文明の痕跡(ルイナ)
朝から移動し、真昼までかけて山に登った。
山頂からみた景色はどこまでも広がる荒野だったが、1点だけが黒ずんでいた。
あの一帯だけが黒い土というわけではない、おそらく黒い物質が無数に転がっているのだ。
距離はかなり離れているのだが、この距離からでも粒のようなものが確認できる為、物質の大きさはそれなりのものだ。
それに黒い一帯もかなりの大きさだ、小さな町一つ分はあるのではないだろうか?
「なんだありゃあ……炭か? 」
一番初めに考えたのは自然発火での火事。
落雷によって自然の森が燃え尽きて、その燃えカスが残っている。
木炭であれば非常に分解されにくいので、この環境であれば過去のものが表層に残っていてもおかしくはない。
だが、この可能性は低いように思う。
まず、この気候であそこまでの森があるとは思えない。
あったとしても、全て燃えてしまって何も残っていないということがあろうか?
それくらいの森を育む土壌があるならば、消し炭の大地からも緑は芽吹くはずだ。
だが、あそこにあるのは炭ばかりだ。
次に考えたのは黒い植物群。
俺が知らないだけで、異世界には真っ黒な植物群が大量に生えているというものだ。
だが、これも違うだろう。
ここまででそういった植物を見たことがない。
あそこだけに生えているというのもおかしい話だ。
もしかすると特殊な環境──たとえば塩水湖を好む塩生植物がそうであるように、他の生き物が生きられない環境に適応した結果その生き物だらけになったという可能性。
いや、それにしては大きさがバラバラな気がする。
ここからでは判断が難しい……離れすぎている。
「クソッ……望遠鏡でもありゃあな。」
次に魔物の群れ。
これなら大きさにばらつきがあるのも納得できるが、あの数の群れを成すとは思えない。
元の世界のヌーの群れ以上で、その群れを支えるほどの食物は無い。
それに動きが全くないので、魔物という線は薄いだろう。
あれほど真っ黒な体色というのも、この地で生きていくには不利に働きそうなものだ。
「どれも線が薄い。近づかないとわからないな。」
進路を変更し、あの黒い一帯に近づくべきだろうか……?
あそこに資源があるとは思えない。
北の方面にあったほんのりと緑が見えた場所に向かった方がいいだろう。
どうするべきだろうか?
「食料と水は1日分くらい余裕がある……もしかしたら人の痕跡があるかもしれない。やみくもに北に進むより、何か目的地へのヒントがあるかも。よし、行こう。」
そう、人の痕跡だ。
人がいたならば木材をあちこちから集めて利用していただろう。
この地である程度の人口を維持するのは難しい気がするけど、もしあそこにオアシスがあったとしたら小さな町一つ分くらいならなんとかなるのではないだろうか?
なんらかの理由でオアシスが枯れた、もしくはオアシスを奪い合った結果、魔術での戦争になってすべてが炭と灰になった……うん、ありそうな可能性だ。
「降りる時の方が危なっかしいな……ハイドラ、頼む。」
3匹のハイドラ達の変幻自在な体を活かして下山していく。
体にハイドラ達を巻き付けて、時折手やロープ状に体を変化させスムーズに下っていった。
─────
西日に向かって日傘をさしてもらいながら、黒い地帯にたどり着く。
山からさらに10~15km程度は歩いただろう。
もうヘトヘトで、今日の移動は間違いなく終わりだ。
明日にも響きそうだ……やはり炭水化物やその他栄養失調によってエネルギーが不足しているのだろう。
その一帯に近づくにつれて、黒い物体の正体にも気が付く。
どうやら、燃えた家屋のようだった。
この一帯が、漆黒に変わった町だったのだ。
ギリギリ骨組みを残した家や、完全に崩れ去った家の消し炭が無数にある。
これが遠くからも目立っていたのだ。
その一つに振れれば、炭化した部分がさらりと崩れ、手に付着した。
「ある程度風化も進んでいるみたいだな。かなり前のものだろうけど……植物や微生物が少ないから分解が進んでないんだ。」
せいぜい荒野に吹く乾いた風と砂が削り取っていった程度なのだろう。
炭が分解されにくいというのもあり、加工された石と炭だけがかつての町の痕跡を残していた。
