間の悪さ(ハードラック)
「というわけで暮井さん、不幸にもトラックに轢かれた貴方には、この女神ガビーの名の元に異世界に転生してほしいってわけなんです。」
およそ日本には似つかわしくない服装をした、見たこともないような美しい女性はそう語る。
人間離れした美貌とは、こういうものをいうのだろう。
暗い空間で事務机に座っているだけで、こうも華やぐ女性というのを俺は知らない。
この女性は先ほどから俺が交通事故で死んだ事、悲劇的でイレギュラーな死に方をした人を異世界に送り出していること、転生先の世界で勇者となり魔王を打ち倒してほしい事などを滔々と説明してくれた。
そういった非現実的なものを普段なら聞く耳持たず切り捨てる程度には現実主義者な俺も、不思議なまでに納得させられる雰囲気の話し方だった。
初めは女神を騙る不届きなコスプレイヤーかとも思ったが、日本には似つかわしくない服装を違和感なく着慣れている様子やら昨今のネットミームからこの状況を察し、おそらく異世界転生的な何某かであることはわかった。
それはわかったのだ……が。
自分でも不思議なくらいに落ち着いた心で、目の前の美女に静かに尋ねた。
「あの、ひとついい……ですか? 」
その質問に女神は静かにうなずいて答える。
「ええ、どうぞ」
「……俺、信号待ちをしていただけで、横断歩道を渡っている途中で信号無視したトラックが突っ込んできたわけでも、ましてやトラックに轢かれそうになっている子を助けたわけでもないし……確かに客観的にみれば悲劇的で声をかけたくなるかもしれないけど、ぶっちゃけイレギュラーというほどでもないような。」
ニュースでみれば心を痛めるような話ではあるが、残念ながらよく聞く話でもある。やりきれなさはあるが、当事者の俺としてはネット小説でよくみるような話と比較してしまい、あくまで”異世界転生”として考えるならいまいちインパクトに欠けるような気がする。
自分の死をそんな風に言いたくはないが……。
「いえいえ、そんなことはないですよ。普通に死んだのならあなたの世界の神があなたを正しく導くんです。イレギュラーなので別世界の私が横やりを入れてるってわけなんです。」
ああ、これは横やりなのか。死後に関しては詳しいわけもないし、知ると夜ねむれなくなりそうだから深くは考えないが、そちらの方もなかなかに複雑そうだ。
「えーっと、あなた死ぬ前のことを覚えてますか? 」
そういわれ、顎に手をやりながらぼんやりとする頭を回転させる。
俺はそのトラックに轢かれる前、何をしていたんだっけか……
「俺は確か信号を渡ろうとして……その時に歩行者用信号が点滅を始めたから、時間に余裕があるし走って渡るのもなーってんで、信号を待ってて……凄まじい衝撃と共に視界が捻転して……って、あー思い出したらなんだか辛くなってきた。もしかしてこれ急いで渡ってたら大丈夫だったやつ……か? 」
「はい、その通りです。」
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
思わず肺の中身をすべて吐き出してしまうくらい長い長いため息をつく。
昔からこうなんだ、絶望的な”間の悪さ”ともいうべき不幸体質。
人から良く言われる言葉ナンバーワンは「あんたっていつもタイミング悪いね」な男。
少し選択を間違えただけで取り返しのつかないことになって後悔する、そんな連続。
「貴方は何となくいつもよりも10分早く家を出た、これがまず最初のミスってわけなんです。そして次にいつもなら急いで渡る信号を今日は余裕があるからと待った。」
「待って、やめて、それ以上聞きたくない!! 」
「そして貴方が信号待ちをしている17m後方でマダムが抱えていたワンちゃんが逃走、慌てたドジっ子の運転する車がハンドルを切ってしまい、そのままなし崩し的に玉突き事故になり、あわてたトラックの運転手がアクセルを……」
「いや!!聞きたくない!! 」
耳に手を当ててあーあーと妨害に徹する。
これは確かに、俯瞰的に見ればイレギュラーである。
変に早く家を出なければこんなことには巻き込まれなかったし、無駄に落ち着いていなければ信号も渡っていた。
やりきれないのは、助かる道が無数にあったという部分だ。
なんとも間が悪く、きっと注意深く行動していれば防げたはずなんだ。
そう思うと悔しくて悲しくてたまらなくなった。
顔を伏せた俺を不憫に思ったのか、先ほどよりも優しい声色で女神が声をかけてくる。
