狩り(ハンティング)
疲れてはいたものの寝つきは悪く、途中何度も目を覚ましながらの睡眠になった。
深く眠れはしなかったが、目標通り日の出前に起きた。
薄昏い空は濃紺であり、雲はほとんど見えない。
やはり、雨は期待できないだろう。
「さ、まずは井戸づくりだ。」
何はなくとも生きてゆかねばならない。
その為に今一番必要なのが水だ。
既に底をつきそうな瓶の水を飲み、パンとドライフルーツを食べる。
簡素な食事をしながら歩き、昨日地下水を見つけた場所へと赴く。
するとそこには昨日は見かけなかった種類の小さな低木が生えていた。
どうやら大きな岩に直接生えているようで……いや、まてよ?
「あれ、岩じゃない……カメだ。」
おもわず手槍を強く握った。
甲羅から木の生えたカメ……おそらく魔物だろう。
木の高さは俺の身長よりも低いが、カメは見た事もないほどに大きい。
陸生のカメの特徴をもつそれは、体高は俺の腿くらいまである巨大さで、体重は木を含めておれの3~5倍はあるだろう。
それが昨日地下水を汲み上げた場所に陣取って、ピクリとも動かないでいる。
「水を求めてきたのか……?」
小さな水たまりでもこの荒野では貴重だ。
直射日光で蒸発しないように草と樹皮で隠していたのだが、それがどかされている。
ということはやはり水を感知してここに来たのだろう。
狩れれば多くの肉が手に入る。
食糧問題解決への第一歩になるだろう。
「考えることが多い……離れたところで少し態勢を整えよう。」
草丈が高い場所に身を潜め、考えを巡らせる。
まず井戸作りだが、水を感知して魔物が寄ってくるということを踏まえて作らなければならない。
だが、今回のようにカメが来るのであればそれも利用できるかもしれない。
元の世界で陸生の大型のカメが絶滅していったのは、人類という最大の天敵が現れたからだという考察がある。
他の動物では歯が立たない甲羅に隠れようと、人からすれば動かず狩りやすい獲物でしかないのだ。
故に、最初期の人類の集団が狩りつくした結果絶滅した……とのことだ。
例えば、今俺は手槍を持っているので甲羅に隠れても隙間から突けば簡単に狩れるだろう。
しかし、相手は魔物だ。
元の世界の常識では考えてはいけない何かを持っているだろう。
例えばあの甲羅の木、寄生されているというには綺麗に生えすぎだ。
カメの甲羅に生えるのはせいぜいが苔や藻類で、陸生のカメのように日に当たるカメには生えにくいはずだし、種子が根付くなんてことは考えにくい。
陸生のカメは草食であるというのが別世界の知識を持つ俺の説なのだが、食べた種子の中に強力な寄生能力をもった種が混じっていて……いや、考えにくい。
生えたら生えたで甲羅を岩にでも擦り付け、それで終わりだ。あそこまで大きく育つ事はないだろう。
では共生関係にあり、温度が高い日中は動かずに光合成をして栄養を蓄え、温度が低い夜は本体が動いて草を食べて生きる……この可能性はありそうだ。
草が十分にあるわけではないので、光合成を利用して栄養を稼いでいる?
