木砲(デフィブリレータ )
一酸化炭素中毒になっていたはずの森巨亀の、人の半身ほどもある巨大な目がギョロリと見開かれ、それとばっちり目が合ってしまう。
「…………化け物じゃねぇかよ。」
そうつぶやいた瞬間、森巨亀の足元の土が動く気配がした。
「ブリアナさん、伏せろ!! クレイハウンド達も!!」
犬ゾリをひっくり返して簡易塹壕にする。
一呼吸を置く間もなく、連続した衝撃が犬ゾリの甲羅越しに伝わってくる。
ギルドラから聞いていたあいつの魔術の一つで、無数のツブテを広範囲にばら撒くものだ。
いくつかのツブテが体を掠り、切創を作る。
いまので犬ゾリが壊れてしまった気配がした。
「まるでショットガンか機関銃みたいだな……ブリアナさん、無事かい? 」
「はい……です。」
ちらりと犬ゾリから顔をだして周囲を確認すると、森巨亀は再び目を閉じていた。
一酸化炭素攻撃が効いていないわけではなさそうだ。
だが、どうにかして致命症を避けたのかも……このまま死ぬのを待つというのも手ではあるが、もし奴が生き残った場合は報復で今度こそ里は終わりだろう。
「やはりもう一度、あいつの動きを止めねぇとな…………ブリアナさん、俺が大きな音を出したら、どうにかして森巨亀の気を引けるか? 」
「やってみます。いえ、やってみせます、です。」
いい返事だ。
ブリアナさんこそ勇者だよ、俺なら逃げてるね。
俺が今逃げていないのは、ただ本物の勇者という肩書きがあるというだけだ。
別にこの肩書きが気に入っているわけじゃない。
ただ、作為的な運命とでも形容できるものが、俺に重くのしかかっている気がするのだ。
ここまで、どうにも都合が良すぎる気がするからな。
逃げてはよくない気がする、ただそれだけなのだ。
森巨亀が再び攻撃をしてこないうちに、2つ目の切札を使う。
人差し指と親指を立て、三平方の定理で相手との距離と斜角を計る。
「来い、クレイハウンド。伏せてくれ」
背嚢から木製大砲を取り出し、クレイハウンドに乗せて角度を調整する。
既に中にゲルダイナマイトを入れており、そこれ黄金色の槍を静かに挿入した。
「召喚、スライム!!木砲を包んで保護してくれ。」
異世界雑魚モンスターの頂点ともいえる有名モンスター、スライムを召喚する。
青く透き通りつつも、粘度の高いドロリとした体が木製大砲の砲口以外を包み込む。
これで本体が衝撃で裂けるのを防ぐのだ。
「距離、よし。斜角、よし。狙いは直線で心臓の位置……3、2、1、発射ァ!!」
発火の魔術を使ったと同時に鋭い炸裂音が鼓膜を叩き、森巨亀の脇腹が爆ぜる。
弾速が早すぎて黄金色の槍は残像も見えなかった。
森巨亀が大きく身をよじった。
確かに手ごたえを感じる。
スライムは衝撃で散らばってしまったが、木製大砲は無事だ。
クレイハウンドは背中が少しひび割れたが、まだ動ける。
────だが、心臓までは達していない。
ほとんど肉に埋まっているが、確かに焦げた黄金色の槍が脇腹に突き刺さっているのがみえる。
あれでは、心臓までとどいてはいまい。
相当な威力はあったはずだが、森巨亀の外皮や骨は想像以上に硬いものだったようだ。
「クレイハウンド、まだ走れるな? 」
クレイハウンドの背中にまたがると、クレイハウンドは俺を乗せたまますっと立ち上がる。
もの〇け姫をみてから、大きい犬に乗るのが夢だったんだよな。
「って、今はそんなこたどうでもいい。もう一発ぶち込むぞ。」
そのタイミングで、ブリアナが思いっきり森巨亀の目に投石をしたのがみえた。
次の瞬間、ふたたびあのツブテを飛ばす魔術が周囲一帯を吹き飛ばす。
「ぐぁ!! 」
クレイハウンドを盾にしたが、体中が裂け、血が噴き出す。
クレイハウンドは哀れにも土くれに戻ってしまった。
