居場所がない
まだ僕が赤ん坊の頃、母が亡くなった。
母の写る写真を見せられても、その人が僕を産んでくれたのだと実感が湧かない。
僕にとって、母親――に近い存在と言えば、近所に住む幼馴染のお姉さん、まり姉だ。
年齢は僕より一個上で、僕が15歳だからまり姉は16歳になる。
まり姉のフルネームは、溝口麻里也。昔は名字が飯田だったらしいけど、まり姉のお母さんが離婚して溝口になったそうだ。
僕とまり姉は境遇が似ていた。僕の家には母がおらず、まり姉の家には父がいない。
片親しかいないという寂しさからか、その穴を埋めるように僕達は仲良くなった。
まり姉はいつも僕の世話を焼いてくれた。昼のお弁当だったり、夕飯を作ってくれた。僕と父さん、料理が不得手な男二人は大助かりだった。
しっかり者で料理が得意、そんなまり姉が身近にいるものだから同世代の女子に興味を持てなかった。
そして僕はいつの頃からか、子どもが母親へと向ける別の意味での愛――恋愛という意味でまり姉のことを愛してしまった。
ずっと傍にいてほしい。そう思っていたのだけれど、その願いは望まぬ形で叶うことになった――。
「秀幸、大事な話がある」
ある日の暮れ、僕とまり姉と父さんで食卓を囲んでいた時のことだった。
父さんは神妙な面持ちをしていた。まり姉の表情も普段とは、比較にならないほど真剣なものだった。
「秀幸くん、私ね、君のお母さんになるの」
「は?」
まり姉が口にした言葉は、信じがたいものだった。
僕のお母さんになる。それが意味するところはつまり……
「父さんな、麻里也ちゃんと結婚することになったんだ」
父さんとまり姉、そんな素振りを僕に一度も見せたことなどなかった。
「なんで……」
「あのね――」
まり姉の父さんへの愛を語る姿を見てわかった。
きっとまり姉は、幼い頃に失った父親の影を父さんに見ていたのだろう。そして父さんは、母さんの影をまり姉に見た。
故にまり姉と父さんは惹かれ合った。二人は結ばれるべくして結ばれた。
それからまり姉は実家を離れ、僕の家に移り住んだ。
学校へ行っている時を除けば、僕は四六時中まり姉と一緒にいられることになった。ある意味で僕の望み通り。
でも僕はとても居心地が悪い。
僕の存在が、まり姉と父さんの関係を邪魔しているように思えてならない。二人から家を出ていってほしいなんて言われないが、なんとなくそういう雰囲気を感じる。
そう――今の僕には居場所がない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。