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第二章①

 向こうからやってきた者とあと数歩ですれ違うといったところで、その者は足を広げて立ち止まった。

 え? と思い顔を上げると、


「お前かぁ? さっきからオレにチクチク、チクチクとうぜぇのはよお‼」


 フードを被り暗闇から現れた者が、女性のような声で言う。

 怒声に混じる『お前』という言葉が指すのは、今立っている場所が夜中の一本道であることを考えると和樹以外あり得なかった。

 なんなんだ?

 それが率直な感想だった。視覚と聴覚が伝える情報が上手く脳内で処理されない。

 和樹は自然と自分が身震いしていることに気づく。まさか、こんな時間にこんな夜道で、それに聞いたこともない喋り方をする人間に声を掛けられるとは思っていなかった。また、ただの挨拶ではない。殆ど脅迫みたいなものである。


「……、ぁ……」


 突然の出来事で声が上手く出ない和樹にフード女? が追い打ちをかける。


「ったくよお、何回やられたら気が済むんだ? オレに近づくなって言ったよなあ? お前ら伝言もできねぇのか?」


 煽るようにゆっくりと喋りながら、フードを片手でとる。

 現れたのは、黒髪ショートヘアーの女の子だった。身長は低いが、和樹と同い年ぐらい、つまり中学生ぐらいの見た目の女の子だった。外灯しかない夜道で顔ははっきり見えないが線の鋭い鼻筋は整った顔立ちを思わせる。

 外灯にチラリと照らされ鋭く光るそのつり目に睨まれる。

 ……。

 たじろぎながら、一言も発せずにいる和樹。

「ちっ」と舌打ちをしながら、女の子は半身を捻る。

 なんだ? と和樹が呆けて立っていると、

 飛んできたのは彼女の足先だった‼


「オラァ‼」

「ゥ……」


 鉄槌が振るわれたかのような速さと重さで、みぞおちを抜かれた。吐き出そうとしてもできないような、既に何かが潰れて背中に張り付いてしまったような感覚に襲われる。予想などしていなかった。出来るはずもなかった。

 嗚咽を漏らしながら地面に伏せる。

 な、なんで?

 和樹はガハッガハッとせき込みながら、顔を上げる。


「今日はムカつくからよお、いつものように一発で終わらせたりなんかしねぇからな?」


 和樹の髪の毛を掴んで、顔を持ち上げる。

 と思うと、放して、今度は顔を蹴りこんだ。

 ズシャーッ、と和樹は仰向けになりながら飛ばされる。

 何が理由でこんなことになっているのか、彼には一切分からなかった。それよりも、痛みを通り越したのか、脳が痛みを遮断しているのか、どちらかは分からないが顔に未知の感覚が襲っていることに彼は意識がいっていた。

 震える声でいきなり襲ってきた訳を問うと、女の子は和樹の腹を踏みながら、答える。


「今更分かりきったことを言うんじゃねぇよ。お前らがオレの自由を奪うからだろうが」


 自由? 意味が分からない。だが、そんなことを考えさせてはくれない。今度は腹を何度も踏みしだかれ、脇腹に蹴りが入った。

 体のあらゆる器官が脳に信号を送っているように思えた。視界は汚れ、耳は五月蠅く、体中が痛かった。

 なんでこんなことに―― 蹴られ、殴られながら、彼は反芻した。親の言う通り、昼間に外に出て遊んでいたらこんなことにはならなかったのだろうか。規則正しく生活し、塾の宿題に励んで将来に備えていればこんな思いはしなかったのだろうか。後悔とも諦念とも判別つかない感情がまとわりつく。

