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掟の魔物と囚われの聖女  作者: みやびつかさ
第一章 ふたつの歯車
8/93

石工との出逢い

 ようやく、ほかの町と繋がる採石場にたどり着いたときには、背の低い少年は自分と同じくらいの背丈の少女を背負っていた。

 いつもなら、荷台にただ乗りするために人前に姿を現さないようにするところを、素直に監督らしき男のところまで出向き、なけなしの銅貨を差し出して、町まで送ってくれないかと交渉した。


「こんなへんぴなところまでご苦労なこったが、さすがに四半銅貨三本じゃ運んでやれねえな」


 礫岩(れきがん)の壁に(くさび)を打ちこむ音を背に、頭にバンダナを巻き、筋骨隆々で日に焼けたおやじが首を振った。


「いいじゃんか、ケチ! ふたりくらいどうってことないだろ?」


「どうってことあるし、ケチじゃなきゃ、やってけねえんだよ。運べるぎりぎりまで石を乗っけるから余裕なんてねえ。計算はしてるが、ちょっとでもケチって、最終的に一往復でも減らせねえかって必死なんだよ」


「一往復くらいいいだろ」


「よくねえって。ここから“アラムの町”まで三日以上掛かるんだぞ。そこで人を募って、あの石くれをより分けてほうぼうに運ぶんだから、根っこのここで効率を上げとかないと末端で大きなずれがでちまうんだよ。そーいうところも計算してるんだ。一往復くらいっつーんなら、おまえも歩くんだな」


「……じゃあ、水も譲ってもらえないのか?」

「水は計算するまでもなく余ってるから勝手に飲め。ここは地下水が繁盛してるから採石場にもってこいだったんだ。木の楔を打ちこんで湿らせて、割れ目を開くに都合がいいってわけよ」

 おやじはいやらしく笑ったが、アディグは乗らなかった。


「なんだよ、計算計算って!」


 地面の小石に八つ当たり、岩に腰掛けて待つ連れ合いのもとへと戻った。


「乗せてくれそう?」

「水はいいけど、乗せるのはダメだってよ。アラムまで、これだけじゃ足りねえって言われた」


 刻印入りの三本の銅の棒を見せる。


「それで交渉したの? 四半銅三本じゃ、リンゴ一個しか買えないよ」

 タマナの声も呆れている。


「そうなのか? カネってのもよく分からねーんだよな」

「四半の棒ふたつで小さいコイン一枚、小コイン二枚で大きいほうのコイン一枚の価値」


 タマナは指で薄い銅の延べ棒をつまみ、それをふりふり解説する。

 この国の硬貨は九種類ある。

 目玉ほどの円盤状のもの、それよりもふた周り小さいもの、それとこの細く短い棒状のもの。

 これらそれぞれに金、銀、銅の材質があり、九つだ。


「銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚」

「やっぱり金貨がいちばん高いんだな」


「えー!? 本気で言ってるの?」

 少女の声が裏返る。


「そんなに驚かなくったっていいだろ」

 いくら無頼の生活者とはいえ、通貨でのやりとりはするし、価値の話くらいは聞いたことがある。

 問題は、町によって物価が違うことと、その中でもさらに貧民層、一般層、貴族層でも差があることだ。

 加えて、誰かが誰かを騙そうとするのは日常茶飯事であるし、例えコインに関して誠実でも、自分の出す品の価値には見栄を張る。

 アディグの窃盗業も、仕事の成果に対して掛かる労力が低く報酬もまちまちだったゆえ、何か買い取りたければ“計算”するよりも、コインの色を金や銀にするか、束にして突き付けるのが手っ取り早いと覚えていたのだ。


