乗り物(ドッグスレッド)1
背嚢から2mほどの木の幹を2本取り出す。太さは腕くらいだ。
端と端を少し削り、縄を結んだりかけたりする部分に加工する。
「ブリアナさん、ちょっとその縄持って来て手伝ってくれるかい。」
「これは何を作るのですか? 」
「ああ、これは……って、もう1本も完成したのかい。」
縄をもったブリアナはそう尋ねてくる。
もう自分の身長くらいの縄を縒ったらしい。
うーむ、実に器用で素晴らしい。俺の倍は早いんじゃないだろうか。
俺には知識はあっても技術が無い、所詮はその程度の矮小な存在だからな。
こういう自分にうまく出来ないことを熟せる人は素直に尊敬できる。
「ブリアナさんはすごいんだねぇ。」
「ッ!? いえ、勇者様ほどでは……」
「いや俺はまだ何もしてないんだけど……まあいいや、これは簡単に言うと弓を2本つくるんだ。」
「弓……ですか? その弓で森巨亀と戦うの? です。」
「いや、弓型というだけだ。これはブレード状の足になる。」
「??? ……よくわかりませんが、手伝えばいいのですね。」
「ああ、俺がこの枝を曲げるから、弓を作るみたいに縄で結んでくれ。そうだ、俺は魔物も召喚できるけど驚かないでくれよ、眷属みたいなもんだから平気だ。」
「ええ、最初にみてました。です。」
ああ、そうか……おれは最初に出会ったときに影脅しのハイドラ達を体に巻き付けてホットなリミットしていたんだった。
普通に見られていたな。
「じゃあ大丈夫だな。ハイドラ、この木を曲げるのを手伝ってくれ。」
影が水面のように揺れ動き、3匹の黒いウツボのようなものが出てくる。
「曲げる角度は……30℃くらいでいい。徐々に曲げない今回みたいな加工だと折れちまうからな。3匹で端と端を掴んで、体をそのまま縮めてくれ。お前たちは縮む時に一番力が強く働いてるみたいだから。」
俺は端に縄を括り、片足で木を抑え込みながら縄をひっぱる。
ブリアナにも木に乗ってもらい、強い力がかかっても安定するようにした。
「じゃあブリアナさん、せーので俺らが力を加えて曲げるから、その間にうまく結んでくれ。」
「まかされました、です。」
「せーのっ……わっしょいわっしょい」
「わっしょッ!?」
「わっしょいわっしょい」
「わ、わしょいわしょい」
うん、ブリアナさんはいい子なんだね。
これで2本のゆるい弓型のパーツが完成した。
ハイドラ達と協力して大樹亀の腹甲を引きずってくる。
膠と縄が完成したらこれに弓型のパーツを組み合わせる。
各パーツの大きさを計る為、仮組をする。
「これが乗り物……ですか? 」
「ああ、これは犬ゾリだ。動力には犬型のゴーレムをつかう。」
「いぬ……ぞり? 」
「ああ、本来はもっと高緯度……動物があまり住んでいないような、とても移動しにくい寒い地域で使うものなんだけど、乗り物の中でも比較的簡単に作れるからこれにした。ここだと木で作った車輪は難しそうだけど、ソリなら乗り心地がやばい以外は大丈夫だからね。ブリアナさんの体格なら俺と合わせてぎりぎり2人乗れる。」
そう伝えると、ブリアナはぴょいんぴょいんと飛びながら嬉しがった。
さっきまでフラフラだったのだが……疲労ハイという奴だろうか。
体力はできるだけ温存したほうがいいと思う。
「これを使えば、すぐに里に着くんですね!!」
「ああ、犬型のゴーレムの速度にもよるけど、ゴーレムだから気候は関係ない。俺たちが3日徒歩で移動するよりも圧倒的に早いはずだ。」
「それはすごい、完成がたのしみ。です。」
「うん、じゃあ縄作りに戻ってほしい。座って休みながら作業できるからね。さっきまでフラフラだったんだから無理をしてはいけないよ、苦しくなったら横になって休憩してね。」
「あ、はい。ありがとう。です。」
縄作りもぶっちゃけ無理をさせているのだとは感じているが、だからといってただ休ませてあげられるほど余裕があるわけではない。
俺はこの後命をかけるのだ。彼女も命をかけてここまで来た、ならついでにもうひと頑張りしてもらう。
割とひとでなしだが、リアリストとはそういうものだ。
「じゃあ俺はあっちの窯のところで作業してくるけど、危ないから近づかないでね。」
そういいながら、大岩蛇の皮と瓶と草、そしてあちらの世界と比べるとかなり大きな蟻の死骸が何十匹もはいった草包みを取り出す。
「それは……? 」
「ああ、これは…………森巨亀戦の切り札さ。」
「それが切り札……?」
「ああ、魔術の一種だと考えてくれていい。森巨亀も血は赤いんだ、不死身じゃないさ。」
低位魔術と現代知識、そこから作れる俺の最高の武器の一つだ。
さらに俺には数は打てないとはいえ高位・超位魔術をつかえる詠唱する本から毟り取ったスクロールがある。
これらだけでも勝てる可能性はあるが、もっと効果的に高位・超位魔術を活かす術があるはずだ。
現代知識をフルに活用させ、短時間で作れそうな強力なものを考える。
「うん、あれも作ろう。だけど木の加工が難しいな……」
腿くらいの太さの幹をもつ木の前へ来て、一つのスクロールを取り出す。
「上級魔術・風の荒爪!!」
無数の風の爪が木の幹を削り取り、けたたましい音と共に木は切り倒された。
さらに──
「低位召喚!!天牛幼虫!! 」
手には収まらないほどの大きな幼虫を5匹ほど召喚する。
白い体をモゾモゾと動かすその様子を虫嫌いが見たら卒倒するだろう。
天牛幼虫は木を喰らいつくす魔物で、成虫になると天牛虫となり、細い木をひと噛みで切り倒す凶悪な魔物となる。
「おまえたち、木の中をくりぬいてほしい。範囲はここからここまでで……なるべく綺麗な円で……」
虫に理解できているかどうかは知らないが、召喚された魔物は従順だ。それに賭けてみる。
うまくいけば、強力な武器になるだろう。
時間は大丈夫だろうか……もう少しはやく思いついて行動するべきだったかもしれない。
その考えは、ものすごい勢いで木を加工しはじめた天牛幼虫5体を見て杞憂に終わった。