表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

悪役の手下に転生しましたが、なにか?

作者: 桜ノ宮





「あー、これ……詰んだ」



『勇者ラディアス~光と闇の向こうへ~』


 とある小説投稿サイトに掲載された小説は、ありきたりな内容だった。

 平凡な高校生男子が異世界に呼ばれ、第二王子率いる光の民と魔王率いる闇の民との闘いに終止符を打つのだ。

 最初こそ人気は出なかったが、話が進むうちに熱狂的なファンが増え、アニメ化されると爆発的に売れた。


 かくゆう自分も更新を毎日のように楽しみしており、ヒロインの聖女が勇者と第二王子、騎士、魔導士の間で心揺らしながら最終的にだれと結ばれるのかワクワクして待っていたものだ。


「しかも、肌面積多すぎ!!!」


 ご主人様が臭い唾を飛ばしながら手下の魔物に檄を飛ばすのを横目に、手下Aの少女は涙目になった。

 お色気担当なのだろうか。

 申し訳程度に覆われた布地の面積は少なく、羞恥から思わず、茂みに身を潜ませた。


「どうしよう~」


 記憶を失くし漆黒の森で倒れていたところを今のご主人様に拾われた。

 以来、命の恩人である彼に心を捧げ、彼の敵である光の民を倒そうと日々格闘していたのだ。


(わたしって、絶対、殺される役だ……)


 勇者と同じく平凡な社会人だった自分に何か秀でたところはない。

 なぜ、小説の世界に転生してしまったのかもわからないのだ。


「ぐあ……っ」

「――ひぃ……っ」


 すぐ横をものすごい速さで魔物が通り抜けていった。

 魔物はああ見えて丈夫だ。

 死んではいないだろう。


 そろそろと視線を戻すと、勇者である少年とご主人様の一騎打ちとなっていた。

 ご主人様は側から離れた自分のことに気づいてないようだ。

 そっと首輪に手を当てた手下Aことシアは、ぅぅっと唸った。

 この首輪には隷属魔法がかけられている。ご主人様の命令なく遠へ行った場合、首輪が爆発して、この身が散り散りになるのだ。


(いやああああ、死ぬなんて駄目ぇぇぇっ!!)


 とはいえ、つい先ほどここが小説の中であることを思い出したシアに、何ができるかわからない。

 そもそも自分はお色気担当で華を添えるだけの存在。

 戦闘能力は限りなく低い。


 と、そのとき。

 小さな呻き声を拾った。


「おおぅ……!」


 なんてことだ!

 第二王子が腹から血を流して倒れていた。

 聖女たちは魔物を退治することに集中しており、第二王子の状態に気づいていない様子だ。


(え、護衛は!? 治療師は!?)


 なぜ、側にいない!

 と思ったところで、第二王子の不遇を思い出したシアは、納得した。第二王子を煙たがっている者がいたな、と。

 第二王子は表向き王妃の第二子になっているが、実は国王の寵妃が産んだ子なのだ。

 だが、その寵妃は産後の肥立ちが悪く、すぐに亡くなってしまった。

 亡き寵妃に対する国王の愛は深く、それ故に、第二王子が次期国王となるのでは? と貴族たちの間で囁かれていたという。

 今回の戦いも、あわよくば第二王子が殺されてしまえばいい、という王妃の意向が働いたのだろう。

 

 小説のストーリーでは、魔王との闘いに勝利し、王太子になるはずだ。


 最終話を見る前に事故で亡くなってしまったので、王太子となった後のことは知らない。


(これって、死んだらストーリーが変わっちゃう系?)


