寝床(シェルター)1
玉のような汗が顎を伝って零れ、地面に小さなシミを作る。
その一滴一滴が自分の命で出来ているのだと感じ、焦りを覚える。
口の中が乾いて目の前に広がる絶景を楽しむ余裕が無い。
あと、どれくらいの水分を失えば倒れてしまうのだろう。
水分だけなら地下水を汲み上げたり魔術で水を精製すれば持つだろう。
だが、汗で失うミネラル分や体力、MPの維持には食料が必要だ。
現状この荒野で見つけた食べ物はカケラ程も存在しない。
そうした事実が、余計に焦りを加速させていく。
「おっといけない、思考がネガティブのループに入るところだった。」
ネガティブな思考は体力を奪っていく。
こういう時は作業に没頭して思考を遮断して、無理やり気力をもたせよう。
俺は影脅しのハイドラに日傘を差してもらいながら、寝床を作る為の材料集めをしていた。
ヒモの代わりになるような柔軟性と丈夫さを兼ね備えた蔓を切り集めていく。
釘なんて高尚なものはないから、これからの工作は主に蔓をつかって固定していくことになる。
「どっかで見たような蔓だけど……って、異世界の植物の種類なんて考えてもわからないよな。」
さらに親指くらいの太さの蔓も集めていく。
結ぶほどの柔軟性はないがとても頑丈な為、これは建材にする。
手当たり次第に切り、くるりと巻いて肩に担ぐ。
ずっしりとする程の量を運び、一か所にまとめるとまた蔓を集めに行く。
河川浸食谷は他より木が多いといっても、鬱蒼としているわけではない。
その木をつたう蔓を探し集めるのは移動距離が長くなってしまう。
日が傾き暑さが和らいだ頃にはそれなりの量が集まったが、考えていた以上に時間を取られてしまった。
「ふー、かなり頑張ったな。よくやったぞー俺。」
かなり時間をかけたような気がするも、日はいまだ沈まず。
日照時間は日本よりは長いようで、違和感を覚えてしまうな。
完全な日没まで残り3から4時間程度……なのだろうか? 地球と同じ環境だとわかりやすくてありがたいが、それは期待しすぎだというものだ。
自転速度を考慮して日時計を先に作るべきだったろうか?
うーん、失敗失敗。
地軸の傾きもわからない為、正直予想の範囲を出ないが低緯度の地域なのかもしれない。
日が長ければ水分と体力を多く奪われる反面、行動できる時間が伸びるということでもある為、必ずしもマイナスというわけではない。
「特に今はとかく寝床を確保したいから日が長いのはありがたいな。プラスに考えていこう。」
肩に乗って傘を差しているハイドラもピコピコと反応してくれる。
かわいいな、コイツ。
体の緊張がゆるみ、リラックスできる、
他の勇者だと早ければもう最初のハーレム要因と出会っていてもおかしくはないだろう。
MPにはまだ余裕はあるし、もう一体召喚してハーレムごっこしようかな……
「いや、まてまてまて。完全に冷静さを失っていたぞ。」
よく見なくてもこの黒いウツボは女の子ではないのだ。
なんだハーレムって、せいぜいが多頭飼育だ。
食料になりそうなヤドカリを召喚したり、水を生成したりと生き残るために使える魔術は沢山あるのだから、MPの使い道はよく考えなければならない。
「判断力の低下……暑さと水分不足の症状だな。」
足を止めて、瓶から水を飲む。
既に全体の半分程も水を飲んでいるが、うしなった水分はそれを超えるかもしれない。
ほぅ、と息を吐き、作業に戻る。
今回作るのは元の世界中の様々な文明で作られていた円錐型の住居だ。
有名なのは平原のネイティブアメリカン達の移動式住居「ティピー」だろう。
ほかにもモンゴル遊牧民の「ゲル」も仕組みは違うが移動式住居で円形だ。
少ない人数でも建てやすく、構造として安定しているという点で、円は重要な形なのだ。
7~8m程度の細長い木に先ほどから注目していた。
幹が俺の足くらいに細く、枝葉が天辺付近にしかない。
植生や特徴はちがうが、なんとなくヤシを連想した。
あれも木材として優秀で刈られまくっているので、きっとこの植物も優秀だろう。
「幹が細いって言ってもこの大きさは今の装備じゃ切ったり持ち上げたりは難しそうだ……だけど若木なら。」
