相棒(バディ)
日差しが真上に来た頃、木陰で道具の作成に入った。
日傘をさしていたとはいえ、水分や体力を多く失った。
瓶の水を飲み、ドライフルーツを少し齧る。
「こうも暑い中あちこちで作業すると熱中症になっちまうからな。木陰で休みながら道具を作りつつ、これからの作戦を練っていこう。」
独り言が多いけど、これも正気を保つためには必要な事だ。
こちらに来てから体感2時間程度しか経過していないが、既に体力は落ちて精神的にも苦しくなっていた。
現代社会で暮らしていたのに、急に広大な荒野にたった一人で放り出され、生きていくことすら困難となれば絶望するのも当たり前だ。
人は誰しも簡単にパニックになり、発狂すると読んだことがある。
現に少しでもマイナスな思考をすると呼吸が苦しくなり、軽い動悸や激しい発汗に見舞われる──パニック障害の症状だ。
前の世界ではそんな自覚症状はなかったし、この世界の環境に体と精神が悲鳴を上げている証拠だ。
だから、少しでも正気を保つために独り言でもいいから自分に話しかける。
出来るだけ冷静に、出来るだけ落ち着いて行動するんだ。
「まずは日差しが弱くなるまでに道具を作って、次に寝床の確保をして……火の確保は薪さえあれば魔術でなんとかなりそうだな。」
用意できたものは長さが胸まである頑丈な木の棒と短剣、服の紐と植物の蔓、とりあえずはこれだけ。
まずはダガーの柄頭を外し、握りの紐を解いていく。
頑丈な木の棒の先端に切り込みを入れ、柄頭を外したダガーを挟み込み、握りの紐で固く結ぶ。
それを蔓でグルグル巻きにして、さらに服の紐で出来るだけきつく結ぶ。
簡易な手槍の出来上がりだ。
長ものである為に短剣よりは心強いし、道具にもなる優れものだ。
高い所の物を採ったり、硬い土を掘ったりとその用途は多岐にわたる。
うーん、我ながらナイスアイデア。
文字通りの”相棒”だ。
正気を保つにはこういう成功体験が必要なんだ、自分を褒めてあげよう。
「よくやったぞ~クレイ、まったく勇者らしくないけど、サバイバルっぽくなってきたじゃないか。」
別にサバイバルがしたいわけじゃないが、男の子というのはこういうのでテンションが上がってしまう生き物なのだ。
さっき迄のどこか焦って平静を失うような状態から一転して、勇気が湧いてきた。
「まだ日差しが弱くなるまでに時間があるし、魔術でも試してみるか。」
MPがどれだけあるのか、低位のステータス魔術でははっきりしない。
いきなり倒れでもしたらこの環境では二度と起き上がれないかもしれないが、さすがに底をつく前にはわかるだろう。
脳にいつの間にか刻まれた魔術のうち、約に立ちそうなものを検索していく。
「いつ覚えたのかもわからないのに、きちんと知識としてあるなんて不思議な感覚だよな。」
発火、そよ風、水生成、土感知、石感知、魔力感知、発光、──色々と使えそうではあるけど、今試したいものではないな。
「お……これなんていいんじゃないか? 召喚魔法。」
召喚魔法──異世界転生モノではお馴染みのチートスキル。
俺が使える低位魔術は、小さな魔物を使い魔として召喚できるようだ。
やっぱりここは定番のドラゴンだろうか? いや魔物っ子も捨てがたいな……。
と、想像するのも束の間、召喚できる魔物の一覧が脳に浮かんでくる。
「吸血コウモリ、オオミミズ、おばけキノコ、影脅し、大蜘蛛、詠唱する本、転がる草、ヤドカリ…………おいなんだヤドカリって、召喚する奴いるのそれ?」
そんな雑魚共etc。
それぞれ何となくだがどういった魔物かわかる。
吸血コウモリは大型のコウモリで、吸血鬼の眷属であり雑魚の中では強い方だ。
吸血鬼が大量のコウモリに変身するときのアレ。
召喚後には大量の生き血が必要になり、血がなければ帰ってしまう。
影脅しは生き物の影に寄生する姿形が変幻自在の魔物で、いきなり影から飛びてて相手をビックリさせる雑魚魔物。
