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小さな幸せの灯(とある令嬢の一生)

作者: 蒼あかり


ああ、今日もまた・・・



シリアの瞳に映るのは、自分の婚約者であるアウリールと、実の妹であるマリアの仲睦まじい姿。

庭園の花園を並んで歩き、足元を気にしながら時折妹の手を取りエスコートするアウリール。

それは他人が見たら間違いなく愛し合う者同士に見える姿。

肌こそ触れ合うことのない距離ではあるが、見つめあい、微笑みあい、耳元でささやくように語らうその姿は、誰も邪魔できない雰囲気を醸し出していた。


本来であれば、アウリールの隣に並ぶのは自分なのに。


そんな思いを数えきれないほど味わってきた。

いっそ見て見ない振りをしてこの場から立ち去りたい。

しかし、責任感の強いシリアには自分の立場から逃げることはできなかった。


シリアの存在に気が付くと、二人の手は名残惜しそうに離れていく。

その後何事もなかったかのようにお茶を共にし、近況報告と言う名の語らいをした後、

領地経営の勉強をシリアとともにし、時には伯爵や管理人とともに領地に赴き、婚約者としての義務を果たしたアウリールは帰宅の途につくのだった


そんなことの繰り返しで過ぎ行く日々。


アウリールとマリアが想いあっていることなど、誰が見ても周知の事実。

当の本人たちはもちろん、家の使用人たちも皆わかっていること。


しかし、広大な領地を守るため幼い頃から領地経営と淑女教育を受けてきたシリアを引きずり下ろし、マリアを代わりに挿げ替えることはもはや叶わない。



アウリールもまた侯爵家三男という立場から侯爵家での居場所はなく、行く末は騎士になり生計を立てるか、兄に使え従者となるか。はたまた爵位を継ぐ娘の家に婿として入り、後継の男児を産むまでの中継ぎとして家を守るくらいである。

