井戸作り(ディグウェル)2
俺は井戸作りの為に岩陰に降りたところ、巨大な蛇に出会ってしまった。
冷静になればそりゃそうだ。この酷暑の中で動物が生き残るには日陰は必須と言っていい。
砂漠でもヤシやサボテンの日陰、岩陰に蛇は隠れているのだ。
「やっちまったぜ……こいつは間が悪い。」
手槍を握ったまま、袋から太い木の棒を取り出す。
槍よりも打撃武器のほうが相性がいいと判断した。
大きな蛇といえばアナコンダなどであるが、現地の人は陸におびきよせて木の棒で叩き殺すという。
蛇が尾を振り威嚇する。
蛇は視力が悪く、代わりに嗅覚が非常に発達している。
あの舌をちろちろとさせているのは、口の中にある臭いを感じる器官を使っている為だろう。
ヤコブソン器官というのだったか、それに蛇の顔をみれば赤外線放射の感知器であるピット器官もそなわっているようで、俺の体温を感知しているのは間違いない。
蛇の大きさは8mほどで、俺くらいなら簡単に一飲みできるだろう。
だが威嚇しているということは襲う気はないのか……? いや、それは総計だろう。
このような気候に大型の蛇がいることは驚きだ……餌となる動物の数が少ないからだ。
だとすれば俺のような獲物は決して逃そうとはしない。
捕食動物特有の素早い動きから考え、瞬発的な動きならばきっと俺よりも早いだろう。
ただスタミナは間違いなくこちらが上だろう。人間のスタミナは地を行く動物の中でも相当上の方だ。
走った人間においつける蛇はそう多くない。
気を引けば逃げ切ることができるかもしれない。
だが、ここで蛇を捕ることができれば大きな収穫になる。
「召喚!!大ネズミ!!」
俺は低位召喚を使い、一抱え程もある大きな茶色いネズミを蛇に向かって召喚する。
蛇はそれを感知し、一瞬でネズミにかみつく。
すまんネズミ……これも戦いだ。
蛇は新しい獲物を優先的に狙う習性がある種もいる。
この蛇にもきっとそういう習性があったのだろう。
「いまだハイドラ、できるだけ大きくなれ」
足元の影な波うち、影脅しのハイドラが蛇よりもさらに一回りは大きい黒いウツボの化け物に変化し、口を大きく開けて威嚇する。
それに驚いたのか、蛇は逃げるように反転してネズミを咥えたまま岩場の奥に引っ込んでいく。
だが、これで終わらせるつもりはなかった。
あの蛇に教えてやろう、捕食や餌を探す時こそが動物の死因№1であるという事を。
「蛇の視野は60度くらい、後ろから近付けば……ハイドラ、いくぞ。できるだけ細長い蛇みたいになって俺に巻き付いてくれ。」
小さくなったハイドラが俺に巻き付くと、蛇を見失わないうちに弾かれたように飛び出した。
あの蛇は最初俺を捕食するつもりだったのだろうが、捕食者はお前だけではないのだ。
あれだけの大きさなら、かなりの肉や皮を得ることができる。
蛇はこちらの方をみず、一目散に岩の裂け目に入ろうとするが、その尻尾をつかんで引きずりだす。
蛇もすさまじい力で抵抗するが、絞めることに特化した筋肉と体形では踏ん張りはきかない。
加えていたネズミを離し、こちらに牙をむく。
大丈夫、蛇はその絞め付ける力が強いのだ。
噛む力もそれなりに強いが、絞め付ける力はこの巨体だと数百~1tにもなるかもしれない。
噛まれた後に絞め付けられればお終いだろうが、噛まれるだけならなんとかなる。
左手で手槍を伸ばし、右手で棍棒を構える。
蛇は手槍を噛もうとするが、その鋭さに身を引いた。
その瞬間を狙い、めちゃくちゃに右に棍棒を振り下ろす。
脳天に直撃とはいかないが、なんどか首元に打撃を与えた。
一瞬ひるんだ蛇に勝利を確信するものの、それはあやまりだった。
蛇は俺の足元に噛みついたのだ。
「痛ッ!!この馬鹿野郎が!!!!!!」
蛇はすぐに首を引いたが、それを許す俺ではない。
手槍と棍棒を捨て、蛇に飛び掛かる。
首を絞め、押さえながら腰に差していたダガーを引き抜く。
蛇は俺の体を絞めつけようとするものの、首元を抑えられているためその動きは本来の半分の速度も出せない。
「いまだハイドラ、でかくなれ。」
俺にあらかじめ巻き付いていたハイドラがどんどん大きくなる。
こうすれば体積が増え、蛇が巻き付きにくくなる。
体制を崩されれば首を抑えていようが体に黒ウツボを巻き付けていようがあっというまにグルグル巻きにされるが、残念ながらこの程度のマウントポジションの維持が出来ない程度では勇者とは呼べないだろう。
