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二章 大きなモフモフ、到来(2)

               ◆


 あの後、団長の執務室へと場所を移して話を聞くことになった。


 長椅子にぶすっと腰を下ろして書斎机に足を上げているジェド。そばにはコーマックがいて、少し距離を置いてトナー達が見守ってくれている。


 その視線の中心に立たされたリズは、正直落ち着かないでいた。


 隣には、窮屈そうに『お座り』している大型級の暴れ白獣の姿がある。


 どうやら大きさも一等級のこの白獣は、団長の相棒獣になる予定であるらしい。仕事の用で山に入った折り、ようやくジェドの相棒となれる戦闘獣(かれ)が見付かったのだとか。


 獣本人も同行の意思があったので、先程一緒に山を下ってきた。


 だが連れて来たまでは良かったものの、元よりとんだ暴れ獣だったようだ。全然大人しくしてくれず、苦戦していたところにリズが出てきた――というわけだ。


「教育係りを決めるために、動こうとしていた矢先だったんですよ……」


 説明役を務めているコーマックが、言いながら吐息を滲ませた。ジェドは不機嫌面を構え、部屋の外で相棒獣達を待機させている獣騎士達も微妙な表情だ。


 随分大きなこの野生の白獣は、まだ教育を受けていない。


 そのせいで指示に従わせるのも難しく、他の白獣に喧嘩は売る。それでいてどの相棒獣に比べても力が強いため、ひとまず早急な教育を、と獣騎士団は考えていた。


「それなのに、まさかリズさんが出てくるとは思ってもいなかったんです」

「私の方もまさかの状態なんですけど」


 リズは、心労で頭が痛いみたいな顔をしたコーマックに思わず言った。死ぬ思いで走ることになったうえ、度肝を抜かれた結果がこの現状である。


 どうやら自分は、山を降りたばかりのこの暴れ獣に、相棒獣となるための『教育係り』の指名を受けてしまったらしいのだ。


 人間の相棒となるため、まず白獣は訓練と教育を受ける。その相手を決めるのは獣自身で、相棒予定の騎士以外から選定されるという。


「…………でも、なんで私……?」。


 獣騎士でもない者を指名するのは、初めてのことなのだとか。どうして自分が野生の白獣に指名されたのか、リズ自身困惑でいっぱいである。


 幼獣の世話係りになったのも、元はジェドのせいである。今回も彼関係だし、関わるとろくなことがないのでは……と、平凡な身の上には重すぎて涙が出そうだ。


 こんな大きな獣を躾けるとか、私には無理なんじゃ……。


 リズは怖々と隣を見上げる。そこには通常よりもデカい白獣がいて、まるで誰かを彷彿とさせるような不機嫌さで、窮屈そうに『お座り』している姿があった。


 不安を察したのか、副団長コーマックが少しでもフォローするように言ってきた。


「自らの教育係を決めた白獣は、どんなに凶暴であったとしても、教育係りの言うことであれば従います。えっと、だからその、取って食べたりはしませんから」

「でも、騎士以外を指名するのは初めてなんですよね……?」


 リズは思考がいっぱいいっぱいになった顔を、コーマックへと向ける。


「それに私、めっちゃ追いかけられましたが」


 そう事実を述べた途端、室内にぎこちない沈黙が落ちた。


 かなりコーマックが返答に窮している様子だ。そんな上司を見た獣騎士達が、ほんと、どうして彼女を指名したんだろう、と呟いて揃って例の白獣を見やった。


「つか、幼獣が一発でリズちゃんを受け入れたのも不思議だったけどさ」

「女性団員がいたこともないのに、今度は最強の不良獣ときたか」

「獣騎士団はじまって以来じゃないか?」

「リズちゃんって、結構すごいもん持ってるタイプだったりするんかな。強運とか」


 私が持っているのは、平凡とドジと不運なんですよ……。


 リズは彼らの話し声を聞きながら、なんの素質も才能もない我が身を思った。すると黙っていたジェドが、机の乗せた足を不意に下ろしてこう言った。


「お前は、何を難しそうに考えているんだ? ただの教育係りだろう」

「団長様、ただの、と言われましても……」


 他人事だと思って簡単に言っている感じがして、リズは容赦のない上司に泣きそうになりながらも、隣の大きな白獣へ指を向けた。


「この大きさ見てくださいよ、座っても私より随分高い位置に頭が」

「立派なことじゃないか。そもそも座ってお前よりも小さい相棒獣は、ここにはいないが?」


 リズは返す言葉がなくなった。


 素直な性格もあって、確かにそうかもと考えている様子の後ろ姿は華奢だ。女の子にも容赦がない、とコーマック達が彼女に同情の目を向けていた。


「教育係りというのは、簡単に言えば、ここでの暮らし方や人間との共同生活を教えて指導していく感じだ。兄妹や子育てみたいなものだろう」


 残念ながらリズは一人っ子だし、勿論独身なのでそんな経験はない。


 教育係りは一頭と一人で行われるものだ。この大きな野良戦闘獣を一人で教育するなんて、非軍人の自分に出来る気がしなかった。


「あ、あのやっぱり私、さすがに無理で――」


 ぷるぷる震えながらも勇気を振り絞って断ろうとした時、大きな獣に鼻先で首をつつかれて言葉が途切れた。


 耳元で、巨大な肉食獣の吐息が聞こえている。


 呼吸や存在感だけでも「大きい」と感じて圧倒された。背筋が冷えて怖々と見つめ返してみれば、目と鼻の先には大きな白獣の顔があった。


 近くから見てみると、ますます狼っぽい。


 そして、めちゃくちゃ睨まれている。


「がるる……」


 その暴れ獣が、少し牙を覗かせて低く鳴いた。このオレが教育係りにと決めたのだから断ったらどうなるか分かってるよな――と、獣相手に脅されている気がする。


 これ、本当に害はないの? 待ってやっぱり怖すぎるんですけどっ!


 リズは思わずジェドへ目を向けた。


「あ? なんだ」


 すると彼が、全く同じ感じの威圧的な目を返してきた。せっかく見つかった自分の相棒獣となれる白獣だ、断るとどうなるか分かってるよな――と怖い一睨みで伝えてくる。


 なんだかこうして見てみると、能力値の相性バッチリの一人と一頭って、性格がほぼ同じで似たタイプということなんじゃ……という思いが脳裏を掠める。


 片方からは獰猛な獣の牙、もう片方からは上司としての圧力。


 もうこれは完全に逃げられないコースだ。コーマック達が、心底同情の目で見守る中、リズは涙目でやけ気味に叫んだ。


「もおおおおおおッ、分かりましたよやってやります! こうなったら私が団長様のためにも、この子を立派な相棒獣にしてやりますともっ!」


 めっちゃ怖い、もう帰りたい。


 そんな気持ちは、上司と暴れ獣への強い恐怖心が勝って、リズは育て親のごとくデカくて凶暴なもふもふの教育を頑張ることを決意した。


「……リズちゃん、すんげぇ涙目なの同情するわ」

「……気のせいか、団長の機嫌がいいな」

「自分の相棒獣が見付かったから、じゃないですかね」


 さっきは一時不機嫌そうだったのにな、とコーマックもちょっと不思議そうだった。けれど獣騎士達は、それよりもここにくるまでの新入りの不良白獣で疲れ切ってもいた。


 意気込むリズの隣で、まだ未教育のその白獣が、何故だが上から目線で「ふんっ」と呆れなのか小馬鹿にするのか分からない鼻息を吐いていた。

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