「ですから、異世界でもう後悔のないようにがんばりましょう!! 」
ああ、こんな俺にも励ましてくれる人がいる。
そう思えただけで、少しだけ前を向く勇気が湧いた。
「はは、ありがとうございます。それで──魔王でしたっけ?それを倒せばいいんすよね?まかせてくださいよ、異世界転生ってんだから1つや2つ何かしらのチート能力があるんでしょ?うまく活用してちゃちゃーっとやってきますよ!! 」
自分を鼓舞するように異世界転生のお約束を早口でまくし立てる。
が、なぜか女神は目を伏せる。
おいどうした、なにかすごく嫌な予感がするぞ。
俺特有の間の悪さが発動する、そんな予感が。
もじもじと手を動かしながら、小さく震えた声で女神が話始める。
「あのですね……それが、じつは最近ちょこちょこと勇者を召喚していたんですけど”女神っくぱわー”を使い果たしてしまいまして、ガンガン無双できるようなスーパーチートはその…………明日だったら”女神っくぱわー”たっぷりの女神アクリーちゃんが担当だったのでそれはもう目を見張るような力を授かれたのでしょうが……えへへ。」
「…………ふぅー。」
パチリと額に手を置いた。
そんなことだろうと思った、別に誰が悪いわけでもないがなんともやりきれない。
むしろ貰えるほうが虫のいい話だと思う。
生身で何ができるとも思えないけど……。
一説では大人の男性でも素手ではめぇーめぇー鳴いているヤギに負けるらしい。
化け物みたいな魔物が跳梁跋扈する異世界で生きていけるのか?
いや、魔物がいるというのも俺の想像でしかないが…………たぶんいるのだろう。
女神の態度から、チートがなければ魔王討伐はきついんじゃないかと考えてしまう。
「あ、ああ!!そうだそうです!!一応デフォルトでついてくる翻訳スキルや病毒対抗はついてくるので、直ぐに死んで何もできないってことはないってわけなんです、大丈夫ですよきっと。Lv1の時から成人男性並みに強いですから、その辺りのLv2~4の村人さんくらいはあっという間に追い抜ける強さってわけなんです!!ほらほら低級ですが魔術も一通り使えるようにしておきますんで!! 」
わたわたと言い訳のような励ましのようなどっちつかずの言葉をかけてくれるのが心に染みる。
根はいい女神なんだろうな、なんたって女神なんだし。
何が悪いといえば、このタイミング、間の悪さだ。
「それで、チートも無しに魔王って倒せるもんなんすか? 」
素朴な疑問をなげかけると、女神は顔を伏せてしまった。
あ、これはいかんやつだ。
そう確信するほど女神の態度に出ていた。
「……………………」
「せめてなんとか言えよ!!おい!!」
すると申し訳なさそうに事務机の下から背嚢を2つ取り出し、こちらに渡してきた。
やんわりと膨らんでいる割に、何も入っていないような軽さだ。
「あのこれ、見た目よりた~~~くさん入る上に中の時間が止まっている不思議な背嚢なんです。勇者が旅立つ前に渡してる異世界冒険キットなんですけど……治癒の品々や着替え、数日分の食糧やちょっとだけならお金も入ってます。特別サービスで2つ渡しておきますので、これでなんとかがんばってくださいってわけです。さ、どぞどぞ」
「あ、どうも……うわぁすげぇRPGとかでよくみるアイテムがなぜか無限に持てるやつだ。」
こういう定番は抑えてるのか。
それっぽくなってきたじゃないか。
気も聞かせてくれる案外いい女神じゃないか……焼け石に水のような気もするけど。
「ま、チート持ちばっかりが転生者ってわけでもないでしょうし、やれるだけやってみますよ」
「お願いしますよ~暮井さん、あなたが功績をあげればあげるほど私の”女神っくぱわー”の回復もはやくなるってわけなんです。」
だから魔王を倒せと押してくるわけか……いや知らんけどね。
無理だったら速攻あきらめてその辺でスローライフでも満喫しよう。
安全な街でコソコソしながら生きていくのも悪くない。
せっかく拾った命を無茶な魔王討伐なんかで散らしてたまるか。
女神様には悪いが、俺は自分の可能性を無限に信じているご都合主義の非現実主義者ではないのだ。
勇者という肩書きがあるからと言って、対してメリットもないであろう魔王退治に勤しむほどお人良しじゃない。
「じゃ、こっちに来てください。今から比較的安全な街に転送するんで……多少座標がズレても1日くらい歩けばたどり着きますから。」
「あ、お願いします……ん? ズレる? 」
この女神は今すごく不穏な事を言わなかったか?
