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二章 大きなモフモフ、到来(3)

               ◆


 一通り説明を受けた後、まずは新入りの暴れ獣である白獣を、獣舎と少し離れている一頭用の別舎の部屋に案内することになった。


「館内には他の獣騎士と相棒獣もいますので、建物を出るまでは、きちんと首輪をして縄を繋いでいたくださいね」


 そう言われて、コーマックに急きょ作られたらしい大きな特注首輪と散歩紐を手渡された。これを付けることから、教育係として始まるのだという。


 でも受け取ったリズは、困惑と戸惑いですぐには動けなかった。


 犬とは違うのに、首輪と散歩紐って……という言葉が喉まで出かかった。これ、自尊心高いっぽいこの白獣をますます怒らせるんじゃないだろうか?


 そう思って恐る恐る窺ってみると、例の暴れ獣は座ったままでいた。リズが持っている物を目に留めると、そのままずいっと頭を下げてきた。


「え……? あの、少しの間、これをやってくれるの……?」


 反応が意外で、おろおろと戸惑ってしまう。


 すると、そばまで来たジェドが「当たり前だろう」と言った。


「どんな理由があって選んだのかは知らんが、そいつはお前を教育係にと決めた。そうして白獣は、首輪を一度はめてもらうことで契約成立と見て取る」

「契約?」

「いいからやってやれ。それをハメてやれば、白獣は約束をしてもらえたと安心する」


 だから嫌がることはない、とジェドがぞんざいに言ってのける。


「つまり『あなたの教育係りになりますよ』という合図になるんですよ」


 横からコーマックが、安心させるように笑って補足してきた。


 リズは緊張しながらも、たどたどしい手付きで首輪をセットした。白獣は大人しくしていて、パチンッと散歩紐まで繋がると、それをじぃっと見ていた。


「えっと……それじゃあ、まずはあなたの部屋に案内するね」


 そう声を掛けて部屋の外へと促したら、ようやく暴れ獣は腰を上げた。引っ張る必要もなく、どしどしと足音を立てながらきちんと付いてきた。


 その見事な大きさもあってから、歩く姿はかなり目立った。その首輪に繋がった散歩紐の先をリズが持っているのを見て、廊下で居合わせた獣騎士達が「ごほっ」と咽た。


「待て待て待て、あれって団長が引き入れた幼獣の世話係りだよな!?」

「団長の予定相棒獣と歩いてるぞ……」


 そんなざわめきが、本館の建物の外に出るまで続いた。


 どうしてかこうなってしまったんですよ……リズは、心の中でシクシク泣きながら歩いた。不機嫌面の白獣が、優雅な白い毛並みをした大きな尻尾を我がもの顔で自由に振って、たまに避け遅れた獣騎士が「ふげっ」と打たれていた。



 建物の外へと出たあと向かったのは、獣舎の離れに設けられている一頭用の小屋だった。中は随分広く作られていて、既に寝床などの用意も整っている。


 来たばかりの白獣は、環境の変化のストレスから疲労する。


 場に慣れる必要もあって、一日は十分な休養と睡眠が必要なのだという。


 だから本日は、ここに連れてくるまでがリズの仕事だった。この白獣は立派な体格に見合うくらいに強く、しばらくの間は他の相棒獣達から離しての生活だ。


「じゃあ……その、首輪を外すから少し頭を下げて」


 中に入って一通り確認したところで、ビクビクしつつも声を掛けた。またしてもすんなりと従ってきて、リズは不思議に思いつつも首輪を外した。


 その途端、暴れ獣がぶんっと頭を上げた。


 リズは唐突でびっくりしてしまった。白獣は、窮屈だった、と言わんばかりにぶんぶんと首を振ると、ついでのようにぶるりと身体まで震わせる。


「……わぁ、毛がふわっふわに……」


 白くてモフッとした感じは、幼獣達くらいなものかと思っていたけれど、空気をたっぷり含ませると大人の白獣も同じであったらしい。


 暴れ獣が、「ふんっ」とようやく落ち着いた様子で座る。


 じっとしているだけで次第にまとまるくらいに、艶のある毛をリズはしばし眺めてしまっていた。声を掛けようとして、ふと気付く。


「何か呼び方を考えないと、呼び分けが難しいわね…………」


 思えば、白獣、なんて呼んだら騎士持ちの相棒獣達がみんな反応しそうだ。


 そう考えて、リズは「でも、どうしたら……」と悩んでしまった。


「一時的なものにせよ、名前って勝手に付けていいものなのかしら? みんな自分の相棒獣を名前で呼んでいる感じはないものね……」


 その時、じっと様子を見ていた白獣が、不意に動き出した。


 ガリガリと音が聞こえて、リズはハタと我に返った。何かしらと目を向けてみると、あの暴れ獣が足元に敷かれたチップをどかし、大きな爪を器用に一本だけ出して、地面に何やら刻んでいた。