腰からダガーを引き抜き、こんどこそ脳天めがけて突き刺した。
蛇の動きが鈍くなるが、どうやらまだ動くらしくハイドラごと俺を絞めつけてきた。
だが焦ってはいけない。もがけばもがくほど強く絞めつけるのが蛇だ。
「ハイドラ、小さくなって影に隠れてくれ。」
ハイドラが一気にしぼみ、影の中に入っていく。
そうして蛇の絞めつけが緩んだ隙を見て、ゆっくりと拘束を逃れる。
手槍をとって頭に何度か突き刺し、完全にとどめを刺す。
ふと、脳に機械的な音声が流れる。
──”LvUPしました。Lvが4になりました──
どうやらまた強くなったらしい。
実感はないが──いや、魔力量の総量が上がった感覚はある。
そういえばLv1の時点でそのあたりの村人くらいの強さだとか何とか、そんなことを駄女神が言っていた気がする。
Lvの上り幅は知らないが、同じくらいのLvの村人よりは強いのだろう。
「ふー、あぶなかった。やっぱりでかいと強いな。さて、足を何とかしないとな。」
足の噛まれた部分を見る。
服の上から牙が貫通し、肉を貫いた跡があった。
毒は……病毒対抗があるのである程度は大丈夫だろう。
感染症の心配もないのはとてもありがたい。
「けど、一応洗っておくか。水生成出力最小。」
ちょろちょろと流れる水で傷口を洗い、異世界冒険キットの包帯を巻いておく。
これでとりあえずは大丈夫だろう。
足は痛むが、活動できないほどじゃない。
「さて、エネルギーを補給しますか。昼飯がまだだからな。」
とどめを刺してもまだ動いている蛇の首をつかみ、やや大きめの岩に乗せる。
100kg近いかもしれないが、蛇は引きずりやすいのでそう苦労はなかった。
もしかしたらLvが上がったことで膂力が増えて、そう感じているのかもしれない。
首をダガーで切り落とし、切り口に齧り付く。
ゆっくりとあふれてくる血を飲むのだ。
本来は非常にリスキーな行動だが、スキル病毒対抗があればなんとかなるだろう。
血液の半分は血漿なので水分補給ができるはずだ。塩気のある液体なので大量にうしなった汗のミネラル分もある程度は補給できるだろう。
生臭い鉄の荒々しい味が口いっぱいに広がり、おもわずえづきそうになるが、一滴も無駄にはできない。
ゆっくりと扱いて血が出るように促す。
しばらくそうして、500mlは血を飲めただろうか。
「おえっぷ……ぶふー。クソまずいけどごちそうさまでした。」
血液は水分もだがカロリーもそれなりにある。
血中にはタンパク質と脂肪分、それに糖分もわずかに含まれている為だ。
全身にエネルギーや酸素を送る機構のひとつなので、当たり前といえば当たり前だが。
血を好んで取る動物がいるのもうなずける。
こんなに血を飲んだのは初めてだが、吸血鬼との味覚の違いは大きそうだ。
こんなものをうまそうに飲むんじゃありません。全く。
次に蛇の解体に取り掛かる。
スキル生存者の簡易鑑定で確認したが、この蛇は岩山蛇というらしく、毒はないらしかった。
おそらくその巨体でもって獲物を絞め殺し、食らうのだ。
ということはその巨体を維持するための餌がこの辺りにはあるということだ。
このあたりの生き物のスケールの大きさには驚かされる。
案外召喚した一抱えほどもある大ネズミも、この辺りでは平均サイズだったりして。
「蛇の解体はカメよりは簡単だ、骨格が複雑な形をしていないからね。」
まず皮をひっぺがす。
服を脱がせるようにズルズルと剥けるのだ。
この大きさと皮の分厚さならある程度の腕力は必要だが、Lvが上がっているからかすんなりと作業がはかどった。
頭を切り落としているので内臓も簡単に取れる。蛇の腹側には肉も骨もないので、皮を剥げば臓物がむき出しなのだ。
これもひっぱればあっというまに取れる。
あとは総排泄腔のあたりで尾ごと切り落とせば解体完了だ。
岩山蛇の肉と皮が手に入った。
余った尾はハイドラに上げる。
影に寄生する以外にも死骸などを食べるらしいので、狩りの成功報酬だ。
二人で倒したからな。
ハイドラは黒いウツボの形にもどり、グロテスクな食事風景で尾をたいらげた。
背嚢の中は時間も止まっているので、ここに得た素材を入れておく。
さて、はやいとこ井戸作りに戻ろう。
ここは魔物が次々に湧きそうだが、その度に誰のナワバリかを教えてやればいいのさ。