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第二章②

 その少女は車窓から夜の住宅街を眺めていた。後ろ髪をポニーテールに結び、両こめかみからそれぞれ触角のような前髪を垂らしている。何より特徴的だったのは翠宝玉(エメラルド)色に輝く右目だった。

 外灯が、道の木々が窓を滑っていく。車は黄色しか灯さなくなった信号機とその下の十字路を、少しスピードを落として通り抜けていく。

 十字路を抜けて、カーブしていく道が不意に気になる。少女はその道に目を留め、車はどんどん角度をつけていく。視界にカーブした先が現れた時、人が飛んでいる、ような光景が目に入った。


「‼」

「止めて‼」

「なになに⁉ いきなり」

「いいから‼」


 バンッ、とドアを開け放ち、来た道を引き返す。

 少女は、こんな夜更けに何が起きているのか確かめたかった。瞳に映ったものは明らかに異質だった。心臓がバクバクと鳴る。

 人のようなものが見えた。ただの人ではない。おおよそ普段目にすることはないであろう、『ふき飛ばされているような』人である。

 少女は()()()()()()()()()()から、まさか自分達に関わることではないかと思った。

 だが、どんなことであっても変わらない。

 その人が誰か、どんな人であるか、なんてこれっぽっちも想像がつかない。だけど、『見逃す』という選択肢は、それだけは絶対になかった。

 十字路を曲がり、カーブを抜ける。するとひび割れた壁にうなだれる男の子が見えた。

 理解に一瞬戸惑う少女。

 だが、彼女をもっと驚かせたのは、


 フード付きの服を着た黒髪ショートヘアーの女の子だった‼


 壁に倒れる和樹にフードを揺らしながら、不穏な笑みを浮かべて女の子が近づく。

 手を掛けようとしたその時、L字路の奥から閃光を帯びた火炎がほとばしる‼


「あああああああああああ‼」


 炎が女の子を覆うように襲うが、蚊でも払うように、片手でかき消す。


「……お前かよ」

「『骨折り』‼」


 触角を揺らし、緑の右目で睨む少女は叫ぶ。

 悪い予感が的中してしまった。少女は目の前の彼女を知っていた。


「この人は一般人よ‼ あなた何してるの? 離れて‼」握った拳を払いながら言う。

「ああ? 知らねえよ」


 少女は右手首をかざしながら、


「その人はブレスレットをつけてないじゃない。なんでそんなことするの?」


 等間隔に並んで光を落とす外灯が和樹と女の子を照らす。殴り蹴られして、汚れたTシャツを身にまとい壁にうなだれる和樹の両手首には何もついていない。

(――んなもの律儀に着ける奴は雑魚だけだろ)

『骨折り』と呼ばれる女の子は溜息を吐いて、呆れたように手を払う。そしてもっと話したいことがあるように口を開いた。


「んなことよりよ、お前こいつとは知り合いか?」


 少女はまともに取り合わない『骨折り』に歯痒く思いながら返す。


「知らない。でも関係ない‼ これは私たちの問題じゃない」


 彼女には許せなかった、自分たちの争いに何も知らない一般人が巻き込まれたことが。そして何よりもすでに手が届かなかったことが。


「なんで、なんで関係のない一般――」

「ああ、ああ。分かった、分かった」


『骨折り』はぞんざいな態度で少女の訴えを遮る。綺麗な言葉など聞いて吐き気がするとでもいうようだ。


「……こいつが誰なのかは置いておくとして、お前、運がいいなあ」


 言って倒れる和樹の方を向く。


「こいつはすげえぞ、何者か知らねえが俺が打ってもこいつには効かねえんだよ」

「何を言って――」

「骨が折れねえんだよ」

「⁉」


『骨折り』は倒れる和樹を持ち上げる。


「止めて‼」


 だが、少女の叫びは空しく虚空に消えた。

 足元へ和樹を放した『骨折り』は、露わになるその脛にめがけて自らの足を振り落とす‼


 ズダアァァン‼


 おおよそ常人からは放たれるはずのないパワー。その力を携えた右足が和樹の脛ごと地面を打ち砕く。『骨折り』の右足を中心に波紋が広がる。

 土煙や礫が舞った。咄嗟に目をしかめ、顔を手で覆った少女は恐る恐る目を開く。

 目には地面とともに砕け、ひしゃげた男の子の足が映る――はずだった。

 だが目に映ったのは、曲がることもなく、折れることもなくその場にあった男の子の足だった。


「ほら見ろ。いやぁ、最初は俺も自分の不調を疑ったんだぜ?」


 言いながら砕けたアスファルトを拾い、そして、指一つ動かさず砕いた。


「だが、違う。オレが原因じゃない、コイツが異常なんだ」


 緑目の少女は唾を飲みこむ。現状が飲み込めないわけではなかった。フードを被る女の子――『骨折り』――が持つ『力』、それを彼女は知っていた。そして、その『力』に対抗できている、未知の体を持つ男の子。驚かないわけではなかった。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 男の子に目を向けると、体のいたるところから血が出ているのが見える。

