井戸作り(ディグウェル)1
酷暑の中では大量の水分が必要になる。
それには安定して水をとれる場所が大切だ。
井戸の制作にあたり、まずは甲羅に生えている木を切り離そうとしたのだが……
「なんだこの木……硬すぎだろ!!」
ダガーの歯が立たないのだ。
大きな盆栽のような木の樹皮は鋼のように硬く、小さな傷をつけるばかりで到底切り離せそうにない。
一応植物としての柔軟性はあるが、枝も大の大人が体重を掛けてもあまり曲がらない。
まるで大木をギュッと縮めたような、強大なものに感じる。
「気を切り離せないと、この甲羅を貯水漕として使うという井戸の案が……」
もうなんだか疲れてしまった。
ここに転生して最初に井戸を作ろうと思い、思いがけぬ幸運に恵まれて準備したというのに、どうやら失敗だったらしい。
カメの素材を使おうとせずに、初めから石などで井戸を作ればよかった。
岩の底にあった水だけでは生きていくのは難しい。
「なんだよもう、転生先がほとんど砂漠のみたいな乾燥地帯って時点で萎えてんのに、何もかんもうまくいかねぇ……早い奴なら今頃もうハーレム要員の最初の女ぐらいに出会ってそうなもんだぜ。」
水で得た気力を失い、完全に落ち込む。
サバイバルの悪い循環に陥ってしまう。
そうなれば生還は困難だ、もういっそ諦めるのも手だ。
もともと拾った命だ、惜しくはない……いや、やっぱり惜しい。
ワンチャンまた女神が拾ってくれるかもしれない。
いや、それはよく考えすぎだ。あの女神がそう何度も助けてくれるはずがない。
助けてくれるなら、とっくにコンタクトを取ってくれているだろう。
悪い奴ではないと思うが、女神ガビーはひどい奴だ。
さて、こういう時はどうするのだったか、どうやってこの悪循環を打ち破るのだったか。
そんな時、影が水面のように波打った。
ひょっこりと、黒いウツボのような生き物が影から顔を出す。
影脅しのハイドラだ。
子供にすら負けかねない、ひ弱な変幻自在の魔物。
生き物の影に寄生し、たまに出てきては驚かす習性をもつ。
だがこの荒野ではその姿かたちを変える能力でとても助けられた。
俺が死ねばこいつはどうなるのだろうか?
この地で生きていけるのだろうか?
俺はハイドラを撫でながら言った。
「お前のためにも、俺がしっかりしないとな。」
冷たい感触がする。かわいい。
もうこいつがヒロインでいいよ。
ウツボ系ヒロイン、いいじゃないかそういうのも。
そういうのが好きな人もいるだろう、俺はあまり好きではない。
「っぶねー!!またウツボをヒロインと見間違えるところだったぜ!!」
寂しいときや挫けそうな所に付け入るとはなんと恐ろしいことか。
ペットを溺愛して離さない人の気持ちが少しわかったような気がする。
俺はペットを飼ったことないからいまいち理解に苦しんでいたが、次からは歩み寄れそうだ。
オタクのワンチャンお可愛いですわね、でもうちのウツボのほうがもっとかわいくってよ。
ニョロリ
「冗談ばっかり言ってないでやることやらないとな。俺が召喚したんだし、責任もたねえと。」
こいつに罪はない(たぶん)
この地をなんとしてでも生き抜いて、こいつと一緒に生きていくんだ。
一方的かもしれないが、絆のようなものが芽生え始めていた。
砂漠で遭難した人が生き残ることを諦め、家族への愛を書き綴った事で再び生きる気力を取り戻し、生還した話を聞いたことがある。
これはそれだ。俺にとってこの異世界には思い残すことなどなかったが、出会って間もないこの矮小な魔物の為に生きてみようと思う。
それが精神力を保つ方法の一つなら、喜んでやろうじゃないか。
第一木が切れないからなんだっていうんだ、方法はいくらでもあるじゃないか。