 そろそろと近づいたシアは、こんなときだというのに第二王子の顔に見惚れてしまった。

 アニメでも美麗だなって思っていたが、現実になると浮世絵離れしている。

 母親に似たお陰で、国王からの愛も深いとあったが、これは綺麗だ。

 男の人に綺麗は失礼かもしれないが、顔を歪んでいても鑑賞に堪えうる美しさだった。


「そうだ、博士からもらった薬があった! これ、激マズなんだよね」


 シアは、胸元の隙間に隠していた小瓶を取り出した。

 そこにはいかにもまずそうな色合いの液体が入っていた。

 魔族ではないシアは、魔物のような回復力も、魔人のような高い戦闘能力もない。そのため、シアに目をかけてくれている博士が、毎回くれるのだ。

 これを飲めばどんな傷も回復する優れものだ。


「ほら、飲んで! こんなところで死んじゃダメだよ」

「……はぁ、はぁ……っ」


 しかし、目を瞑って荒い息を吐く彼は、口元に小瓶を近づけても飲んでくれなかった。

 段々、顔色が緑色になっていく。


(え、毒!?)


 魔物の体液が傷を受けたところから入り込んだのかもしれない。


「――ええい、ままよ!」


 躊躇したのは一瞬だった。

 ぐいっと小瓶の中の液体を口に含んだシアは、ぶつかる勢いで第二王子の口を塞いで、そのまま液体を流し込んだ。

 ごくんっと喉が動いたのを確認して、ぷはっと口を離した。


「よっし、これで……って、え?」


 すぐさま離れようとしたシアは、けれど腕をがっしりと掴まれて硬直した。


「どこ、へ……?」


 薄っすらと開かれた双眸は、宝石のように美しい青色だった。


「は、離して!!」


 死にかけていた病人相手に暴れるが、第二王子の力は揺ぎ無い。

 そうこうしているうちに、第二王子の仲間や護衛がやって来た。


「殿下!!」

「――控えろ、命の恩人だ」


 シアが敵対する一味の一人だと気づいたらしい彼らが臨戦態勢に入って剣を抜いたが、それを第二王子が制した。

 その呼吸はすでに正常に戻っており、肌の色も元の色を取り戻していた。


(さっすが、博士!)


 シアの脳裏に、ボサボサ頭で髭面の博士の顔が浮かんだ。

 見た目はアレだが、腕前は一流だ。最も、第二王子を救ったとなったら、嫌そうな顔をするだろうが。


「だれか、マントを」

「は、はい!」


 シアの恰好を目を細めて見ていた第二王子が命じると、護衛の一人がすぐさま羽織っていたマントを渡した。

 その瞬間、シアを間近で見た護衛の顔がだらしなく緩んだのを見て、シアは目をぱちくりとさせた。


(おお? わたしってもしかして、美人?)


 いや、彼の視線は自分の体にしかいっていない。

 そもそも手下Aなど、小説にもアニメにも出て……いや、待て。

 アニメにいたかも?

 一瞬だけ登場して、第二話であっという間に死んだ女が……。

 薄紫色の波打つ髪に官能的な体付き、化粧は濃く、二十代後半だと思っていたが……。

 自分の髪を一房つまんだシアは、ひくっと口元を引きつらせた。


(待って、わたしまだ十八なんだけど!)


 ご主人様に救われるまでの記憶はないので、正確な年齢はわからないけど、肌つやを見ても二十代だとは思えない。

 そんなことをぐるぐる考えているうちに、シアの体にマントが巻きつけられた。


「そんな薄着では風邪を引きます」

「え?」


 シアが顔を上げると、そこには眩い美貌の第二王子が優雅に微笑んでいた。


「魔王との闘いに興味などなかったのですが……」


 貴女を手に入れるのであれば、と続けた彼が言い終わる前に、シアの体が宙に浮いた。


「――何をしている?」

「ま、魔王様!?」

「時間がかかり過ぎだ」


 戦況を見に来たのだろうか。

 頭から角を生やしたこれまた色気たっぷりな麗人を前に、シアは慌てた。

 シアが魔族ではないからだろう。博士だけでなく魔王からも目にかけてもらっているシアは、一瞬で魔王城に連れ去られた。

 もちろん、瀕死のご主人様も一緒だ。

 すぐさま、ご主人様の手当がされていく。


「しばらく血塗られた伯爵と共に城へ留まれ」

「あ、はい……」


 頷いたシアの頭を優しく撫でた魔王は、そのまま奥へ去っていった。


(あれ? こんな展開あった?)


