 父親と一言交わし、少女は改めて和樹に向き直す。


「ごめんなさい‼ 私たちの……ことに巻き込んじゃって。そしてありがとう。助けてくれて」


 ぺこりと頭を下げる。少女はどこまでも相手第一だった。


「いや、こっちこそ……」


 和樹の頭の中でこの夜の出来事が、まるで一日の出来事のように大きく重さを持って流れる。聞きたいことは沢山あった。よく分からない『力』、信じられないぐらい軽傷で済んでいる自分の体、それにさっきやってきた少年達、あの悪魔みたいな女の子。

 だがまず一番に聞くべきは目の前の少女についてだった。


「あの……何から聞いたらいいか分かんないんだけど、君は……」

「あっ‼ ごめんなさい。私は御影悠佳(みかげはるか)っていいます。よろしくね」


 外灯に照らされ、ニッ‼ と笑う彼女の笑みは小さな太陽のようだった。


「これ、外すね」


 悠佳は『縄』に手をかけ、そしてまるで極寒に晒され腐食した鉄片を砕くように、『縄』を破る。パリッ、とほどけたそれは徐々に丸められ悠佳の手の中で消えていく。

 と、そこで彼女は思い出したように、和樹に問う。


「あ‼ 足! 足は大丈夫?」

「あ、そう……だよな。俺もよく分かんないけど、なぜか立てて……、腕もなんか大丈夫みたいだ」

「……、」


 悠佳は赤いキュウリでも見たかのように、不思議そうな顔で和樹の腕や足を見る。


「ちょっと、触ってもいいかな?」

「うん」


 ペタペタと体のあちこちを手で触り、和樹の反応を確かめる。……当然、変な声などは出ていない。そんな場所までは触っていない。

 和樹は終始、どこも痛まないといった様子だった。


「そんなこと……、あるんだ」


 彼女同様、和樹も困惑でいっぱいだった。この夜を振り返れば当然である。

 コンクリートを砕く少女の右腕、気絶寸前に視界に映った炎、手をかざすだけで体に巻き付いた『縄』、そしてその『縄』をまるで手品のように消し去った目の前の少女――御影悠佳。なにより考えてみると、コンクリートを易々破壊した少女の右腕よりも硬いことになってしまっている自分の体。

 事態は今収束している、問うならここしかない。


「あの、さっきの『縄』もだし――俺が今日見たものはなんだったんだ?」


 言って、和樹は悠佳を見て開いた口が塞がらなかった。


「ふぃ~~、ふぅぅ……」


 ……。

 悠佳は口笛を吹いていた、両手を後ろに回し目線を斜め上に向けながら。いや、吹けてなどいなかった。薄桃色の唇は雑音の混ざる弱々しい音色を奏でている。額にも汗のようなものが見えた。


「えっと……、さっきの――」

「ひゅーー、ぴゅーー‼」


 彼女はあくまでもはぐらかすつもりらしい。確実に知っているであろうことを隠し通したいようだ。和樹が言い終わる前に、大きな穴でも開いて間抜けな音しか出さないような笛を吹き、言葉を遮る。


「な、なんのコト、カナ⁇ と、とりあえず怪我をナオシニイコウヨー」


 ……。


「さっき――」

「ぴぃ~、ひゅう~……」


 …………。


「……」

「ぴゅぅ…………」

「二人とも早く乗って」


 何かよく分からないことになっている二人に悠佳の父親が声を掛ける。


「そ、そう‼ 乗ろう、クルマ二ノロウ」


 おたずねもの(別に犯罪など犯していないが)は寄りかかった船に乗っていった。なんとか逃げ切ったようである。

 ……。

 聞きたいことは沢山あった、だけどこの奇妙な、夢物語のような時間が和樹には目が覚めるように高揚感を与えていた。それこそおたずねものなど一人ぐらい見逃せられるように。

