乗り物(ドッグスレッド)3
体をゆすられる感触がして、脳が覚醒を始める。
「起きてください、です。勇者様起きてください。」
「あと5分……」
おきまりの台詞を言いつつ、それとは裏腹にしっかりと起きる。
首をさすりながらシェルターの中から周囲を確認すると、まだ空が白む前の暗い時間──深夜だ。
「うん、いい時間に起きたね。ギリ月明りでも移動できるな。」
「そうですね。あ、おはようございます。です。」
「はい、おはよう。」
おはようございますに”です”はいらなんじゃないかな。
もう口癖のようになってしまっている。
辺りは暗いが、目が慣れてくればそれなりに見える。
だが人は夜に生きるようには出来ていない。
道具が必要だな。
「目覚ましに光源を作ろう。」
尖った木の棒を使って葉に術式を刻む。
貝葉と言って、かつてアジアでは葉っぱに文字を刻んで保存していた。
刻む術式は発光という低位魔術。
魔力結晶を含むノジュールと共に犬ぞりの先端に取り付け、自分達に発光しないよう返しを作る。
これで犬ぞりの進行方向だけを照らす光源────走行用前照灯「ハイビーム」の完成だ。
「それは何ですか? です。」
もう何度目かの同じ質問を受ける。
反応があるのは素直に嬉しい。
工作は誰かに見せたくなるものだからね。
「これは……ほい。」
ハイビームを発動させると、暗がりを指向性のある強い光が引き裂いた。
「うわ、すごいですね。これなら夜でも移動しやすい、です。」
「ああ、魔物を引き寄せる可能性もあるけど、まあ犬ぞりに追いつける魔物は少ないんじゃないかな。」
あくまで予想だが、この辺りに犬ぞりを超えるような速度で移動できる生命体は鳥くらいしかいないのだと思う。
カメ達はいわずもがな、蛇なども巨体にしては早いがクレイハウンドの速度を超えることはできない。
「じゃあたっぷり水を飲んで出発しようか。」
「はい、です。」
寝る前に井戸の魔力結晶を回収していたので、井戸水は半分ほどになっていたが二人の喉を潤すには十分だった。
影脅しのハイドラ3匹とブリアナさんに手伝ってもらいながらティピー型シェルターを解体し、背嚢に詰めていく。
「それはすごいものですね。です。なんでもはいっちゃう。」
「ああ、これか。これは勇者にだけ使える特別な魔術でね、他の人には絶対に内緒だよ? 取り返しのつかない事になるからね。絶対だからね、いいね? 」
「ッ!? わわわ、わかりました。です。でもやっぱり勇者様はすごいです。です。」
”です。です。”はもう何か違うだろ。
別にいいけどさ。
だがこの背嚢の事が他の人に知られるのは出来るだけ避けた方がいいだろう。
勇者らのチートスキルは様々あると思うが、正直この背嚢に勝るものがそうそうあるとは思えない、これはそれほどの代物なのだ。
それこそ、これ一つで貧しく迷える民を救ったり、魔王を倒したり、世界だって救えるかもしれない。
問題は、俺一人ではそれを成しえる力を持たない事だ。
道具はあくまで道具であり、それを扱う者に大きく左右される。
つまりそれを成そうとするのであれば、それを成そうとする何者かがいるのであれば……まあ、俺は安心して暮らすことはできなくなるだろう。
俺が持っているよりも別の誰かが持っているべき、という事実が最も恐ろしいのだ。
「よし、とりあえず持てるものは全部持ったね。」
暗い中で再度周囲を確認し、見落としがないかをチェックする。
忘れ物でもしたらどうしようもない。
すぐ死んぢゃうの。うん。
秘密兵器に食料・水、ティピー型シェルターの材料、その他土器等もろもろ。
「世話になった、さらば。」
「さらば、です。」
土地と恵みに対して一礼する。
意味なんてない、ただの自己満足だ。
だから別にブリアナさんはマネしなくてもいいんだよ。
犬ぞりに乗り込み、手綱を握る。
俺が前を向き、ブリアナさんが後ろを見る形で乗り込む。これが一番広くなる乗り方なのだ。
二人で乗り込むとかなり狭く、ブリアナさんと背中合わせに密着する形になる。
ブリアナさんの高い体温を感じる。人間種ではなく竜人だから体温が高いのだろうか?
これならブリアナさんが落っこちてもすぐに気が付けるな。
汗の匂いもするが、これも人間とは少し違う体臭だ。
ことっておくが別に少女の体臭を嗅ぐ趣味はない、だんじてない。
「じゃあ犬ぞりを走らせるよ、かなり揺れるからその縄ずっと握っててね。」
「はい、です。」
「ハイヤッ!!」
某主人公が緑色の服をきた王女の伝説みたいなタイトルのゲームの真似をし、はいやという掛け声で犬ぞりを走らせる。
木製のブレードでの悪路走行は思った以上に衝撃が強い。
というか早い、思った以上に速い。
暗闇を光の矢が貫いていくように、4頭立ての犬ぞりは夜の荒野を疾走する。
体感30~50km/hは出ているかもしれない、そこまでのスピードが出るとは思わなかった。
俺は現代社会の車でもっと早いスピードに慣れているが……
「あ”ぁ”~~~~~~~!!!! あ”ぁ~~~~!!!! 死です!!これが死です!!!! 」
うん、違うよ。
ブリアナさんには未体験のスピードだったのだろう。
終わりの見えない絶叫マシンに乗っているようなものだ。
しかもブリアナさんの視点だとほぼ真っ暗なので、恐怖は倍増だろう。
「ブリアナさん、死なないから大丈夫だよ。」
「あ”ぁ”~~~ゆ”う”じ”ゃ”~~~~さま~~~~!!!!」
こらこら、『じ』に濁点をつけるんじゃありません、それ人間の発声器官じゃできないからね。
どこからだしてるのそれ。
「いや、まじめに魔物引き寄せるかもしれないからやめようね。怖いのわかったから。」
先ほどから突っ張るように背中を押し付けてくるのだ。
そこだけ蒸し暑い。
「2、3時間もあればつきそうだね。」
「死です!!死がそこに迫ってきています!!」
「シューベルトの魔王の子供みたいな事をいうんだね。いやマジだったら怖いんだけど……異世界だしありそ…………いや、ないない。フラグを立てるのはやめよう、俺はフラグクラッシャーだ。」
勇者様には魔王が見えないの?
王冠とシッポをもった魔王が
ブリアナさん、あれはただの霧だよ
勇者様、勇者様!
魔王のささやきが聞こえないの?
落ち着くんだブリアナさん
枯葉が風で揺れているだけだよ
「もうちょっとゆっくり走りましょうよ!! 」
「いや……夜明け前につきたいし……」
勇者は恐ろしくなり 馬を急がせた
苦しむブリアナを腕に抱いて
疲労困憊で辿り着いた時には
腕の中のブリアナは息絶えていた