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二章 大きなモフモフ、到来(4)

               ◆


 その翌日から、リズは大型級の新入り白獣、カルロの教育が始まった。


 ようやく見付かった団長ジェドの相棒獣となれる白獣だ。まずは集中して教育にあたれるようにと、獣騎士達がスケジュールを調正して一週間の期間が与えられ、その間は彼らが幼獣達の世話に回ってくれることになった。


「慣れるまでは、敷地内を歩かせる時は首輪と散歩紐をつける」


 リズは朝、一頭用の離れの白獣小屋の中で、副団長コーマックがまとめてくれた『教育係りの流れ』のノートを確認した。


 話し聞かせるため、その向かいには寝そべっているカルロの姿がある。


「基本的に、相棒騎士のいない白獣は本館敷地外に行ってはならない――って、聞いてる?」

『聞いてる』


 カルロが、気だるげに溜息を吐いて爪でガリガリと文字を書く。


 なんだか器用というか、人間みたいな仕草漂う獣である。けれど昨日の今日で、リズは決意の熱が残っていた。他の獣騎士達の協力を、無駄に出来ない。


「とにかく、他の相棒獣と喧嘩したらダメよ」


 コーマックのノートに書かれている『喧嘩っ早い』という注意書きを見て、そう意気込む。その向かいでカルロが、地面に掘った文字を前足で消していた。


 まずは、ここで暮らす戦闘獣の日課を覚えさせることから始まった。


 ご飯やブラッシングの場所、訓練場所といった生活範囲から教えていった――のだが、まず、案内から全然うまく行かなかった。


 カルロは首輪に繋げた散歩紐を、軽々と引っ張って好きな方向へ足を進めた。芝生だから怪我はないものの、リズは久々にびたーんっとやって引きずられた。


 ご飯の場所は目の前でスルーされてしまった。


 運動がてらの散歩コースは、全然指示通りに進んでくれなかった。


 それでいて本館には向かわせない方向でいたのに、他の相棒獣を見てカルロは威嚇しにいった。


「だから喧嘩は駄目なの!」


 一生懸命だったものの、叫ぶリズは見事に引きずられていた。昨日、彼が大暴れしたという現場を見ていなかったので、最悪の光景を妄想して半泣きだった。


 とはいえ、本気の取っ組みあいをするつもりはなかったらしい。


 カルロは芝生が終わる手前で足を止めて、本館の建物から出てきた相棒獣達を真っ直ぐ見た。


 唸り声は大きくなくて、睨みつけてちょっと歯を剥く。


 相棒獣達は、大きな新入りを前に警戒した様子を見せた。でも相棒である獣騎士から許可が出ていない状況のせいか、ピタリと足を止めて困惑中だった。


 そのそばにいた獣騎士達が、リズを見てあわあわとしていた。


「リズちゃんが、うつ伏せに……っ」

「完全に引きずられている……」

「あれ? でも絶妙に怪我はしてないっぽいな」

「……あの暴れ白獣も、一応は驚かせない配慮で声は抑えてはいる、のか……」


 でも哀れ、と獣騎士達が揃って呟いた。


 彼らの協力もあって、戦闘獣同士の喧嘩勃発は避けられた。カルロは相棒騎士達に止められて移動していく白獣達を見て、優越じみた顔で「ふんっ」と鼻を鳴らして相手の獣達を逆上させていた。ほんと勘弁して、とリズは思った。


 元は、一匹狼みたいな野生白獣だったりするのだろうか?


 カルロは相棒獣達と、なかなか仲良くなれそうにない気配だった。同族に目を向けられればツンッと無視するし、いちいち態度で煽って威嚇して小馬鹿にもする。


 途中、遭遇したコーマックが深刻顔を向けてきた。


「…………リズさん、まだ午前中なのにボロボロでは……?」

「ことごとく喧嘩を売りに行かれまして」


 弱った声でリズは白状した。


 その横で、またしてもカルロが「ふんっ」と人様も馬鹿にする態度で、ジロリとコーマックを見下ろしている。


「すごく圧を感じる……。なんだろ、さっきまで一緒にいた誰かを思わせるような、理不尽な威圧感…………僕、何かしましたか?」

「他の人達にもそうなんです。とくに同じ白獣相手には容赦がないというか。白獣って、野生だと群れには慣れなかったりするんですか?」

「いえ、元々仲間意識の強い種族ですから、それはないかと。幼獣を守る習性もあるので、野生だと血の繋がりのない数頭が一緒にいるのも珍しくないですよ」


 なのに、何故カロルは……と心底疑問だった。


 コーマックと別れた後も、リズの案内する頑張りは続いた。どうにか戦闘獣達が日常的に足を運ぶ場所を覚えさせたかったのだが、カルロは気紛れだった。


 そもそも教育係りの言うことは聞く、というのは嘘ではないのだろうか?