 和樹は前を向き直す。

 闇と外灯のかがり火しか映っていなかったこの路地は、今でははっきりと道の輪郭が顕わになっていた。


 もう日は跨いだのだろうか。星空と綿のような暗雲に見守られる住宅街の中を乗用車が通っていく。和樹は御影一家の車に乗せられながらどこかへ向かっていた。


「うーん、とまあ色々聞きたいことは山々だとは思うけど、まずは君のことを教えてくれないかな?」


 動き出し落ち着いたところで、助手席から声が聞こえてくる。

 和樹と悠佳は後方座席に座り、運転席には悠佳の父親が、助手席には母親が座っている。

 和樹は息を飲んでから答える。


「僕は田中和樹といいます」

「和樹くんか」


 先ほどまで口数の多かった悠佳は、今は口を閉ざしていた。なにやら緊張しているようにも見える。父親と母親が和樹に会話を振り、悠佳は先ほどからどこか目線を浮つかせていた。


「和樹くんは、今日は災難だったね?」


 和樹は血が付いて汚れた手を見る。「そうですね」と溜息交じりに返し、ふと隣に座っている悠佳に目が行った。

 悠佳はチラッ、と和樹の目線に気づくが、ニヘ、とはりつけたような笑みを浮かべてまた視線を床に落とす。

 二人の様子をルームミラーから見ていたのだろうか。ニヤッとしながら母親が喋り出す。


「はるちゃん、緊張してる?」

「そ、そんなんじゃない、けど……」

「大丈夫だって、部屋まで行って話聞くだけだよ」

「う、うん」


 ん? 病院? に行くんだよな?

 和樹は怪訝とした顔でやりとりを傍で聞く。


「和樹くんはどうしてこんな夜遅くに外にいたんだい?」今度は父親が口を開いた。

「えっと、散歩……ですかね」


 父親は和樹の視線が落ちたのをミラーで捉える。

 ウインカーの音とハンドルを回す音が車内に漂う。

 和樹は車窓に目を向けた。今日、よりにもよってあんな普段行かないようなところを歩いていた理由を、こんなところを歩くはめになった一日を振り返った。そして、『携帯』から自分が親からの連絡を無視していたことを思い出す。

 意識し出すとポケットに入っていたスマホが重量を帯びてくる。だが、取り出しはしなかった。そんなことよりも、和樹はこの不安と興奮が混ざる一瞬をより長く楽しめるように、夢が覚めないように心の中で願う。昔に友達家族に連れられ遊びに行った時のことが脳裏に浮かんだ。

 左折し、前方にどこかで見たことのあるような寺院を捉えたところで、母親が口を開く。


「和樹くんはさ、

 『超能力(オカルト)

 って信じる?」


 車が車道から寺院の門へ向かってエンジンを吹かせた。

「……オカルトですか?」

「うん、『超能力(オカルト)』」

「えっと……」

 オカルトと言われて和樹が思いつくのは、マヤ文明だったり、オーパーツだったり、または呪術とかそんなものだった。決して某大型雑誌に大好評連載中の漫画の方ではなく、ドロドロしていて、魔法陣とかを敷き祈りを捧げるタイプの、そっち方面の。

 車が門前に迫ったところで、運転席の窓から父親がライセンスのようなものを門の柱についている機械にかざす。

 木造で造られているみえる寺院とは裏腹に、精密機械を埋め込まれた柵が滑らかな動きで上昇していく。


「都市伝説とかオーパーツとか、そういうことですか?」

「うーん。まぁ、そんな感じかな?」


 寺院の敷地に入った車は坂道を下り、コンクリートで出来た地下駐車場に入っていく。壁に付いているライトが車内を蛍光のオレンジ色に染める。


「今日のことは何が何だか分からないと思うけど――」


 ドクン、と和樹は胸が鳴る音を聞く。


「――隣のカワイ子ちゃんが教えてくれるから」


 隣を見ると、頬を薄く赤らめた悠佳が笑っていた。


「が、頑張ります‼」

「到着ー」


 父親の合図で車は灰色の地下駐車場を巡り、一つの扉の脇に止まった。

 病院、じゃなくて家? なのかな?