 魔王の使い魔のお姉様たちに部屋に案内され、風呂に入ったシアは、鏡に映る自分の姿に仰天した。


(え…だれ、この天使!)


 髪よりも濃い紫色の双眸は大きく、ピンク色の唇はぷるぷる。

 細く小柄なのに、出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、世の中の女性が羨むスタイルの良さだ。

 しかも、肌は剝きたての玉子のようにつるっとしていて、透明感がある白さ。小顔なのに、目鼻口がバランスよく収まっている。


(化粧を落としたら美少女とか、なにそれ……)


 ヒロインである聖女もそれは美しいが、シアも負けていないだろう。


「シア様、どうぞこちらを」

「う、うあ、はい!」


 うっとりと見惚れていたら、お姉様たちが素早く服を着せてくれた。

 露出度の高いいつもの服ではなく、裾の長いゆったりとしたワンピースみたいなやつだ。


(おお、わたし、可愛い!)


 ご主人様の屋敷では、露出度の高い服しかなかったから、女性はそういう服装なのだと思っていたが、どうやら違うらしい。


(あの厚化粧もご主人様の指示?)


 思い出せないが、テレビの戦隊モノでも、悪役の女は露出度が高かったから、きっとそういうものなのだろう。

 疲れた、と寝台に横になったシアは、そのまま寝てしまった。






 


「シア、私と共に行きましょう」

「悪いが、シアは渡さない」


 第二王子と魔王が争う姿に、シアはどうしてこうなったと頭を抱えた。


(知っているストーリーからかけ離れてる!)


 いや、最終決戦として、異世界からの勇者、聖女、魔術師、騎士を率いる第二王子が魔王城に来ることも、魔王が対するのもストーリー通りだ。

 だが、


「ちょっと! どうして、わたくしではなく、あんな女を……!」

「まあまあ、殿下の一目惚れならしょうがないって」

「そうだぜ、女一人で長きに渡る戦いに終止符が打たれるんならいいいだろう」

「おや、聖女殿は殿下を狙っていらしたのですか?」


 上から、聖女、勇者、騎士、魔術師の順だ。

 敵地だというのに、聖女を除く三人は使い魔のお姉様に淹れてもらったお茶を呑気に啜っている。


「おおうう、ワシの手塩にかけた娘が……っ」

「おうおう、醜い顔で泣くなって。 娘ってもんは、いつか嫁に行くもんだろ」


 反対側では、博士がご主人様を慰めている。


(え? カオスすぎる……)


 どうしてこうなってしまった?

 と、考えても答えは見つからなかった。


「シアに認めてもらうため、父をおど……いえ、正式に王太子になりました。権力、地位、名誉、富……すべてを貴女に捧げます。――どうか、私の妃になってください。私と貴女が、光の民と闇の民の架け橋になり、新しい世界を創り出すのです」


 正装姿の第二王子は跪くと、魔王の横に立つシアに手を差し伸べてきた。


「シア、世迷言だ。我らと光の民が共に過ごすなど……笑止!」


 ぐっとシアの体を引き寄せた魔王が鼻先で嗤った。


「やはり、力づくで奪わなければなりませんね」

「小童が! 聖剣に選ばれようと、そう簡単に余を倒せると思うなよ!」


「あらあら大変……さあ、シア様こちらへ」

「結界を張りませんとねえ」

「子離れできていないなんて、困った方ですこと」


 使い魔のお姉様方は結界を張るとシアを安全なところへ避難させる。



「子離れ、ですか?」

「ふふっ。命の消えかかったあなたを見つけたのは魔王様ですわ」

「子育ては無理だと血塗られた伯爵に託して」

「惜しかったのでしょうね。黒水晶でいつも成長を見守っていましたのよ」

「その首輪、魔王様お手製ですのよ。血塗られた伯爵が怖がらせていたようですけれど」

「魔王様の力を注いでいるので、シア様の位置がすぐに把握できますのよ」

「危険も知らせてくれますのよ」

「それだけでなく、危機が迫ったときにはシア様の身も守ってくれる優れものですわ」

「愛されてますわねぇ。ほんと、それとなく死んだと見せかけて戦いの場から身を引かせる予定でしたのに……」

「厄介な御仁に見つかりましたわね」

「あら、良い物件ではなくて? 少なくとも闇の民よりはマシでしょうに」

「闇の民の中からでしたら、シア様の御結婚が遠のきましたわね」


 好き勝手喋る彼女たちに、シアは呆然とした。


(わたしが死んだのって、実は死んでなかった?)