――『騎士、新しい相棒誕生したら、名前を付ける。魔力で繋がると意思を共有出来る。そこで名前、呼ぶ。だから声に出す必要、ない』


 それは文字だった。きちんと綴りの形も整っていて、自分が小枝でガリガリと書くよりもキレイでリズはびっくりした。


「あなた、すごく賢いのね!」


 思わずパッと目を戻して告げたら、白獣が顔を顰めた。実につまらん質問だ、とでも言うかのような表情で、一旦土をならしてまたガリガリと刻む。


『白獣は人の言葉分かる。だからこうして従える』

「あ、そうか」


 言葉が分かっているから、先程も執務室まで大人しくついてきて、話し合われる内容を聞くためにも自分の隣にいたのだろう。


 すごく賢いうえに、なんだか自分よりもしっかりしていそうな獣である。


「仮の名前を付けても大丈夫なのかしら?」


 意思の疎通は可能と分かったリズは、獣本人に尋ねてみた。


 すると、またしても「ふんっ」と鼻を鳴らされてしまった。小馬鹿にされている感がある。もしかしたら自分は、馬鹿か、と叱られた……?


「……考えてみたら、相棒となった騎士がきちんと名前を付けるのに、今ここで私がニックネームを付けるだなんて失礼な話よね。だって大切な名前だもの」


 人の言葉が分かるのなら、尚更失礼な質問だったのかもしれない。


「勝手なことを言って、ごめんなさい」


 リズは反省して心から謝った。呼び方については、そうしなくとも済む方向で他の何かを考えてみよう。


「それじゃあ、また明日」


 そう声を掛けて、くるりと踵を返した直後、肩にガシリと重量感のあるデカいもふもふの片前足を掛けられた。


 なんかデジャヴだ。引き留められたと分かって、恐る恐るリズは振り返る。


「…………なんか、団長様が苛々している時と似ているような……」


 そこには紫色(バイオレット)の鋭い目で、こちらをギロリと睨み下ろしている白獣がいた。


 気のせいか、不機嫌マックスで黒いオーラを背負っている。一体何かしただろうかと考えたリズは、直前までの会話を思い出してハタと気付いた。


「……もしかして、仮でも名前を付けてってこと……?」


 尋ねてみると、白獣が前足を下ろしてこくりと頷く。


 呼び分けが難しいと口にした際、不便であると彼なりに感じ取っての事なのだろうか。何せ、こちらを悠々と小馬鹿に出来るくらい賢いらしいし――。


 リズは幼獣にも下認定され、野良白獣には馬鹿にされている自分を思った。なんだか「私って一体……」と虚しさを覚えたものの、彼の賢さは素直に感心してもしまう。


「そうね、ニックネームを考えましょうか……。『ダグラス』は?」


 パッと浮かんだ名前を投げたら、首を横に振られてしまった。


「じゃあ『ノラン』?」


 これもまた、お気に召さなかったらしい。まずいものでも食ったうえで、こけおろすような表情を向けられてしまって、リズはしばし返す言葉で出なくなった。


 この野良の白獣、人を馬鹿にする方向でやけに表情豊かじゃない?


 これはきちんと考えないと、延々と精神的ダメージのくる反応をされそうだ。彼らしい名前、とリズは呟き、真剣になって考え込んだ。


 しばし、その様子を正面から暴れ獣がじっと見つめていた。


「…………それじゃあ……、『カルロ』」


 なんだかピンときて、リズはそう提案してみた。不思議と口にしっくりとくるピッタリの名前である気がした。


 すると、その白獣がぴくっと耳を立てて――よろしい、と言わんばかりに胸を張って座り直すと、満足げに「ふんっ」と高らかに鼻を鳴らしたのだった。

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