 すごいな……。

「ありがとうございます」と言いながら和樹は考える。

 いえいえ、と返し母親は続けた。


「じゃあまずはチュートリアルだね。悠佳」

「うん」


 チュートリアル? なんのことだろうか。

 案内するね、と言われ和樹は悠佳と共に車を降りる。


「も、モチロン、怪我ノオイシャサンニ」


 バンッ、と駐車場中に広がる音を立てながらドアが閉まる。

 悠佳と和樹は並び立ち、駐車場から建物内部へ続く扉を見上げた。まるで、最初のダンジョンに足を踏みいれるかのように。


「それじゃあ田中くん、行こっか」


 和樹の頷きを確認して、二人は扉の中へ入っていった。


 実は言うと、地下駐車場にある扉はそんな厳かなものではなかった。むしろ日本に居たら大抵は見かけるであろうイ〇ンの地下駐車場にあるガラス張りの自動ドアと大差はない。だが、建物内はまさしくダンジョンのように和樹の目には映った。

 右も左も分からない世界。和樹はそんな場所にどんどん突き進んでいく。彼の前を歩く少女には迷いが見られないので、思っているほど複雑な場所ではないのかもしれない。だが、彼には二度と出てこられないのではないかと思わせる場所だった。

 何度か上り下りし、やっと一つの扉の前で悠佳の足が止まる。


「ここ、この場所だ」


 壁のプレートには何も書かれていなかった。

 悠佳は扉の柄を握るが、すぐには開けない。

 一拍置いた後、触角のような前髪を揺らして振り向き、頭を下げる。


「ごめんなさい!」

「え?」

「こ、これからするのはケガの手当じゃないんです」


 ……、それはもう随分前にそうじゃないかと思ってました。 


「私たちについての……話をします」

「えっと、その中には理解しがたいこともあるかもしれません。だけど、どうか理解して頂けると幸いです」


 悠佳はまるで呼び止めるように、声を張り、そしてしぼめていった。

 一体どんな話がされるのだろうか。

 だが、予想はつく。今日あった、さっきの出来事についてだろう。

 和樹は唾を飲みこんだ。


「分かり、ました」

「ありがとう。では、いきます」


 悠佳はそう言って、両開きの扉を開けた。


 扉の先の部屋は会議室ほどの大きさだったが、木が敷かれワックスで覆われた床は体育館やダンス教室が開かれているような部屋を連想させた。

 中に入ると中央に一人の男が立っているのが目に入る。

 一九〇センチはあるだろう図体にまだ二十代と思わせる顔を持った大男は黒縁メガネをかけ、黒のレザーコート、レザーパンツ、手袋と、全身真っ黒に身を包む。その風貌はどこか試験官のような印象を与えた。


「報告いたしました、御影です。当該『特対人』の方をお連れしました」

「御苦労」

「私の名前は黒田といいます。よろしく」


 まっくろくろすけだった。壁の隙間に隠れているわけではないが。

 挨拶を返す和樹に黒田は続ける。


「夜遅くだが、少しお話をさせて頂こうと思う。まず、君の名前を聞いてもいいかな」

「田中、和樹といいます」

「田中くんか。では、始めます」


 黒田はクイッ、とメガネを上げて返し、そしておもむろに両手を広げ声を張り上げて話し始める。

「ようこそ、『創造協会』へ。端的に言います。我々はこの手のひらから万物を生み出すことができる‼ そして、そのことについて、あなたは我々『協会』と秘密保持契約を結んで頂きます。これは決定事項です‼」


 純黒の大男は端的に、迅速に、これまでの世界の認識が揺らぐような言葉を和樹に叩きつけた。

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