 小説の中に転生してしまった今、確かめようはない。

 切り捨て要員でも、ただの駒ではなく、しっかり愛されていたことを知ったシアは、顔を覆って蹲った。

 前世では、親から愛されなかった。お姉さんだからと色々我慢させられて、いつも優先させるのは妹だった。だから高校を卒業してすぐ家を離れて就職した。

 そんなときに出会ったのが、『勇者ラディアス~光と闇の向こうへ~』だった。

 ありきたりな内容。

 でも、主人公の勇者の境遇が、どこか自分と似ていてはまったのだ。


(異世界で幸せを見つけた勇者が羨ましかった……)


 心寄せる聖女。

 信頼関係で結ばれた仲間。

 そして、成長していく姿が自分の姿からかけ離れていて……。


「あ、そうだ……」


 なぜ死んだか思い出した。

 妹が結婚するから戻って来いって両親から言われたんだ。

 両家の顔合わせ。

 でも、彼女にはどうしても外せない仕事があったのだ。

 けれど、妹第一の両親には通じない。仕事より妹を優先しろと電話越しに怒鳴られた。

 結婚式はちゃんと出席するからと伝えても、二人は納得しなかった。あちらは家族全員出席するのだから、うちもそうしないと失礼だと、烈火のごとく怒っていた。


 縁を切る選択肢もあった。

 でもそうしなかったのは、まだ情があったのだろう。

 結局折れのは自分だった。社会人になっても妹と両親に振り回される。

 上司や同僚に頭を下げ、取引先の会社との打ち合わせをお願いした。

 そして、実家に戻る途中で、赤信号無視の車に轢かれたのだ。


(即死だったのかな)


 痛みは覚えていない。

 ただ強い衝撃があったくらいだ。

 ぼんやりとした意識の中で、『勇者ラディアス~光と闇の向こうへ~』の更新日が今日だったって思ったのだ。



 そして、気づいたときには、シアとなって戦いの最中に身を投じていた。


(元の世界なんて戻りたくない)