そのため、シリアとの結婚で婿入りすることは願ってもない良縁であり、そのことに何の不満もなかった。シリアに対しても特別不満はない。

領地経営を共に行うパートナーとしても、縁を結び妻とすることも問題はないと思っていたのである。


ただ、シリアに対する思いが領地を守るための同志であるのに対し、妹のマリアへの思いが愛である・・・ただそれだけの違い。


今更この地位を捨て、他の道を選ぶことは難しい。

故に自分の思いを押し殺し、この運命を淡々と受け入れるだけだった。





妹のマリアもまた、苦しんでいた。


姉であるシリアの婚約者への想いに蓋をする術を持っていなかったから。

姉の婚約者として初めて会った時から想いは募るばかり。

だからと言って大好きな姉から婚約者を奪い、苦しめようなどとは微塵も思っていない。

ただ、見ていられれば良い。最初はそう思っていた。そのはずなのに。

零れるほどの思いがあふれ、自分でも抑えることができない。

自分の家に想い人がいる。それだけで自分を抑えることができずに駆け寄ってしまう。

婚約者である姉よりも先に会うことに対して、申し訳ない想いは常に持っていた。

でも、その気持ちを抑える方法を誰も教えてくれない。

姉と婚約者が結婚しいつか自分も嫁ぐ日が来れば、この思いも儚く消えていくことを願っていた。




両家の父親は仕事で家にいることが稀であるため、二人の仲を知らない。

だが、母親たちは気づいていた。



シリアの母親は、妹マリアの想いは若い頃の熱病のような物と片付け、自然に沈静するだろうと思っていた。

シリアが結婚すれば、もしくはもう少し成長し社交の場へ出るようになれば、たくさんの出会いに目が行き熱も冷めるだろうと冷静に考えていた。



アウリールの母親もまた息子の想いには気づいていた。

しかし、三男である息子の行く末を案じ、収まる所に収まることが最良と思い事を荒げるつもりは毛頭なかった。



どちらの両親も自分の子供たちを分け隔てなく愛する良親であった。




ラングレー家に使える使用人たちもまた、当家の娘二人を大事に思い、愛し、良い結果になることだけを切に願っている良い人たちばかりである。

シリアの苦しさも、マリアの辛さも、どちらも大事で大切な存在であるがゆえに比べることは出来ない。

マリアに苦言を呈する者もいたが、わざとでないことも知っているので、軽くお小言を言う程度で見守ることくらいしかできなかった。




そう、皆が良い人なのである。

シリアの周りに悪人は一人もいない。


だから苦しい。誰を嫌うことも、誰を憎むことも、誰を恨むこともできない。


苦しんでいるのは自分だけではないことも知っている。


だからこそ、この人生を受け入れ流れるままに任せようと心に決めるのであった。




その後シリアとアウリールは晴れて婚姻の儀を迎える。

しかし、二人の夫婦関係は表面上の物だけで、真の夫婦になることはなかった。

白い結婚のまま2年が経つ頃、妹のマリアも縁を結び嫁いで行った。

マリアは少し遠地に嫁いだこともあり、結婚後に会うことはほとんどなくなった。


シリアとアウリールが白い結婚であることはシリアの両親は侍女を通して知っていたし、その事はアウリールの両親であるウインチェスタ家へも報告してあった。

たぶんシリアではなく、アウリールの問題であろうことは両家での共通認識であった。

それも妹のマリアが嫁いで目の前からいなくなれば、自然とうまくいくのではないかと考えていた。


二人は相性的には問題ないように見えた。

激しい情愛のようなものは皆無だが、夫婦として穏やかに過ごす二人は相性が悪い風には決して見えない。

それにまだ若い。マリアが家を出て二人の時間を持てるようになれば、自然にうまくいくだろうと考えていたのである。


しかし、それから数年経っても二人の間に子供ができることはなかった。


その間、妹のマリアは嫁ぎ先で子供を産み、妻としての役目をきちんと果たし、立場的にも安定した地位を確立していた。


ラングレー伯爵家の後継ぎとしての血筋はシリアにある。アウリールは婿でしかない。

仮にシリアに原因があり子が成せないのであれば、養子を迎えることもあり得るが、問題が婿であるアウリールにあるのであれば、婿を入れ替えれば良い。

それが貴族としての共通認識である。


まだ若く子供を産むことができるとはいえ、相手がすぐに決まるかもわからない。

ひょっとするとシリアに問題がある場合もある。結婚して十分すぎる年月は費やした。

もう少し様子を見ようなどという段階はとうに過ぎた。


両家ともまだ爵位は子に引き継いでいないため、両家の親とシリアとアウリールの当人とで今後の話し合いが持たれた。

すでに成人も十分すぎ、責任の持てない年齢でも立場でもない。

大人同士ゆえ、包み隠さずに今後の事を話し合う。



やはり、問題はアウリールにあった。結婚してから早5年。未だ白い結婚のままであった。

シリアは現在25歳になろうとしている。婚姻を結んでいるため年齢を重ねることに問題はないが、出産を控える身としては時間は切迫していると言わざるを得ない。


この国では平均18歳くらいで婚姻を結び、出産を経験する。

本来であれば、シリア達にも2~3人の子供が産まれていてもおかしくはない。

仮に後継ぎである男児が産まれなかったとしても、それはそれ。

養子を迎えるなりしても問題はない。

ただ、妻として子供が産めないと責任を感じるのは女性ばかりではない。男性も然り。

婿として迎え入れられ、跡取りを産むための義務を怠るとは言語道断である。


アウリールも、ウインチェスタ家の両親もそれは十分承知していた。

今後、真の夫婦になれるのであればもうしばらく様子を見ようとの言葉も出たが、アウリールがそれを拒否してしまった。


シリアに対して負の感情は一切ない。

領地経営というパートナーとしての相性も問題はない。

妻として社交の場に出ることも何の問題もない。第三者目線から見れば、女性として見ることにも何の問題もない。

ただ、妻として夫婦としての関係だけが築けないのである。


確かに若い頃は義妹のマリアを愛しく思っていたことは事実である。

しかし、マリアも嫁ぎ子を産んでからは、冷静に家族として考えられるようになり、今や昔のような想いはない。


ただただ、シリアを妻として見ることができないだけなのだ。


ラングレー家としては到底受け入れられる話ではない。

確かに領地経営は順調に進んでいた。アウリールに感謝もしている。

しかし、一番肝心の跡取りを設けられないのであれば、婿の交換をするほかはない。


シリアは話し合いの間、一言も口を挟むことはなかった。

最後にシリアはどうしたいかと問われ