「やっぱり“天秤”ってので“計算”してるんだよな? あれを持ってればいいのか?」

「コインを天秤に乗せるのは、にせものじゃないか調べるためだよ。棒のおカネ二本で小コイン一枚と釣り合って、小コイン二枚で大きいの一枚ね」

「違う色のコインを乗せてるやつもいたけど、銅十枚乗せたら銀はふっとんじまわないか?」


「そうなんだよね。混ぜものをして銅貨二枚で銀貨一枚、銀貨二枚で金貨一枚の重さになるように作ってるらしいけど、コインの価値とは合ってないし、作られた時期によっても重さが違うからややこしいの。それに、にせもの対策に刷新したら、余計ににせものが増えやすくなった……って本にも書いてあったよ」

 書物を語る少女は肩をすくめた。


「本物かどうか確かめるとして、その確かめるために乗せるコインがにせものってことは?」

「お役人さんが見本のコインを持ってるよ」

「その役人がにせものを……」


 いやな顔をされた。


「ようは難しいってことだな」

「そうだね。わたしも銀貨までしか触ったことが無いし、昔住んでたところだと、物や仕事との交換も多かったから」

「タマナはなんて町に住んでたんだ?」

「“キルキ”だよ。厳密には、その近所の名前も無い村に住んでたけど」

「キルキつったら、南の海沿いだな。あそこのスラムはおとなしい奴が多いけど、みんな偏屈なんだ」

「行ったことあるの?」

 タマナの声が弾む。

「いや、聞いたことがあるだけだ。キルキは、大昔は別の国だったから、スラムにはその国の子孫が住み着いてるんだってさ。負け犬のくせして、誇りだけは失わないとかなんとか。誇りで飯は食えねえけどな」

「へえ。ずっと住んでたのに初めて聞いたよ」

「普通はスラムの話なんて聞きたがらないしな。それに、キルキが戦場だったのは二百年は前の話だし、最近は海向こうの国と貿易を始めて、その窓口になってるから、貧民以外にも外国人も住み始めてるって話だ」

「へえー。アディグは詳しいんだね」

「カネ持ちから盗み聞いた話だけどな」

「じゃあ、アラムがどんな町なのかも知ってるの?」


「タマナはアラムも知らないのか?」

 今度はアディグが驚く番だ。

「もともとは南部の出だし、本で読んだことくらいしか知らないから」


 少女が「教えて?」と、上目遣いで見つめてきた。


 アラムの町は西部でも有数の物流の中継地点である。

 多くの採石場や鉱山、森などと道を繋げており、採集物は一旦アラムへ集められ、中間加工や選別を施されて各地へと運搬される。

 アラムから伸びる太い動脈“石の道”は、いくつもの都市を経由して、遥か東の“首都ラジ・タミ”まで届いているのだ。


「ラジ・タミまで続いてるんだ……!」

 目を輝かす少女は、東を向いて深く息を吸い込んだ。


「行ったことはないけど、すごくでっけえ町らしいな」

「大きいだけじゃないよ。王様のお城や、教団の大神殿や騎士団のお城もあるの! 人も多いから宗派の本殿もたくさんあって、同じ数だけ聖女様もいるの! それに、聖女様になりたい人を育てる教育部だってあるんだよ!」