 自分が生きているのか死んでいるのかなんて興味ない。

 ここが自分の夢の中だとしても、目覚めたくなかった。


 せっかく、家族ができたのだ。

 それも自分を愛してくれる。

 ちっとも気づけなかったけれど……。


「「シア、どうした(の)!?」」


 蹲るシアを見て具合が悪いと思ったのだろうか、魔王城を破壊しながら死闘を繰り広げていた二人が、息もぴったりに駆け寄ってきた。


「ふ……ふはは……」


 あまりの必死の形相にシアは吹き出した。


「魔王様、わたし、架け橋となりたいです」

「!!」


 ショックを受ける魔王とは反対に、第二王子は感極まっているようだった。


「シア……!」

「わたし、家族が争うの見たくないなって」


 殺されるのも嫌だ。

 ――悪役は所詮悪役。

 先がない。


 シアが掛け合いとならなければ、闇の民は滅びる運命なのだ。


「だから、わたし、架け橋になります。闇の民と光の民が手を携え合うって物語もいいものでしょ?」

「――勝手にしろ」


 シアの心が頑なだと悟ったのだろう。

 魔王はそっぽを向いたか、その肩は震えていた。

 怒らせてしまったのかと思っていると、使い魔のお姉様がこっそり教えてくれた。


「娘の成長が喜ばしいようですわ」

「魔王様ってば、人間界でいうところの、娘は渡さない! っていうのやりたかったらしいし」

「ああ、オレの屍を越えていけってやつですわね」


 いや、人間界にそんな恐ろしいものはないはずだ。

 どこかずれている魔王にシアは、笑った。


「魔王様、ありがとうございます!」

「いいか、人間の王子。もし、シアが泣くようなことがあれば、人間界を混沌の渦に落としてやる。覚悟していろ」

「ええ、望むところです。幸せの涙を流させても、悲しみの涙は流させないと誓いましょう」



「その台詞、わたくしにおっしゃってくださいませ~」

「はいはい、黙ろうか」


 騒がしい外野を気にも留めず、第二王子が愛おし気にシアを見つめた。


「私の妃になってくださいますか? 未来永劫、貴女だけを愛すると誓いましょう」

「変わり者ですね、わたしなんか好きになって。たかだが、命を救っただけで」

「その前から、見ていましたよ」


 その台詞に、シアの胸がドキッとした。


「最初はその……見るのはいけないと思ったのですが……」


 第二王子の恥ずかしそうな様子に、シアもかぁっと顔を真っ赤にさせた。

 あの踊り子のような露出度の高さではそうなるだろう。


「貴女はいつも仲間を気にかけていた。その崇高さに心惹かれたのです」


 それは、博士からもらった薬を瀕死の仲間に飲ませていたことを言っているのだろう。

 頑丈といっても、死ぬときは死ぬ。

 だからシアはこっそりと博士からもらった薬で仲間を救っていた。


「そして、敵である私の命まで……。あのとき私には貴女が女神に見えました。手を離したら天へ昇っていきそうな……。本当は、光の民も闇の民もどうでもいいのです。貴女が手に入るのならば。闇に堕ちろと望むのならばそうしましょう。――私の最愛」

「えっと、わたしはまだ恋愛とかよくわかりません」


 けれど、前の人生のように、家族のために自己犠牲するつもりはない。

 これはシアの意思だ。


「でもきっと、好きになると、思い、ます……」


 シアは白くまろやかな頬を染めた。

 ずっと小説で見ていた。

 不遇な第二王子のことを。

 主人公は勇者だったけど、好みだったのは第二王子だった。

 小説の中では、第二王子も聖女を好きだった。だが、聖女は一人を選ぶことなく、平等にみんなを愛した。

 それを歯がゆく思っていたのは彼だけではなかったが、読者だったときは彼の想いが成就すればいいなと思っていた。

 国王になった彼の隣に、聖女である彼女がいれば、王妃の魔の手から逃れることができると思ってのことだ。

 そして、勇者の隣には第二王子の妹である王女を。

 騎士には故郷の幼馴染、魔導士には好敵手であった女魔導士をあてがえば完璧だと思ったのだ。

 だれも不幸にならず、幸せになれる方法。



 だから、シアは第二王子に恋心を抱くことはなかった。

 想いを寄せられても一時のことだとスルーしていたのだ。

 そもそも、血塗られた伯爵の手下Aであった自分が、第二王子の隣に並ぶなどおこがましかった。


 ――でも、今は違う。


 みんなの想いがわかった今は。


「こ、こんなわたしでよければ、よろしくお願いします!」


 言ってしまった後に、後悔した。

 もっといい言葉があっただろうに……。

 だが、落ち込んだのも一瞬だった。


「愛しているよ、シア!」

「……っ」


 ぎゅっと痛いほど抱きしめられたシアは、あわあわとしたが、その逞しい背にそっと手を回した。









 

「二人は末長く幸せに暮らしましたっていう子供向けの本が人間界にはあるらしいですわ」

「あら、それっていいですわね。魔界には、そういった類がありませんもの」

「シア様にお供にするよう魔王様から仰せつかっていることですし、人間界を色々と調査しませんとね」

「それは楽しそう!」


 使い魔のお姉様たちはくすくすと笑った。


「シア様を悪く言う愚かな人間には鉄槌を!」

「排除を!」

「死を!」

「呪いもかけましょう!」


 段々と怪しくなっていく方向性に、聞こえていたシアが口元を引きつらせた。


「あの……迷惑をかけてしまったらごめんなさい」

「迷惑? 好きにしたらいいのです。うるさいコバエは消し……いえ、大人しくさせましたから」

「うん?」


 不穏な言葉が聞こえたのはきっと気のせいだと思いたい。

 こんなにも清廉な空気をまとっているのだから。

 

(闇堕ちはダメ、絶対!)