木の棒を持った子供にも負けかねないほど弱いので、影に寄生する以外では生き物の死骸などを中心に食べるようだ。
詠唱する本は空中に浮かび、自立して強力な呪文を唱える魔物だ。
説明だけ聞くとかなり強力で恐ろしい魔物だが、その実本体の魔力が全く足りない為にただの浮かんでいる本に成り下がっているんだとか。
中身は解読不能で、本としての実用性も皆無らしい。
ヤドカリは大きいヤドカリだ。
いざというときはこいつを召喚して食おう。
……おや、一番役に立ちそうだな。
とまあこの低位の召喚魔術、当たりか外れかで言えば外れの部類に入るのだろうが、今の俺はとても孤独で……なんというかその…………寂しい。
孤独は精神を蝕み、弱った精神は体を重くする。
つまるところ……話し相手が欲しい。
一人は心細いのだ。
「ええいままよっ!! いでよ召喚!! 影脅し!!」
体からエネルギーがごっそりと抜ける感覚がした……おそらくMPを大量に消費したのだろう。
つぎに地面に魔法陣が描かれ、大量の煙と砂を巻き上げる。
「げほっごほっ……煙てぇな。」
口の中に少し入って大変に不愉快だ、くそう。
煙が晴れると、そこには真っ黒なウツボのような生き物がいた。
何となくは知っていたが、名前からは連想もできないような姿だ。
シャドウフェアリーと言えばこう……いじわるで小さな妖精みたいなのを想像するじゃん?
ウツボだぜ、これ。
影脅しはウネウネと体をうごかし、こちらの影に潜り込んできた。
生き物の影に寄生……即ちMPやエネルギーを吸い取って生きている魔物らしいので、当然の行動なのだが気色悪くて少し引いてしまう。
水面のように影が揺れたかと思うと、たちまち影脅しの姿は見えなくなってしまった。
だが、影の中にいるというのが何となくわかる。
使い魔として召喚したからか、影に潜られているからか、またはその両方か……まあ、今はどうでもいい事だ。
「これからよろしくな―、えーっと…………。」
影脅しは呼びにくいし、何か名前を付けてあげたい。
何がいいだろうか……かっこいい名前がいいけど、俺はネーミングセンスというものがないんだよなぁ。
黒い……ウツボ……寄生……冷静に考えれば考えるほどフェアリー要素がないぞ。
記憶にあるゲームか何かから名前を貰おうかな。
「じゃあ……ハイドラで。なんか強そうだし、かっこいいだろ。よし、お前は今日からハイドラだ!!よろしくなハイドラ!!」
そういうと影からピョコリと頭だけをだして、左右にゆれた。
あらやだかわいい、こうしてみると中々に愛嬌がある……気がするぞ。
喜んでくれたのかは知らないが、反応があると嬉しいな。
「ちょっと癒されるな、召喚してよかったかも」
ハイドラと言えばギリシア神話に登場する怪物ヒュドラの事だ、実に強そうでいいじゃあないか。
昔のゲームに出てくるウツボから名前を貰ったのだ、そのゲームではハイドラは弱かったけど……たぶんコイツも弱いけど……ま、まあいいじゃないか。
影脅しの本質は強さに非ず、その形態変化が自在な点にある。
「よし、ハイドラ。早速だが仕事の時間だ。」
にょろりと影からハイドラが出てくる。
こちらの言っていることを理解できているようで、とても従順だ。
アイデア次第では相当化けるかもしれないぞ。
「とりあえず、日傘をさしてくれないか? 」
日傘を持ってると大変作業がしにくいのだが、差さなければ体力を奪われる。
そういう時に日傘をさしてくれる存在は心強いとは言えないだろうか?
ハイドラは素早く体を這い上り、わざわざ腕の形に形態変化して日傘を差し、俺の肩に固定される。
「おお、中々やるもんじゃないか。」
高い所の物をとったり、手槍を更に高い所へ届けたり、盾を持たせたり、木登りを手伝わせたり……おお、アイデアが無限に出てくるようだぞ!!
これは本当に当たりを引いたかもしれない。
誰だ外れなんて言い出したのは、戦うだけが全てじゃないだろう。
俺はこれからの事を考えながら、新たに出来た心強い相棒と共に寝床作りに入った。