 全然指導を受け入れてくれている感じがない。ことあるごとに、めっちゃ馬鹿にされている気がして、そこはジェドの性格といい勝負のようにも思えてきた。


 つまり私、ただ馬鹿にされて振り回されているだけなのでは……?


 何度目かの芝生の上、びたーんっとうつ伏せになったところで、リズは今更のようにハタと思った。


 目を向けてみれば、カルロは『お座り』をしてリズが立つのを待っている。じっと向けられている白獣の特徴的な紫色(バイオレット)の目は、何を考えているのか分からない。


「…………あの、相棒獣になるつもりはあるの?」


 しばし、間が空いた。


 カルロが真顔のままコックリと頷く。いつもの表情豊かなアレはどうしたッ、とリズは悪い方向に勘繰って涙目になった。


「その間が信用ならないんだけどッ」


 ほんと、なんで私を指名したのよ――。


 と、続けようとした瞬間、カルロの顔が目の前まで来ていた。


「ぐるるる」

「……………あの、なんで今、低く唸って威嚇してるの?」


 さっき相棒獣達の前で出してたよりも強くない?


 教育係りを、本気で脅しにかかる見習い獣なんているのだろうか。リズが本気で困惑していると、カルロがべろんっと顔を舐めてきた。転倒した際についた草は落ちたけど、獣臭くて、馬鹿にしたいのか分からないタイミングだった。


 

 それから数日、リズの奮闘は続いた。二日目も相棒獣達が日課として立ち寄るルートを歩かせ、三日目にしてようやくコンプリート出来た。


 素直に従ってくれなくて、運動の散歩もご飯も大変だった。


 それでいて相変わらず、移動中は何度も散歩紐を引っ張られた。苦戦しているリズを小馬鹿にするかのような軽々しさで、カルロはゆっくりと前進して彼女の靴の裏を擦り減らす。


 とはいえ進歩もあった。気ままながら、カルロが一日の日程を覚え出したのだ。四日目には、決まった時間にご飯を食べに行ってくれるようになっていた。


「今日こそは、全部ブラッシングする!」


 四日目、ここまで来るとリズも意地になった。ここ連日しばらくもしないうちに飛び出されているブラッシング部屋へ、決意を固めてカルロを入れた。


 初めてブラッシングを試した時には、力加減が気に食わなかったのか、尻尾で軽くびたんっとはたかれてしまっていた。慣れないせいで違和感があるようで、その後も大人しくさせてくれないでいる。


「ふわふわなのは分かるのよ。でも、コレをやるとより魅力的になるのッ」

「ふんっ」

「あ、信じてないわね? ブラッシングは気持ちいいから!」


 獣舎施設のブラッシングルームにて、伏せ姿勢で拒否を示すカルロと、ブラッシング用具を両手に説得するリズ。


 その姿はかなり目立っていて、少し距離を開けて利用中の数人の獣騎士と相棒獣達が、なんとも言えない表情を浮かべて戸惑いを滲ませてもいた。


「リズちゃん、白獣相手に本気の説得をしてる……」

「少しずつ慣らしていけば分かってくれるから、っていうアドバイスしたいけど」

「必死すぎて声、すんごく掛けづらい……」

「魔力で繋がって意思疎通出来ているわけじゃないのに、なんか会話してる感がすごいわ……」


 毎日の終業前、一頭用の白獣部屋で反省と対策を頑張っているリズが、獣に筆談で言い負かされているのを知らない彼らは、しみじみと話していた。


 こうなったら実力行使だ。リズは、負けてなるもんかとカルロに向き合った。


「昨日も一昨日も出来なかった尻尾から、まずは、します!」


 宣言して勝手に尻尾へ移動した。


 大型級の白獣であるカルロの尻尾は、長い白い毛がふわふわとしていて抱き枕よりもデカい。ぺたっと地面についているそれは重量感があって、持ち上げてみれば優しい柔らかさと温もりに包まれる。