 顔を殴られ、ズシャー、と地面に倒れる。

 だが、今は反省よりこの状況をどうにかすることが先だと思った。体を巡るアドレナリンが効いてきたのか、『痛い』、『しんどい』よりも気迫が勝る‼

 和樹は立ち上がって拳を握り、駆ける。


「うおおおああああ‼」

「へッ」


 女の子は動じなかった。

 まるで何百回も繰り返してきたように軽く、人差し指を曲げ、親指で弾く。


 ダンッ‼


 和樹は意味が分からなかった。何せあるはずのない地面が、道路のコンクリート肌が目の前にあったからだ。


「あん?」


 足の脛に重い感覚があったことから、足を蹴られて? 転んだのか、と推測する。だが、どうやって蹴られたのか、どうやって足を打たれたのかまったく理解できなかった。

 脛を触りながら顔を上げる。女の子の腕も足も動いた感じはしなかった。さっきからそこにあったように思える。

 だが、一つだけ変わったものがあった。


 彼女の表情が、まるで呆気にとられたかのように変わっていた。


 この状況で一番驚いていたのは、女の子の方だった。先に声をあげたのは彼女だったのだ。

 肩で息をしながら和樹は立ち上がる。


「お前、折れてねぇのか?」

「ああ?」


 和樹は打たれたであろう方の脛を見下ろし――

 ダンッ‼

 そこで、足が見えない何かに弾かれた、ように見えた。


「痛っつ」


 足を払われて体勢を崩し、地面に肘を打ち付ける。

(なんだこれ、俺の目がおかしくなったのか?)

 続けざまに女の子は和樹の脛を、今度ははっきりと自分の足で蹴った。

 物理法則が正常に働いたかのように、和樹の足が三十度程後ろに引く。


「痛くねぇのか?」


 んっな訳ねぇだろうが、と思った和樹だったが、蹴られたという感覚があるだけで痛くはなかった。


「え?」


 蹴られた足を触ってみ――

 ダンッ‼

 ――触れなかった。

 女の子がまた脛の同じ場所をめがけて、足を踏み抜いたからだ。


「ッッッ‼」

「どうだ?」


 女の子は感触を確かめるように何度も脛を踏む。

 だが、和樹は痛みを感じなかった。最初は感覚が麻痺しているのかと思った。

 踏まれた足を払い、手を当ててみる。

 しかし、触ったり握ったりした限りでは、麻酔がかかったような、寒天に包まれたようなあの麻痺感覚はなかった。

 いつもの足だった。

 どうなって――


「はっはっは、はははははははははははははははははははははははははははははははは」


 突然、腹を押さえて笑い出す女の子に和樹は後ろに引くことしかできない。


「お前、傑作だよ‼ こんなこと今まであったことねぇ‼」


 言って、足で地面を踏みつける。

 バギン‼


「‼」


 まるで鉄球でもぶつかったかのように、地面に小さなクレーターができた。コンクリートが放射線状にひび割れ、砕ける。

 中学生程の女性には、いや、人間には到底出すことができないであろう力が地面を破壊していた。


「オレの調子が悪いわけじゃねぇ。お前が特殊なんだ。はっはっは、最高じゃねぇか」


 何がどうなって今地面が陥没したのか、など考えさせてもらえない。

 和樹は、笑いながら歩み寄ってくた女の子に、その胸倉を掴まれる。身長も体重も和樹が上回っているように見えたが、女の子は和樹の体をいとも簡単に持ち上げた。


「うあ⁉」

「もっと面白いことしてやるぜ」


 女の子は手首を振り、軽々と和樹を中空へ放る。そして野球のピッチャーのように、思いっきり右腕を振りかぶった‼


 ズダァァアアンン‼


 和樹のみぞおちに女の子の拳が突き刺さる。和樹は空中を飛び、L字路突き当りの壁に、ヒビを入れながら叩きつけられた。


「カ……ハ……‼」


 肺と胃にあるものが全て押し出される感覚だった。空気を吸えず、体が真っ平になってしまったかと思うほどだった。

 呼吸の音が聞こえない。せき込んで落ち着くという人体の反射行動すら行われない。

 幾ばくも無い、ぼやけた視界に薄っすらと歩いてくる女の子が見える。

 和樹には体を震わす気力もなかった。視覚、聴覚が次第に閉じていく。

 和樹は顔、腹、足に何十発もの蹴りと拳を、そして腹に必殺の一撃を受け、ついに意識を失った。

 最後にその瞳に業火と、その耳に嚇怒の叫びを捉えて。

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