だが、まだクレイハウンド全匹がダメになったわけではない。
「こい、クレイハウンドッ!!」
別のクレイハウンドが猛スピードで近づいてくる。
ブリアナさんに目をやる。
ブリアナさんに向かったツブテは俺の倍以上あったはずだ。
範囲攻撃とはいえ、高位か、超位の魔術をもろに受けて無事なはずもない。
ブリアナさんは血だらけで倒れている。だが、生きているようだ。
手足が緑の岩のようになっており、あれが鎧替わりになったので助かったようだ。
「満身創痍だが、骨は無事だ。まだ戦える、野郎ぶっ殺してやる。」
木製大砲を抱えたまま、クレイハウンドにのって肛門側へと回り込む。
まったく、ふざけた大きさだ。
肛門から撃てば脇腹よりはダメージが大きいだろう。
だが、俺はさらに回り込み、反対側の脇腹へと狙いを定める。
「ハッ……お互い意識が朦朧としてんじゃあないか? お前が連続して魔術を使わないのもそれが理由じゃないか? まあなんでもいい、これで終わらせてやる……発火」
先程と同様に大砲を打ち込み、脇腹を爆ぜさせる。
だが────────やはり、心臓には届かない。
「ッ!! やべえ!!」
次に飛んできた魔術は、ツブテではなく針山のような数えきれないほどの土の杭だった。
「スライム!!クレイハウンド!!木砲を立てろ!!」
こちらにむかって波状に広がっていく土の杭を、立てた木製大砲の上に乗ってやり過ごそうとする。
だが、うまくいくはずもなく、杭が刺さる直撃は避けたが打撲は負ってしまった。
「ッがは…………ったく、あぶねえじゃねえか。こっちに木製大砲を超える威力の攻撃は無い。一酸化炭素が効かなかった時の保険だったが……いてて。」
森巨亀の目は閉じられている。
あいつにとって、一番の今生の危機だったろう。
だが、それもこれまでだ。
「煙幕……青い煙を上げる魔術で、バルバ族特攻の合図だ。」
バルバ族は森巨亀が動けなくなってから攻撃するという話であった。
だが、いまはまだ森巨亀は魔術を行使できる。
このままつっこめば、バルバ族はこんどこそ全滅するかもしれない。
そうなれば、森巨亀の勝ちだ。
「…………まあ、そんな都合よくはいかねえんだがよ。」
背嚢からスクロールを取り出す。
「俺もお前も間が悪かった……俺にとってはお前が最悪だし、お前にとっては…………俺が最悪だった。俺がここにこなきゃ、お前の独り勝ちだったんだがな。なあ、いまのお前は一酸化炭素中毒で体中の臓腑が機能低下してるはずだ。もちろん心臓もな。だからよ……」
────────治療してやるよ
「永久に眠れ、森巨亀。木製大砲は切り札じゃねえ、切り札のパーツにすぎないのさ。雷竜点睛!! 」
スクロールが手の中で青白い炎につつまれ、体中から魔力が吸いだされる。同時に、魔力結晶からもグングン魔力が吸いだされ、電撃の竜が飛び出た。
圧倒的な魔術も、森巨亀の前では小さくみえる。
おそらくただの雷竜点睛では森巨亀を倒すことなど到底かなわないだろう。
だが、この状況であれば。
体に二本の金属が刺さっている状態であれば、話は変わってくるだろう。
雷竜点睛が青銅で出来た黄金色の槍へと吸い込まれていき、びくんと森巨亀の身体が撥ねた。
「青銅は銅に比べて電気を通しにくいが……まあ、金属は金属だからな。その二本の直線状に心臓があるとなればAEDの完成だ。心臓に電気ショックを与えて心肺機能を復活させるためのもんだが……少々威力が強すぎたかな。」
たしかあっちは100ジュールくらいだったけど、こっちは……計算できないな。まあ10000倍じゃあ効かないだろ。
全身の血が機能しなくなり、心臓が焼き潰れた森巨亀の頭にバルバ族が群がるのを見届けてから、ポーションの小瓶を煽った。