水を利用しない光合成もあるが、おそらくは水分を使った光合成であり、そうなれば水辺は必須。
水辺を求めて夜に彷徨い、昼にそこを利用し、夜にはまた別の水辺を求める……これも可能性としてありそうだぞ。
とすれば、あまり強くはないかもしれない。
その性質はとことん”闘争”をさけたライフサイクル……甲羅に隠れ、栄養を求めてフラフラと歩く。
古来に人間に狩られて絶滅したカメそのもの。
うん、いけるだろう。
一応蔓で作った括り縄も持って、カメの背後から近づいていく。
手が白くなるほどにつよく手槍を握りしめる。
近づくと、その迫力に気圧されそうになる。
元居た世界でも大きい陸生のカメはいたが、ここまでの大きさではなかった。
深呼吸をし、手槍を構える。
しかし、そこで急にカメが四肢と首を甲羅にひっこめた。
腹の甲羅はへらべったいようで、その状態でも地面にしっかりと固定され、びくともしなそうだ。
「はっ……他の動物はいざ知らず、人間様にそんなものは通用しないってことを教えてやるぜ。」
気が付かれてしまったので頭側にまわり、手槍で頭が入っている穴をついた。
硬いが、何かを突き刺した手ごたえを感じる。
そのまま引いて二度目の突き、そして三度目を放とうとした時だった。
地面から何か音がし、反射的に飛びのいて確認する。
その瞬間、地面から土で出来た杭のようなものが勢いよく飛び出て、立っていた場所を掠めた。
「うおっ!!魔術かよ!!」
土の魔術だろう。おそらく低位以上……下位か中位の魔術だ。
だとすれば俺よりも魔術の腕は上という事になる。
間一髪だった。一撃で服と皮膚を突き破り、致命の一撃を与えるほどの威力はないだろうが、骨くらいなら簡単に折れてしまいそうだ。
もしこの環境でそんな大ケガを負えば、その時点で詰みだ。
「おいおいおいおい、聞いてねぇぞそんな攻撃手段。こっちは低位魔術しか使えない上に、Lvだって1なんだぜ!!」
次々と地面から生える杭をなんとか避ける。
適当に逃げ回っているだけだが、それでもなんとか避けることは出来た。
おそらく偏差攻撃が出来ないので、カメに比べて高速で動く俺を捉えることが出来ないのだ。
「死角に入っても攻撃がやまない……何かの感覚器官を使ってるんだ。」
俺は試しに手槍をカメの近くに放り投げた。
するとその位置から土の杭が勢いよく飛び出す。
なるほど、音か。
「ハイドラ……頼みたいことがある。」
影脅しのハイドラに小声で指示をだし、自身は出来るだけ音を立てないように止まっている。
足元に注目し、何時土の杭が飛び出ても避けられるように集中する。
そしてハイドラは────
ばたばたとカメが首と四肢をだしてもがきだした。
カメに声帯は無いのは、この異世界でも同じらしい。
苦しそうにもがくその目と首には、形態変化したハイドラが巻き付いていた。
ハイドラの力は人間の子供かそれより弱いが、ピンポイントでカメの細い首を締め上げれば、絞殺することは可能だろう。
そしてカメは自分の首まで四肢が届かない──つまり、ハイドラを払う事が難しい。
必至でハイドラを地面に擦り付けているカメに目掛け、魔術を放つ。
「そこだ!!水生成!!」
手から放たれた少量の水がカメの顔面を捉える。
首を絞められ、目を隠されている状態で鼻と口への異物挿入。
そこからの反応は────さらなるパニックだ。
余計に激しく暴れ始めたカメは魔術を使うのをやめていたので簡単に接近できる。
投げた手槍を拾い、そして首に括り縄をかけ、思い切り引っ張る。
「このやろぉおおおお!!」
甲羅に飛び乗り、力をかけて括り縄を引っ張ると、さすがに首が完全に出てきた。
そこへ手槍を突き刺した。
何度も、何度も、引いては突き、引いては突き。
気が付けば、カメの首は地面に落ちていた。
「よし、勝ったぞ!!」
余韻に浸る間も無く、空きビンを首根っこにあてがい、血を入れる。
カメの血を飲むのは向こうの世界では稀に聞いた話だ。
スキル”病毒対抗”を持つ俺ならばリスクを無視して飲めるはずだ。
こいつの命は俺が狩った、だから少しも無駄にしたくない。
そうしていると、脳に機械的な音声が流れる。
──”LvUPしました。Lvが3になりました。スキル”生存者”を獲得”──