 自分が持つ『力』。自分のものである『力』。

『力』というものは、自分の所有物だからといって用途を考えず手当たり次第、所かまわず振りかざして良いというものではない。

『骨折り』はこの何も知らないであろう男の子に自分の打撃が効かないことを確かめるため、一体どれ程の暴行を加えたのだろうか。自分の愉悦のために、一体どれだけ苦しい思いをさせたのだろうか。

 少女は胸が煮えたぎるようだった。


 この男の子が一般人かどうか、

 打撃が効かないなんていう、よく分からない性質が備わっているかどうか、

 そんなことはどうでもよかった。

『ただ、助けたい』、その一心を持って少女は拳を握る‼


「もう応援は呼んでる、終わりよ‼」

「ハッ‼」


 言って両手を前にかざす緑目の少女に対し、『骨折り』は、応援など気にならないと言わんばかりに、息を吐き捨てた。

 少女は重なった両手から炎を放射する。真紅の業火が次々と掌から溢れ出る。

『骨折り』と過去に何度か相対したことのある、この少女は何も無策で炎を放ったのではない。

 対策は考えてあった。

『骨折り』はこの『炎』をその『力』で簡単に払ってしまう。ならば、持続的、断続的な放射を行なえば『骨折り』も耐えられないのではないか? そういう意図があっての火炎放射だった。

 だが、『骨折り』は苦しむ顔一つも見せない。大きく振った右手で炎をかき消し、炎が消えた一瞬の間、次の炎が迫ってくるまでのその一瞬で、一気に懐に潜り込む‼


「ツッ‼」


 緑目の少女と『骨折り』は何度か相対したことがあった。だが、全戦、『骨折り』が圧倒していた。対戦のつど、少女も対策を練ったが、運動神経、センスの他に明確な違いがあった。

 少女は衝撃を受けるため、腹周りにクッションを作り出す。が、意味はなかった。

 腹に入る重い一撃はクッションで受け止められる。

 しかしその後、まるでバカなことをした子供があしらわれるように、もう一度、頬に衝撃をくらった。

 一度目の衝撃は拳と共に繰り出されていた。だが、二度目は違う。女の子は手も足も出さずに頬を打った。

 つまり、女の子は『力』を使ったのだった。

(くっ……)

 少女は体勢を崩し、尻もちをつく。


「お前は特別だから、これぐらいにしといてやるけどよ。お前ほんとに弱えな」


 憎まれ口に緑と黒の双眸で睨み返す。


「いっっつもこの繰り返しじゃねぇか。お前も持ってんだから、使えよ」


 少女は歯を嚙みしめて、拳を握る。

 これが二人の違いだった。

 見下ろしてくるフードの女の子――『骨折り』――と同様に、少女も『力』を持つ。だが、『骨折り』との戦いでは過去一度しかその『力』を使ったことがない。

 ショートヘアーをした『骨折り』はパーカーのポケットに手を突っ込み、ポニーテールの少女を見下ろす。まるで『力』が使われるのを待っているかのように。

 ……。

 一陣の風が沈黙の二人に吹き抜ける。

『骨折り』は待ったが、しかし少女は『力』を使うことはなかった。


「……使……い」

「あァ?」

「使わない。この『力』は人には向けない‼」


 少女はゆらりと前傾姿勢で立ち上がる。再び勇気を持って、暴力を止めるために。


「フッ……、分かったよ。だが、人ってのはどうにもならなくなる時がある。その時まで耐えられるかが見ものだな」


『骨折り』はコキコキと手の指を鳴らす。

 二人の少女の間には確実に間が存在していた。お互いに接触するには二、三歩は必要な距離である。

『骨折り』の伸ばした手は虚しく空を切るはずだった。彼女は何もないところに拳を振っただけにしか見えない。

 だが、しかし『骨折り』の振るった拳は少女の頬を鈍い音と共に赤く腫れさせる。


「うっ……」


 よろけながらも、きっ、とその翡翠に輝く右目をもってまた前を向く。

 少女は当然、クッションを創ったり腕を構えたりして身を守ろうとした。そもそもにおいて殴打や刺突などの物理的な攻撃を避けようと思ったら距離をとればいいだけの話である。だが、無理には退けない。

 少女は『骨折り』の背後でうずくまる男の子が『骨折り』の肩越しに目に入る。

 退けば、更に手が届かなくなる。また『骨折り』に男の子は意味の分からないまま暴力を振るわれる。既に手遅れになってしまっているこの状況を更に悪化させたくはないと少女は考える。

 助ける、絶対に助ける。これ以上は嫌な思いはさせない‼

 自分よりも相手の、他人の幸せを願う少女は、しかし無慈悲な暴力を加えられていく。

 闇夜の中、血と鈍い音だけが新たな情報として世界に書き加えられていく。

 まるで、世は彼女らに関心が無いように。

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