第一章②
日が傾き始める中、コンビニに入る。カゴをとって、ポテトチップスを二袋、適当に入れ、ジュースとおにぎりも放り込んだ。夕食時に家に帰る気はなかった。ガサガサ音を立てるレジ袋を持って、和樹は北へ向かった。
旧都、西京府、西京市。
山背とも呼ばれ、世界大戦前後で大きく姿を変えた街であり和樹が暮らす街である。近代革命以前は行政の中心地であったこの街には、様々な寺社仏閣が修繕、再建を行いながら存在し、またその名残や跡地がしばしば見受けられる。
雄大な山々が北部から中部にかけて扇状に街を覆い、その山の麓に寺社が多く集まる。南部は大戦当時投下された爆弾の被害を受け行われた大規模な区画整理と戦後の独占的開発による影響で中、北部とは対称的に、高層ビル群等を有する先進的都市が広がっていた。
和樹が向かっている街の北西、平坦な土地と建物が続く幽暗な街からは、ネオンをきらめかせ、夜空をも薄めるその南部が爛々と見て取れる。
時刻は二十二時を回っていた。手に下げたレジ袋には空いたジュースと破かれたおにぎりの包装の他に、口を開けてぐちゃぐちゃになったポテチの袋が一つ、開けずに窒素で膨らんだままの袋が一つ入っていた。和樹は額に手を当て、髪を梳いて、自分が冷静でなかったことを後悔した。余程の愛好家でない限り、一度にポテトチップスを二袋食べる者などそういないだろう。小さく見えたその袋が、腹が満たされるにつれて大きくなっていっていた。
和樹は、何をやっているんだろう、と自分に対して薄ら笑いを浮かべる。今までは意味のあることに時間を費やしてきたつもりだった。目標を実現するため、怠けたつもりなどなかったはずだった。しかし、先の見えない人生という道において、いつその道が曲がっているかなど分かるはずもない。一足向きを変えたが最後、その永遠に短い道のりはどこまでも曲がっていくのである。
和樹は気づけば、同じ住宅街を曲がる角を変えて、ただ周回しているだけだった。十字路に出る。右手に伸びる道路を見ると、突き当りに北部特有の寺院らしき建物が顔を覗かせていた。
……、かなり端まで来たな、と時間を確認し、顔を上げる和樹。冷ややかな風が頬を撫で、薄い星空が見えた。ガサッと遠くの電柱にビニール袋が引っ掛かる。
溜息が出た。只々虚しくなり和樹は帰路に着くことにした。振り向いて歩き出す。線路を横切り、路線バスももう走っていない冷暗な町を、一人で歩いていく。
変わらない一日だった。バスケットボール部に入り活躍するという未来を描いていた和樹にとって、ここ数日の暮らしはただ暗闇を歩くというそんな一日の連続だった。振り返って見て、ぼうっとしていた、そんな印象しか残らない、人生の一幕に埋もれる、そんな一日だった。今日も暗闇を歩くだけの一日だったのだ。
突き当りが左手に折れるL字路に差し掛かる。等間隔に並ぶ外灯が、L字からやってきた一人を、一定の間隔で薄っすらと照らす。
この日の闇は深かった。外灯の光はその足元にしか届かない。フードを被った一人が近づいてくるのが、チラリ、チラリと見える。
もう全てがどうでもよかったからこそ、こんな時間に一人で夜道を歩く人間を和樹は気にならなかった。
――え?
だから、気になって顔を上げたのは、その者が立ち止まったからだった。
今日も昨日と同じ、暗闇を歩くだけの一日のはずだった。
しかし、今夜はその暗闇から不敵な笑みが浮かび上がる。