水を探して(アクア・サーチ)
サバイバルには優先事項が存在する。
1. 水を確保する
2. 寝床を確保する
3. 火を起こす
4. 食料を確保する
聞きかじった程度の知識だが、基本的にはこの4つを確保することが何よりも重要だ。
状況によって変動するが、この順番通りに行動していこうと思う。
通常は体にあるエネルギーを使い切る前に水分が切れる為、食料の確保よりも水の方が優先度が高い。
日本の平均的な気温であれば3日間は水を飲まなくても生きていくことは可能であるが、異世界のこの暑さであるなら1日……いや、半日も持たないかもしれない。
一応異世界冒険キットの水はあるけど、数日間これで持たせることはまず不可能なので、早急な水源の確保が求められる。
次に寝床と火は気温が下がる夜に体温を維持するための防御策だ。こういった気候は昼夜の寒暖差が激しいうえ、雨が降ると通常よりも格段に速いスピードで体温が奪われ、あっという間に低体温症になって生命維持ができなくなる。
雨を防ぐには傘だけでは心元ないし、火も水の煮沸や食料の調理に使うことになるから、どちらも確保は必須だ。
ボーイスカウト等で得た知識であるが、まさか実際に使う機会が来るとはおもってもいなかった。
あ、いや……水の煮沸は病毒対抗スキルがあるからいらないかな? 道具もないし。
「水は瓶4つ分……5ℓくらはあるかな? 多少は大丈夫としても、長期的に滞在する上では必要不可欠だし、そもそも長期滞在する理由が長旅だから、大量の水とそれを保存する容器は必要だな。」
しかし、禿げ山に荒れ果てた大地、水源のようなものは見えない。
地面は所々ひび割れており、砂のような土と尖った石が目立っている。
もう少し環境が悪ければ、砂漠といっても差し支えないような環境だ。
炎天に乾いた土地のようだが、まばらに生えた低木やある程度群生した草が確認できる為、まったく水がないわけではないだろう。
「あの禿げ山の谷……いや、せいぜいが溝ってところか。そこに並び立つように木が立ってる……おそらく、あそこに地下水があるんじゃないだろうか。」
まばらに生えた低木と違い、禿げ山の谷や溝に生えている木はそれなりの大きさだ。
青々と葉をつけた木が生い茂っているとは言い難いが、あの大きさの木が育つにはそれなりの環境が必要だと思う。
「大きい木は深くまで根を張るから、表面だけじゃなく地下にも水がある証拠だって読んだことがあるぞ……それが確かなら、井戸なんかが作れるかもしれない。」
平原を少し歩いて山の麓にまで登り、木の近くにたどり着いて周囲を確認する。
山の土も土壌とは呼びにくい代物で、砂っぽい土と尖った石ばかりで非常に登りにくかった。
植物も山にある小さな谷以外は、枯れたような色の草がまばらに生えているだけだ。
周囲には地震か何かで出来たであろう断層が見えるので、内陸型の地震にも警戒する必要があるかもしれない。
「……………………ああ、やっぱりだ」
辺りを調べた結果、望んだ通りの物があり思わずニヤリと笑みを浮かべる。
女神に出会ってから初めてうまくいった気がする。
この谷にある石は他と比べて丸みを帯びていたのだ。
「丸みを帯びた石や、山に谷が出来るのにはいくつか条件があるけど、ここの場合はおそらく削られて出来たもの……つまり、ここは昔”川”だったんだ。 」
河川侵食谷──山を長い時間をかけて川が浸食することで出来る地形。
そしてその川底にある石には、削られて丸いものがある。
そうでない場合もあるが、谷以外の様子と比べてここまで異質であるのは、ここにかつて川が流れていた証拠にほかならない。
もしかしたら──ではなく、おそらくここには地下水があるのだ。
地下水のある場所まで掘ることができれば、大量の水を得ることもできる。
「試してみるか。女神からもらったこの力、魔術ってやつを──つっても、最低ランクの魔術しか使えないから深層まで掘るのは難しそうだけど。」
女神からいつの間にか授かっていた知識によると、魔術にもランクがある。
低位、下級、中級、上級、高位、超位、そして精霊域の7種。
さらに上の神域や界域というものがあるが、これらは存在からして怪しまれているもので研究者が学術目的に調べる程度。
超位が人間の限界といわれており、精霊域は極々少数の勇者や英傑と呼ばれる存在が使ったという記録が残っているらしい──あくまで”らしい”だ、実際に自分で調べたわけじゃないから正確な部分はわからない。
魔物をバンバン打ち倒すような魔術は中級程度から。俺が使えるようにしてもらったのは全てが低位魔術であり、日常的に便利使いされているようなものがせいぜいだとか。
「一応ステータスでは俺の適正は土属性らしいけど、それでも低位魔術じゃ地下水の層までは掘れない……けど、こういう魔術なら使い道がある。」
手をかざし、魔術の起動準備に入る。
体の中にもう一つ心臓ができ、そこから血管のようなものが体中にめぐりだす感触。
その血管から手の先に血と力が集中していくような、経験したことのない感覚。
「水感知──記念すべき初魔術がこんなんとはね。」
水感知は狭い範囲で水を探し、自らの元に導く魔術。
ただ範囲が狭すぎて、目視で探したほうが早いのであまり使われなそうな魔術だ。
魔力量が大きい者なら、そもそも水を生成すればいい話であるし。
地下水もそこに水源があると知っていなければ、探知しきれないレベルなのであまり役にたたない魔術だろう。
しかし、そこに地下水があるという可能性が高いとなれば話は別だ。
「お、きたきたきた。」
じわじわと地面が湿ったかと思うと、小さな水たまりが出来る。
どうやら、ここには本当に地下水があったようだ。
あまり役に立たなそうな魔術でも、地下水を自らの元に引き上げることができるとなれば、たとえば井戸作りにおいてこれほど頼もしいものもない。
地下水の層まで掘る技術や力も無く、ましてや真空を利用した揚水ポンプも作れない以上、井戸の作成は困難を極めるのだが、この魔術があればうまくいきそうだ。
魔力リソースさえあればずっと魔術を展開できる”術式”なるものもあるらしいし、それを利用すればこの魔術で色々と作れそうだ。
地下水を利用する井戸があれば、この厳しい環境の中でも安定して水を得ることができるだろう。
「あとはアイデアと努力次第だな……失敗するかもしれないし、というかいままでの人生はそういう事の連続だったし、慢心せずによく考えていこう」
とりあえず、水の確保は半分クリアだ。
次は寝床の確保だな。
周りに人がいない自然は強い孤独感に襲われます。
助けを呼べない状況や、手持ちに道具が無いという不安感も累乗してきます。
厳冬期に素手で登山した際にそう感じました。
落ち着かないと的確な判断ができなくなるのです。