「なるほどな……」

 アディグは腕を組む。


「えっ、さすがにそれを知らないのは変だよ。王様から説明しなきゃダメですかー?」

 頭をこつこつと叩かれる。


「城や神殿があるのは誰だって知ってるぜ。おれが考えてるのは、宗派の根城がたくさんあるってとこだよ」


 アディグは借りたままだった虹色のナイフを取り出して見せた。

 タマナはそれを見て黙り込む。


 多くの宗派が共存しているということは、そのぶん抗争も多いということだ。

 王や騎士団のおひざ元で武器を向け合うことはないだろうが、水面下ではかなり賑やかにやっているだろう。

 タマナの親の仇を探したり、聖女の枠を獲得するには一番都合がいいかもしれない。

 騎士団関係者や城を守る近衛兵の往来する町は、無頼者と相性が悪過ぎたために、これまで行こうと思ったこともなく、失念していた。


「ま、行くか行かないかはタマナが決めな」

「行きたいです。仇討ちや聖女様のことを別にしても」


 沈み一転、照れ笑い。


「じゃあ、目的地は“首都ラジ・タミ”に決定だな。つっても、アラムへの路銀すらないんだけどな」

「ですよねー」


 また、ころりとうなだれ……何やら再びにっこりした。

 忙しく変わる娘の顔は見飽きない。


「“あれ”があるよ!」「あれ?」

 懐をごそごそやるタマナ。取り出されたるは、黒く艶めく三つ編みである。


「一週間は食べられるって言ってなかった?」


「ダメだ」

 にべもなく却下。


「なんで?」

「髪はハゲた貴族が見栄を張るためのカツラに使うもんだし、カツラ師はここにはいない。身体の売り買いは全部でも髪や爪だけでも許可証とかいうのが必要だし、髪は死体から盗む奴も多いから、ここにいるような表の世界の人間は買いたがらないぜ」


 ……というのは事実だが、建前でもあった。

 少年アディグは、自分の稼いだカネでタマナを養いたい。

 すでに用をなさなくなったとはいえ、彼女の髪を換金するのは最終手段だ。

 それに、この美しい黒髪がカツラ師やカネ持ちの見栄に流れるとは限らない。

 世の中には髪の香りと持ち主の情報で愉しむ変態もいると聞く。

 万が一にでもそんなやつの手に渡ったら、タマナの頭を見るたびに嫉妬に駆られねばならない。


「町から盗み乗りしたガキどもかと思ってたが、何か事情があるみたいだな」


 声が割りこんできた。さっきの監督だ。

 アディグは身を固くし、タマナは少年の腕をつかんだ。

 おやじの眼光が、そんな十四のふたりを交互に舐めた。


「ほんとに歩いてきたんだよ。念のために言っとくけど、タマナはスラムの人間じゃないからな」

「どこの出でも俺は気にしねえよ。それに、おまえたちがバカじゃねえってことも話を聞いていて分かった」

「おれは学校に行ったことも無いし、字も読めねえけどな」


「そーいう話じゃねえ。ま、俺は学校も出たし、文字も読めるし、計算も得意だ」

 おやじが笑う。


「自慢かよ。石を叩くだけのくせしてご苦労なこって」

「石工でも偉くなろうと思ったら、学が無きゃダメなんだよ。計算ができなきゃ設計できねえし、石壁一つ満足に立てられねえ。依頼人が教団なら、宗派に合わせた細工をしてやんなきゃならねえし、神事を理解するには占星学もかじってなきゃダメだ。石と鉄だって地続きだから、騎士団も俺たち抜きじゃ戦えねえし、そもそも砦も石造りだしな」


「そりゃ、すげえな」

 アディグは舌を出した。


「もちろん、王城もだ。この意味が分かるか?」

「王様よりも偉いってか?」

「石工の頂点に立てば、王冠の天辺が拝めるぜ。ま、一番下っ端はスラムの日雇いだけどな」

 男が腕を組んでふんぞり返る。

「で、何が言いたいんだよ?」

「俺もそれなりの立場だってことだよ。最近はここでバカどもに命令をしてばかりだが、アラム市長の家も、正長石(せいちょうせき)の分殿も、俺が設計した」


「ってことは、“棟梁(とうりょう)”さんなんですか!?」

 タマナの声が裏返る。


「まあな。“西のラルクス”つったらけっこう有名だぜ?」

「西のラルクス!? あの四石工の一人の!?」

「知ってたか。お嬢ちゃんはなんでラジ・タミに行こうとしてんだ?」

 おやじは照れくさそうに笑い、訊ねた。


「それはですね……」


 タマナはあっさりと両親の死と聖女の約束を話してしまった。

 アディグはふたりの秘密が共有されるのが面白くなかったが、当の秘密の持ち主が決めたことだと我慢しておいた。


「なるほどなあ。親の仇討ちなら騎士団が代行してくれるだろうが、聖女様になったってつらいだけだろ? 他人に施しをして、自分にはたくさんの“掟”(おきて)を課さなきゃならねえんだからよ」

