006
そして時は流れる。
二時限目、三時限目、四時限目。相変わらず私の隣人は私が貸したシャーペンで勉学に励んでいた。
休憩時間が訪れるたびに彼女のもとへ生徒が押し寄せ、そのうちの何人かはすでに彼女と友達になったようだった。お互いのことを少ししか知らないうちに友達となれるのかは疑問だが、きっとあの人達にとってはそれも友達と言えるのだろう。
さて、忍耐の時間は終わり、楽しい楽しい昼休みがやって来た。
私は早々に購買へと向かう。
「ねぇ、とおかちゃん! 一緒にご飯食べようよ!」
「いや、私は……」
「じゃあ私はここ座るね!」
「私はここ!」
「私は……」
教室を出る直前、坂田さんの周りから声がした。そちらを振り返ってみると、彼女達は坂田さんの周り群がってピクニックを始めようとしている。私の席も勝手に座られている。
一言文句を言ってやりたいところではあるが、残念ながら私にはそんな度胸はないし、何より面倒くさい。私は小さくため息をつきながら、教室を出た。
〇
「いちごサンド♪ いっち~ごサンド~♪ みんな大好きいっちご~♪ 俺も大好きいっちご~♪」
もちろん小鳥の鳴き声よりも小さく歌っている。購買のおばちゃん特製あまおういちごのいちごサンドを片手に、のんきに歌う高校生。こんな瞬間を他人に見られたら、たぶん私は半日寝込むと思う。
そんなことを考えながら、階段を上って屋上へ出た。
美術室で食べたほうが落ち着くのだが「ほかのことにも関心を向けなさい。内気くん!」と吉良先生に封鎖されてしまった。
屋上のいつものベンチへと近づくにつれ、私はそこに先客を見た。といっても、それは良く見知った顔だった。
「そこは俺の場所だぞ。黒縁メガネ」
「これは学校の所有物だ。よってお前の場所ではない」
私は聡の肩を小突きながら、彼の隣へと腰掛けた。
「いつもは生徒会室で食べてるくせに、今日はどういう要件で?」
私は聡へ問いかける。
彼は超がつくほどの真面目屋だ。生徒会長としての仕事を少しでもするために、昼食すらも自分の職場でとる。しかしなぜだか今日に限って、彼は私の餌場に訪れている。
「ただの気まぐれだ。それに、友人と昼食をとるのに理由はいらない」
「あらそれは嬉しいわ♪ でも、そんなこと言ったら小夜ちゃんが悲しむよ。もしかしたら、今も探してるかも」
「なぜ朝霧さんが出てくるんだ? 彼女はただの副会長だ」
やれやれ。鈍感なんだからな。
ピンポーンパーンポーン
私がそんなことを思った次の瞬間、生徒会長を呼ぶ放送が鳴った。噂をすればなんとやら。我々は顔を見合わせ、二人で静かに笑いあった。
落ち着きを取り戻したころ、私はいちごサンドを一口頬張った。
「いちごサンド……懐かしいな……」
聡がそうつぶやき、言葉を続ける。
「だが……いつまでそれに縛られているつもりなんだ?」
彼は私に問いかけた。私はその問いに答えることなく、ただただ手に持ったいちごサンドを頬張り続ける。
いつまで縛られていればいいんだろう。そんなの俺が聞きたいくらいだ。
聡は私の顔を見て、なにかを察したように顔を伏せた。そして、もう一度顔を上げたあと、お茶のペットボトルを私に差し出す。私がそれを受け取ったのを確認すると、そのまま彼は立ち上がった。
「もう少し話したいが、呼び出しには応じなくてはな」
聡はベンチから離れ、屋上からの出口へ歩を進める。そんな聡の背中に、私は「なぁ」と呼びかけた。それに反応し、聡がこちらへ振り返る。
「ありがとな」
私は左手でお茶のペットボトルを逆さに持ち上げて見せた。それを聞いて彼がどんな表情をしていたかを私は見ていない。
〇
どうして昼休みのあとも授業があるのか。
それも、うちのクラスは体育の授業。腹の中のいちごサンドが戻ってきそうだ。そして私はこの授業中、なにかの違和感をおぼえた。
六時限目。坂田さんの姿を見た。
そうか、これだ。体育のときになぜか彼女の姿を見なかった気がする。私はそれが少しだけ気になったが、それよりも六時限目の眠気が最高潮へ達したことに気をとられた。本当にやばかった。
そして終業のチャイムが鳴る。
クラスメイトたちは各々の声を上げた。ほとんどは緩和の声だ。
ここからは吉良先生による帰りのHRが行われるわけだが、これといって何かが起きたわけではない。いつも通りの時間が流れ、そして終わった。