思考が弱っていたのだ、頭を働かせれて冷静に考えればアイデアが湧いてきた。
「ダガーが通らなくても、木を切り離す方法はあるじゃないか。」
俺はハイドラに手伝ってもらいながら草を集めていく。
それを長い草を紐替わりにして一つにまとめ、束にする。
そこに適当な木の棒を差し込んで、簡単な松明にした。
枯草を少しまぜ、燃えやすくしつつも青い草を中心にすることで長持ちするように作るのがコツだ。
「どれだけ硬くても植物は植物、火で焼き切ることはできるはずだ。」
発火の魔術を使い、松明に火をつけた。
勢いよく燃え始めた松明を甲羅と木の根元に近づける。
ナナメにしているので、木の根元だけを炭化させ、のこりは加工できるようになったら木材として使えるよう工夫した。
俺が燃やしている間もハイドラに草や枯れ枝を集めてもらい、火を維持する。
しばらくそうしていると、木の根元は真っ黒に炭化した。
「よし、これならいけるだろ。」
木炭の硬度は通常であれば鋼の半分以下の数字、元が硬い木でもこうすればダガーは通るはずだ。
俺は乱暴にダガーを振り下ろし、焦げた部分を壊すように切り、まだ生木の部分に再び炎をあてがう。
それを繰り返し、小一時間ほどかけて小さな木をなんとか甲羅から切り離すことに成功した。
「ふー、これでなんとか第一段階突破だぜ。」
途中何度もハイドラと交代しながら、ようやく成し遂げた仕事に充足感を覚える。
木が生えていた部分の甲羅もすっかり黒くなっており、ダガーでつつけば簡単に崩れた。
こうして頂部にぽっかりと穴の開いた甲羅を手に入れた。
これをさかさまにして地面に埋め込み、水探知の術式を書き、魔力を伴う物質を置くことで地下から水をくみ上げる井戸ができるのだ。
地下水の場所には目星をつけていた。
シェルターを作った場所から300mほど離れた岩陰で、まわりからみて窪んだ場所だ。
太陽の角度から考えれば一日のうちほとんど日があたらず、他よりも水が溜まりやすく、蒸発しにくい場所なので地下に水が染みこんでいるはずだ。
あまり近くに水場を作ると、今朝の植木鉢亀のように魔物や動物が寄ってきて接触する可能性がある。
本来は大型のカメなど人間の格好の餌であるのだが、あんな魔術を使えるとなれば話は全くの別だ。
ちょっとしたネズミが大爆発をおこせてもなんの疑問もないし、大きな蜘蛛が人間を大量虐殺する可能性だってあるだろう。
ここが街中であれば、おそらくいるであろう冒険者などに話を聞くなり書物で調べるなりして周囲の魔物についての知識を得られるのだろうが、ここは文明のカケラも見当たらない未開の荒野だ。
ほんまあの女神ふっざけ……
「おっと、またマイナス思考に陥るところだった。あの女神もしまた会うことがあればこの手槍でブッスブッス刺してやる。さ、作業に取り掛かろう。」
岩陰の下にある砂地を手槍を使って掘っていく。
堀棒という原始的な道具に見立てて使うのだ。
ここだけ気温が低くて作業がしやすいな……それこそ酷暑を避けるならこういう場所に生き物は隠れてそうだよな。
「あ」
目が合った。
それは映像などでしか見たことがないような大きな蜷局を巻いた蛇だった。
黒と白の網目のような模様をしており、一番太い部分では俺の腿かそれ以上の太さを持つ巨体。
蛇には好戦的なものと億病なものがいるが、どちらも餌に対しては獰猛だ。
この大きさ、おそらく全長8mくらいだろうか? 大きすぎて目測ではわからないが、おそらく俺くらいであれば顎の骨を外して一飲みだろう。
手槍をつかむ手に力が入る。
カメと違い、蛇は魔術を使ってこなくても十分に危険だ。
ちろちろと舌をだし、こちらに首を擡げている。
まるで蛇ににらまれた蛙だ、全く動けない。
だれがカエルだよ、もうちょっとイケメンじゃ。