 ラルクスは鼻をすすった。

 このおやじはタマナの話の途中で、「俺にも娘がいる。うちのほうがもっと美人だけどな!」とかなんとか言っていた。


「どうせ目指すなら、聖女じゃなくて石工にすればいい。学があるんだしよ」

「そこまでは賢くないです。それに、石だって運べないですし」

「そんなのは、そっちにやらせときゃいいんだよ」

 おやじがアディグを指差す。


「おれのことバカにしてるだろ?」


「バカじゃねえつったろ? 石工は頭と腕だけでもない。口や足も大事なんだ。交渉ごとは毎回だし、運搬ルートの確保や地理の把握もしてなきゃならねえ。盗賊にだって出くわす。いくら頭があっても、自分がかしらになって町を渡るなんてことは、女じゃ無理だ。聞くところ、ちびすけはあっちこっちを旅してきたようだから、ものを知っているだろう?」


「誰がちびすけだ」

「一人じゃダメでも、二人なら一人前の仕事ができるんじゃないのか? 棟梁クラスでも、切れ者の女房に手伝わせてるのもいるぞ」


「ふうん……女房ねえ。タマナ、聖女なんてやめて、石工にならないか?」

 少年はにやけながら聞いた。


「なんか下心が見えるんですけど……。石工になるかはともかく、ラルクスさんはわたしたちに仕事をくれるってことですか?」

「その通り。お嬢ちゃんを見てたら、早く娘の顔が拝みたくなったってわけだ。アラムまでの運賃と交換だ。それまで飯も出してやるし、働き次第では小遣いをくれてやってもいいぞ」


 棟梁のおやじは、歯列を大理石のように輝かせてみせた。


「それはありがたいけどよ……」

 アディグは、ちらとタマナを見た。


「なあに?」

「おれとしては、タマナに楽をさせたいんだよ。おっさん、働くのはおれだけじゃダメかい?」


 訊ねると、おやじは大笑いし、少年の背中を平手で思いっ切り叩いた。


「いってえ!? 硬い背中だなあ!? ……まあなんだ、見上げた根性だよ。俺も娘をやるなら、おまえみたいなののほうがいいな」

「そりゃどーも?」

「つっても、女の考えを尊重してやることも覚えなきゃな」


 ラルクスは手をさすりさすり言った。


「わたしも役に立ちたいでーす。おぶってもらったし、お肉や水もずっとあなたが用意してくれてたんだし……。それに……」

 タマナの瞳がうるんでいる。もはや、これ以上は語るまでも無いだろう。


 ……というわけで、採石場にて仕事を得たふたりは、汗水流して働いた。


 いや、言うほど汗水は流していない。

 タマナは涼しいテントの中で、馬車やそりに乗せる石くれの割り振り、往復回数や食糧管理などの各種計算を手伝うのがおもであった。

 いっぽうでアディグは石運びを命じられたが、速攻でほかの工員どもと揉めて、“石頭”を披露して蹴散らしたところ、それをラルクスに見られ、肉体労働から不真面目な連中の締め付け役に転任させてもらえたのである。


 こぶしや金貨袋で殴るのも分かりやすくていいが、棟梁の威光をまとって鞭をちらつかせるのも、なかなかに楽しい。

 同類たちの手の抜きかたなんてものはお見通しだったし、一度石頭を見せ付けておけば、実際にこぶしや鞭で痛めつけなくとも、「お賃金はあと払いだよなあ?」と脅すだけで済んだ。

 これなら、タマナの課した暴力の禁も破らずに仕事がこなせる。


 こうしてふたりは飲食の提供とともに、アラムへの足を確保した。

 加えて、多少の路銀と、アラムでの滞在に役立つであろう、西の名うての石工ラルクスの口利きを手に入れたのであった。


「ねえ、アディグ。わたし、役に立てた?」

「もちろん!」

「アディグもお疲れ様。ひとつだけ、ご褒美ね」


 少年は頬に飛びっきりの対価をもらい、目を丸くする。


 ――ふたりで石工ってのもアリかもな。


「おっほん! そろそろ出るぞ」

 となりでおやじが咳払いをした。


***

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