何やら嫌な予感がする。
「なぁ、ズレるってなんだよ。」
「そりゃ女神の干渉にも限界がありますから、いきなり街のど真ん中にポンッとはいきませんよ。それにポッと出てあやしまれるのも不本意ってわけなんです。」
「まぁ、確かに一理ありますが。」
最もらしい事を言われ、うまく丸め込まれてしまったぞ。
食料が入っているから1日くらい……いや、倍の量だから2、3日は大丈夫だろうな。
ボーイスカウトに入っていたし何も知らない奴よりは出来る自信はある。
しかし、背中に冷たいものが伝う感触……何か致命的な事が起こる予感。
生まれてこの方、俺の人生に纏わりついてきた間の悪さ、不運。
ああ、すごく心配になってきたぞ。
「じゃ、いきますよ~転送準備完了ってわけなんです!! 」
足元の暗がりに、突如として幾何学的な光る文様が描かれ、髪がまくれるほどの強風が吹きあがる。
これが転生……本当に異世界に行くのかと、いまさらながらに実感する。
「いってきます、女神……アビーさんだったよな? 」
「はい、暮井さん、いってらっしゃいってわけなんです。それではいきますよ~~~3、2……」
これから始まる艱難辛苦を思えば楽観はできないが、俺も男の子。
胸が躍らないわけがないじゃないか。
さぁ、俺の異世界転生物語の始まりだ!!
「1、ハックション!!!! 」
「ファッ!? 」
くしゃみ!?!?!?
このタイミングでか!?!?!?
光と風が強くなり、視界が白んでいく。
「あ、やっべー…………どうしよ。」
とてつもない一言を最後に聞き、視界が完全にシャットアウトされる。
やっべーって言ってたぞ、何やってんだあの女神は…………終始いいところがなかったぞ。
これで街から1週間ほど離れたところにでも飛ばされたらたまったもんじゃない。
xxxxxxx
視界が戻ると同時に、先ほどまでの空間と違うことを五感が認識する。
煌々と照り付ける太陽、肌に感じる焼けるような暑さ、うっすらと砂を含む乾いた風、ひび割れた大地とどこまでも続く地平線。
日本とはまるで違う気候と景色に、ここが異世界なのだと否応なく理解してしまう。
息を呑むほどの絶景というのは、こういうのをいうのだろう。
いたく感動してしまった…………いやまてよ?
深呼吸をして冷静に考えてみる。
「スゥー…………地平線? 」
周囲360度を確認する。
あるのは木もまばらの裸に近い山々と、どこまでも続く乾いた大地。
道も建物もない荒々しい自然。
近くには街どころか人の痕跡が何一つない、即ち未開の大地である。
「あぁんの駄女神ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!! 」
一発で声を枯らさんばかりの大声を張り、天だかどこだかにおわす女神に聞こえればと願う。
どうやら考えていた以上に俺の異世界転生はハードモードらしい。