「私は運命を受け入れるつもりでいます。皆さんの決定したことを受け入れるだけです」


そう言って、再び口をつぐんだ。



その後、シリアとアウリールの婚姻の解消が成立した。

白い結婚のままであるため、離婚ではなく解消とし、シリアに咎はないこととなる。


アウリールの代わりの婿はすぐに決まった。

ラングレー家の遠縁の親戚筋から婿をもらう事が決まったのである。



アウリールはと言えば、侯爵家へ今更戻ることもできず。

さりとて、義妹への想いを盾に白い結婚をしていたとの噂が流れているため、貴族間で婚姻を望む家はない。

結果、平民の商家に婿入りをすることとなった。

あんなに白い結婚にこだわっていたはずなのに、婿入りするや間をおかずに子を成すことができ、幸せに過ごしているらしい。



シリアは婚約期間を設けずに、すぐに婚姻を結んだ。

2回目という事もあり派手な事は行わず、両家の両親と本人だけの静かで穏やかな式を領地の教会で行った。


相手はラングレー家の遠縁筋にあたる子爵家の次男である、イシャルド。

年齢はシリアよりも3歳も若い。

ただし、父親を亡くした後、騎士として出廷している嫡男に代わり領地経営をしていたことから、すぐにでも領地経営にとりかかれることが強みである。


シリアはイシャルドとは真の夫婦になることができた。

最初こそぎこちなさもあったが、間もなく打ち解けることができ、今度こそ順調に事が運ぶものと思われた。



ある日、大雨による川の増水で領地内の橋が流されたとの報告を受け、一足早くイシャルドが様子を見に行くことになった。

昼近く、天候も大分収まり伯爵とシリアも出向こうと準備をしていると、イシャルドとともに出かけていた従者があわてて邸へ駆け込んでくる。


雨でぬかるんだ土に足を取られた馬もろとも、川に流されたという。


急ぎ駆けつけるも時すでに遅く。数日後、イシャルドの遺体は遠く離れた河口付近で見つかった。


夫婦になってほんの短い期間ではあったが、それなりに情を通わせ、これからの事を穏やかに話していたりもした。

シリアにとっては初めて心を通わすことのできる人と巡り会えたと思えたのに。



それからのシリアの衰弱ぶりはひどく、しまいには枕から頭が起こせなくなっていた。


心配した両親はシリアを領地の外れにある別邸におき、静養することを勧める。

もはやシリアは何も考えることができなかった。

元より運命を受け入れるつもりでいた。

初恋の婚約者からは拒まれ、次に迎えた相手は心を通わす前に儚くなってしまった。


跡取りとして産まれ、家を継ぐことに不満はなかった。

一生懸命勉強もし、領地の為、領民のために心血を注ぐつもりでもいた。


それなのに、自分が求めたものは全てこの手のひらからこぼれ落ちていく。


運命に抗わず、全て受け入れてのこの人生。


そうか、私の人生は誰の為にもならず、ましてや自分自身の幸せの為でもなかったのだと思い知る。


そうして、月日は過ぎつつもシリアの容体に回復の兆しは見えない。


伯爵家は結局、妹マリアの子が継ぐこととなった。

まだ子供故、大きくなるまでは遠縁の人間をおき手伝わせ、ラングレー伯爵はそれまで元気でいることを固く心に誓い領地を守ることになる。


別邸に住まうシリアのことも次第に皆の心の中から消え、少ない侍女とともに過ごすようになる。

その侍女も結婚や高齢をきっかけに点々と人が入れ替わり、シリアの過去を知るものは次第にいなくなっていく。


それから、そう年数も立たずにシリアは儚くなるのであった。



シリアの葬儀には妹マリアや、最初の夫であったアウリールも顔を見せる。


二人は長い年月顔を合わせることもなかったが、シリアを思う気持ちは共通している。

そして、心から祈るのだった。



「お姉さまの人生って、一体なんだったのかしら?」


「今でもたまに思う事がある。

あの時、君への想いにこだわらず彼女を受け入れていれば、今頃彼女は僕と幸せになれていたのだろうか?と」


「私もたまに思う事があります。

あの時、お姉さまも家も何もかも捨て、あなたと共に生きることを選んでいたら。

お姉さまは他の方と縁を結びなおしていたのかもしれないと。

そうすれば、もっと違った人生を過ごせていたのではないか?って」


「今はお互い家庭も持ち、それなりに幸せに過ごしている。

この幸せを彼女も人並みに知って欲しかったと・・・思うんだ」


「ええ、ええ。私も心から思います。

お姉さまも夫となる方から愛され、子を産み、母となる喜びを知って欲しかった。

何も知らずに儚くなるような、そんな罰を受けるような人ではなかったと思います」


「実は、もう彼女の顔を思い出せないんだ。夫であったこともあったのに。

薄情な男だと思うかい?」


「いいえ、薄情だなどと・・・

実は私もはっきりと思い出せないのです。ましてや笑った顔など、まったくと言っていいほど思い出せません。

実の妹でありながら、私の方がよほど薄情ですわ」



「たぶん、僕はもう二度とここへ・・・彼女の元へ来ることはないと思う」


「ええ。私も嫁ぎ先が遠いですから、両親が元気なうちはめったに来ることはないでしょう。

ただ、私の子供がゆくゆくはこの家を継ぐことになります。

それでも、お姉さまを思い出すことはもう・・・なくなっていくのでしょうね」


「彼女の再婚相手の墓が隣にある。せめてもの救いだ。

きっと向こうの世界では手を取りあい、幸せになってくれることを心から祈るよ。」


「私も、代を継ぐ息子にお姉さまの話をして聞かせるつもりです。

お姉さまが命に代えたこの領地を、しっかりと守らせます」



そう遠くない昔、かつて思いを寄せ合っていた二人は、一人の女性が眠る地に向かい並んで思いを吐いていた。




この世に生を受け、たとえたった一人の人とでも、愛し愛されることがどれほど尊いものであるか。


愛する人と結ばれ、そこに新しい命を宿すことがどれほど奇跡に近いことなのかを。


何の花も咲かせず、実を結ぶこともなく・・・そんな風に散りゆくことこそが普通なのだから。



「私たちは、幸せなのね」

「ああ、幸運だ」



その日並んで語り合ったふたりの心に灯った灯り。

たとえ誰が知らずとも、その灯りを消さぬよう。


灯し続けたいと願うのだった。





愚作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

本当はもっと救いようのない感じにしようと思っていたのですが、少しだけ希望を入れてみたつもりです。

読んでくださった皆様が、気分を害していないことを祈ります。


皆様の心にも灯が灯りますように

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