「はぁ、やっぱりすごいふかふか……」


 一瞬、そのままほだされそうになった。


 カルロがちょっと顔を顰めて、やや尻尾を動かせる。リズはハッとして、「待って待って!」と慌てて尻尾をぎゅっと抱き締めた。


「ちゃんとするから。お願いだから大人しくしていて」


 ふわふわの毛は、尻尾が一番ボリュームがあって魅力的なのだ。教育係り初日から今日まで、ほとんど手入れ出来ていないのはとても心苦しい。


「……こ、このままバサバサになったら悲しすぎる」


 昨日と今日で、とくに強くなっていた思いが再び込み上げ、リズは赤紫色(グレープガーネット)の目を潤ませてそう白状した。


 カルロが、なんだか面倒臭そうな顔をした。遠くからそれを観察していた獣騎士達が「えぇぇ……」「まさかの」「本気の泣きだ」とざわめく。


 ここ数日で、リズは幼獣と成獣の場合ブラッシングの力加減が違うとは理解していた。昨日、感覚的にバッチリ掴めた感はあるのだ。


 カルロが、どうしたもんかという表情を浮かべて、獣騎士や相棒獣達からは見えない位置に一本爪を立てた。しかし、直後に首を振って伏せの姿勢になる。


 好きにすればいい。そう態度で語っている。


「ありがとうっ、頑張るから!」


 ぺたんっと地面に伸びた尻尾へ向かい、リズは作業を始めた。長い優雅な白い毛並みは見事で、するすると両手の二種類のブラシが通っていく。


 やがて絡まっていた奥の毛も梳かれ、見た目的にもサラサラ感が増した。


 気付けば、更にボリュームが増したかのような素晴らしい尻尾に仕上がっていた。見守っていた獣騎士達が「お~!」と拍手してくる音を聞いて、リズは我に返った。


「あっ……。尻尾が仕上がった」


 四日目にして、ここだけでも完璧なブラッシングが出来た。


 感激して次の言葉が出てこない。大きな目を見開いて感動を噛み締めているリズを、ようやく頭を持ち上げてカルロが見やった。


「ふんっ」


 そんな鼻息が聞こえたかと思ったら、ふわったわになった尻尾が、柔らかくリズの身体にぽふっと当てられた。


 すごく気持ちいい。めっちゃふわふわ……。


 カルロ相手なのでこらえなきゃと思っていたものの、気付けばペタリと座り込んで顔を押し当てていた。


「ふふっ、すごく嬉しい。幸せな感触もするわ」


 リズは思わず、無垢な少女の笑みを浮かべてしまった。とても心地良くて、きゅっと両手でしがみついて引き寄せたところで、ハタとして力を抜いた。


「うわっ、ごめんなさい」


 慌てて離れた。いつの間に離していたのか、すぐそこに落ちていたブラッシング道具を拾い上げる。


 もう一度謝ろうと思って、リズはカルロの頭の方へパタパタと移動した。その顔を覗き込んで、見つめ返された顰め面に「あれ?」と首を傾げる。


「怒ってないの……?」

「ふん」

「もしかして、気持ち良かった、とか……?」


 尋ねてみたら、カルロがぷいっと顔をそむけた。けれど目を戻してきたかと思うと、呼ぶようにして顎を動かし、この前から教え続けていたように自ら首を伸ばして、一番目のブラッシングのポーズを取った。


「やっていいの? そこ、触らせたくなかったみたいだけど」


 カルロは、しれっと目を前に戻したものの、引き続きポーズを維持している。


 これは、もしかしたら食事に続いて大きな第一歩だ。リズは気を引き締めて「任せて!」と答え、早速作業に取り掛かった。



 時間はかかってしまったが、カルロは結局ブラッシングを全部させてくれた。リズがふわふわの前に我慢出来なくて飛び付くと、悪くない顔をしていて――。


「あいつ、最後にそれしてもらいたかっただけじゃね?」

「リズちゃん、子供っぽい笑顔可愛いな~。そういや、まだ十七歳たっけ」

「なんだかんだで上手くやってるんだなぁ」


 長らくサボって見ていた数人の獣騎士達は、そう言うと、安心した様子で自分達の相棒獣を連れて去っていったのだった。


 忙しすぎて、大変すぎて、リズはカルロの相棒騎士になる予定の団長ジェドもまた、多忙が増して顔を出す回数も少ない、だなんてことには気付かないでいた。

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