まだ育ち切っていない若木なら、幹は細いし柔らかい。
短剣と腕力だけでへし折る事が出来るだろう。
俺は周囲を探して、何本か若木を見つけることに成功する。
高さは3~4m弱で、幹の太さは俺の腕ほども無かった。
「この若木達……木の高さがほとんど同じだ。雨季か何かがあって、同時に発芽したのかもしれない。」
そんな予想を立てながら、幹の根本近くに思いっきり短剣を振う。
硬いものを切る音がし、短剣は深々と幹に刺さった。
「うお、思った以上に切れたな……この短剣も中々の業物じゃねぇか……へへ。」
汚らしくにやけながら幹から短剣を引き抜き、切った方の逆側にコンコンと小さく切れ目を入れていく。
仕上げに幹を思いっきり蹴ると、けたたましい音と共に木が倒れる。
周囲に魔物がいたら近寄ってくるかもしれないけど……そこは運頼みで。運悪いけど。
「よっし、うまく言ったな。やっぱり刃物さまさまだよ~、これがあるとないのとじゃ天と地ほども難易度に差がでるな。」
いや、そもそもチートを貰って街の近くから始める頃が出来ず、地の果ての荒野みたいな場所に放り出された時点で地の底な気がするけど。
異世界転生ものってこういう所で苦労するもんじゃないと思うんだけどな。
ええい、そんな事を考えている暇はないんだ、作業に集中しよう。
葉などが生えている木の先端をまるごと切り落とし、引きずりながらシェルター建設予定地に運ぶ。
断層が近くにある、山にしては傾斜が少ない平たい土地だ。
「さ、日暮れまでに何とか木材を集めるぞ!! 」
次々と木を蹴り倒し、一か所に集めていく。
不思議な背嚢に木を入れることを思いついてから作業は効率化した。
この背嚢は出し入れ口より断面積が小さなものならなんでも入った。
4mほどある木材も、太さが俺の腕ほどなので長さに関係なくスルスルと吸い込まれていく。
重さも体感では増えていないので、離れたところにある若木を運ぶのにも苦労はなかった。
「この背嚢…………すげぇチートだぞ。もうこれが俺に与えられたチートって事でいいんじゃないかな?2つも持ってるし。」
RPGなんかをやってて考えてはいた。
やたらとなんでも入る袋が一番つよいんじゃないかって。
例えば兵站などの難しい問題を解決できそうだし、そうすれば魔王を倒すという名目で軍が協力してくれるかもしれない。
例えば行商人なんかをやれば、馬車や荷車なんかよりも大量かつ高速で運送できるはずだ。
それが2つもある……あれ、ひとつでよくないか?
いやいや、きっと2つの使い道がある筈だ。だって俺にだけ与えられたチート(仮)なんだぜ?
「プラスに考えよう。絶望したら終わりだってアル〇クスが俺たちに教えてくれたんだ。」
小さい頃にみたネバエンのあのシーンはトラウマだ。
今の俺も絶望して精神が弱ったらお終いなので、置換すれば同じ状況と言える。
底なし沼に沈まないように、いい方向にだけ物事を考えよう。
それで見落としがあっても仕方ないさ、だってこんな灼熱の荒野に放り出された時点で無理ゲーなんだもん。
道中、同じ種類の成木の樹皮を剥いだ。
根本に切れ込みを一周させ、ハイドラに短剣を持たせて高くまで縦に切れ込みを走らせる。
さらに出来るだけ上の方でまた切れ込みを一周させる。
後は縦の切れ込みに指を入れ、ハイドラに手伝ってもらいながら薄い樹皮を剥いでいく。
若木を蹴り倒すよりは大変だが、これも思っていた以上に簡単な作業だった。
影脅しさまさまだ。本当に使える子だ。
力はそこまでない……たぶん子供と同じか負けるくらいなので戦闘の役には立たなそうだし、普通の異世界転生なら外れ枠なんだろうけど、今回に限っては間違いなく低位召喚のエースだろう。
「こういう剥ぎ方をすれば木が枯れちゃうかもしれないけど、枯れたら木材として使えばいい。土地を荒らすようで気が引けるけど、俺も必死なんだ、許してください。」
何とはなしに合掌する。
この荒れ果てた大地での恵をありがとうございます。
こういうところでの日本人が抜けないんだろうな。
自己満足だけど、充足感があれば精神的にいい作用をもたらすだろう。