 これからのことを思い描いたシアは、とりあえず……と周囲を見渡した。

 なぜか戦っていないのに死屍累々な面々がちらほらと……。


「なぜですの~。わたくし、ずっと好きでしたのにぃぃぃ」

「いや、お前、だれにでもいい顔してただろ。あ~、クソ。イケメンなんて滅びろ! オレも、彼女欲しい!!!」

「ははっ。俺も会いたくなってきたな、アイツに」

「恋など愚かです。術式を考えていた方がよほど楽しいです」

「我らが堕天使様が人間の手に……今宵は多くの男が泣くだろう!」

「ああああああ、オレはもう駄目だ……立ち直れない」

「娘が嫁に……ああ、まだ小さかったあの子が……おぅおぅ……」

「泣くな、泣くな! 今日は飲もうぜ! あっちの親御さんにもちーっとばっかり、話さないとな!」

「! そうだな、ワシが……っ」

「余に決まっておろう」

「ひぃっ、ま、魔王様!」


 阿鼻叫喚としている。


「シアが人気者ですね」

「ど、どうでしょう……」


 第二王子の目が笑っていないのはどうしてだろうか。

 特にシアについて語っていた魔人たちを見る眼差しは鋭い。


「ふむ……――シアはもう私のモノだ」


 見せつけるようにシアの唇に口づける第二王子に、絶叫が響き渡った。






「めでたし、めでたしですわね」

「あらあら、シア様の旦那様は嫉妬深い困った方ですわ」

「それもまたいいではありませんの」


 使い魔のお姉様たちは楽しそうにそう言い合ったのだった。



●シア…十八歳(推定)

魔族ではない。

王太子となった第二王子に溺愛される。

転生者特有のチートはないが、周りがハイスペックなので問題なし。

闇の民らしからぬ優しさと隠れた美しさからファンが多く、わざと死にかける者も多数いた……。


●第二王子…二十二歳

シアに一目惚れ。聖女はただの仲間で恋愛感情なし。

シアのために王太子になった。

シアよりもよっぽど闇の民らしい人間の王子。

城へ連れて来たはいいが、シアの美しさに陶酔する輩をどうしてやろうかと考え中。


●魔王…年齢不詳

死にかけていたシアを助けたがそのあとどうしたらいいかわからず血塗られた伯爵へ押し付けた人。

血も涙もないような人だが、自分の血を飲ませたシアを娘のように思っていて、結構溺愛していた。

シアに何かあったら国を亡ぼす……と国王と王妃と脅し、揚揚と魔王城へ帰ってはおらず、なぜか人間界の城に留まって人間界を満喫中。


●血塗られた伯爵…千歳

醜悪な顔でいつも血を顔から流して畏れられている。

シアにあんな恰好をさせた張本人。

実はシアを可愛がっていたことが判明した人。魔王には負けるか!と思いつつも、多いきり負けている。


●聖女…二十歳

聖なる力の持ち主。

小説では逆ハーレムっぽい立ち位置だったが、現実では第二王子一筋だった、はず……。

第二王子がシアと結ばれて、勇者と恋仲になった。


●勇者…十九歳

小説の主人公。平凡。

ありきたりなチート主人公。

聖女のことは馬鹿だな…と思いつつも、いつの間にか恋仲に。


●騎士…二十五歳

紅蓮の騎士と呼ばれている。

そのお陰で第二王子の仲間に選ばれた。

順応性が高く、敵だった闇の民とも誰よりも早く打ち解けた。

幼馴染に告白しようと帰郷中。


●魔導士…年齢不詳

冷静沈着。

頭の中は魔術のことだらけ。

案外闇の民と交流が増えてから、彼らから知識を得て、それを自分の術式に当てはめようと研究している。

恋?なにそれ楽しいの?状態で、まだまだ春は遠い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