しばらく探索したものの、炭と石以外に見つかったのは溶けだした金属器のスラグ、ガラス、ところどろこで固まった大量の灰、そして────いくつかの人骨。
「確かにここには町があったんだ。」
素材として使えそうなものは収集しておく。
木炭や石灰や炭酸カルシウム、炭酸ナトリウムに硝石、燃え尽きて道具などはなくなっているが素材は使える。
いや、風化していてわかりにくいが発掘すれば道具なども残っているかもしれない、何日か滞在する余裕はあるし素材や遺物集めをするのも悪くない。
「低位魔術には硫酸を生み出すものがあったし、素材から別の素材を精製できるかもしれないな。」
道具は足りないが、素材だけなら塩酸なんかも作れるし、電気の低位魔術があればダガーをつかっての電気分解も出来なくはないだろう。
魔術がある世界で化学ごっこをするのも億劫だが、低位魔術では出来ることが限られている。
まあ、火薬爆薬くらいは暇があったら作っておこう、現状の最大火力は薪に火を付けるだけの発火だし。
「っさて、町の構造はこういう風になってるみたいだな。」
町はドーナツ状に広がっているようで、中央にはオアシスだったのか乾ききった窪地があった。
やはりオアシスを中心に栄えた町だったのだろう。
しかし、あるとき町一つを消し炭にするくらいの力を何者かがふるったのだろう。
人々が生活を送っていた、この地でだ。
生活感がなくなるまで、人はもちろん、その道具の一片までもを丁寧に燃やしつくしたのだ。
徹底的に滅ぼされ、オアシスも枯らし、二度とこの地に人が栄えぬように。
「まるでこの町……いや、人の文明を否定しているみたいだ。」
頭に一つのキーワードがちらついた。
──魔王。
それがどういった存在なのか、まだ俺は知らない。
だが人類に敵対しているような事を女神が言っていた気がする。
そして、その魔王を倒すのが勇者としての俺の役目なのだとも。
長い溜息をついた。長い長い溜息だ。
進路を変更し、半日をつぶしてまで来たこの地に何もなかったからだろうか。
町一つを破壊しつくすような強大な存在にモチベーションを奪われたからだろうか。
たぶん、両方だ。俺は疲れていた。
「おもえば、確かに町の近くには転生したんだよな。滅んでたんだけど。」
女神ガビーは始め、最低でも1日歩けば町へたどり着けるといっていた。
流石にこんな場所へ転生させようとはしていなかっただろうが、転生魔術(仮)の条件として近くに町があるというものがあったとしたら、それは満たされていたのかもしれない。
転生した場所の近くには魔力結晶を含んだノジュールがいくつもあった為、魔力が充満していて召喚地点として引き寄せられたとか。
ひとつひとつ、今までの出来事に理由をつけて考えていく。
そこから荒野脱出のヒントを探していく。
「もし生き残りの集団がいたとしても、ここから離れた地に行くだろうしな。魔王が滅ぼしたと決まったわけじゃないけど、戦争とか何かそういう恐ろしい存在から逃げるとしたら、できるだけ遠くにいくはずだ。」
そういう人たちはどこを目指すのだろうか。
やはり水場だろう。
ここも枯れているがオアシスがあったようだから、この荒野において人は水場の近くに住むということは間違いない。
「うん、やはり水場を探そう。人が生きていたというだけでも発見があってよかった、そういう風にポジティブシンキングするんだ。」
いいほうに考え、思考がネガティブなループに入るのを無理やり阻止する。
背嚢から大量の枯草をだし、下に敷く。
毛布や毛皮なんて大それたものはないので、これが今晩のベッドになるのだ。
背嚢を2つ重ねたものを枕にし、風と砂から頭を守るために着替えを頭に被るのだ。
木炭を再利用して火をおこし、植木鉢亀の串焼きを作って焼く。
ついでに岩山蛇を3切れほどハイドラ達に与える。
こいつらがどれくらい食べるか知らないが、一応一日に一回は飯を食わせている。
そんな野営の準備をしていると、いつのまにか日が暮れて夜になっていた。
そこでふと気が付く。
町の真ん中、枯れたオアシスの窪みの中心に何か橙色に光るものがある。
夕暮れ時の明るさでは気が付かなかったのだろう。
「なんだろう……近づいてみるか。魔物だったらいやだな。」