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二章 大きなモフモフ、到来(1)

 世話係に就任してから、一週間と少しが経った。


 最近は、幼獣達も素直に言うことを聞いてくれるようにもなっていた。


 散歩の際、強い力で押されて芝生に身体をびたーんっとやるのも少なくなった。逃げ出そうとしてリズを引きずることは、もう完全になくなっている。


「ふふっ、なんだか少しずつ成長している気がするなぁ」


 毎日の体重チェックの数字から、身体のサイズは変わっていないのは分かっている。でも以前あった『成長期中のげっぷ』を他の数頭の子も見せていて、どうやら体内では魔力の方も順調に育っているらしい。


 本来、白獣は自分で魔力操作が出来ない種族だ。


 だから大人になると、魔力漏れが起こることも一切なくなるのだとか。


 その体内の魔力成長が関係しているのか、ここ数日はミルクごはんの量も約二倍になっている。朝食後も物足りなさそうだったので、つい先程、追加で温め作って持ってきたところである。


「さて。お口をキレイにしましょうか」


 白いふわふわとした幼獣達の食べっぷりを観察していたリズは、「おいでおいで」と一頭ずつ呼んで、柔らかいタオルで丁寧に顔を拭ってやった。


 立って持ち上げるには少々重いので、座って膝の上に乗せて行う。


 最近は本当に聞きわけが良くて、慌てなくともきちんと自分達の順番は回ってくる、と分かっている様子で、幼獣達は順番待ちのようにしてそばに座っていた。


 一番好きなのはブラッシング。


 それに続いて、顔を濡れたタオルで拭かれるのも好きみたいだった。待っている彼らのふわふわな尻尾は楽しげに揺れていて、リズは癒された。


「はぁ……本当に可愛い」


 このミニマム白獣が、あの大きくて凛々しい戦闘獣になるなんて想像が付かない。獣騎士達の話によると、三段階の成長期ごとに一気に大きさも変わってくるのだとか。


「来年の春には、戦闘獣デビューだなんて想像出来ないわねぇ」

「みょん!」

「ふふっ、声だってこんなにかわい…………ん? そういえば狼タイプなんじゃ」


 幼獣を両手で抱っこして眺めていたリズは、今更のように疑問を思い出す。持ち上げられた白いもふもふ幼獣が、嬉しそうに「みゃぅ!」と鳴いた。


「――うん。ま、いいか」


 多分、人間で言うところの変声期とか、そういうのもあるんだろうと思う。白獣は幼い間、性別が出てこない珍しい種族でもあるので定かではないが。


 幼獣達の顔をキレイにした後は、食後の胃を休ませるため彼らを眠らせた。


 その間に使用したタオルと皿を洗うべく、リズは一旦、幼獣舎を出て本館の裏にある獣舎と合同の水場へと向かった。


 辿り着いたところで、早速洗い物を始めるべく荷物を下に置いた。


 そのまま袖をまくろうとした時、ふと、遠くから騒がしさが聞こえた気がした。


「何かしら……?」


 コーマックやトナー達獣騎士の声もしたような、と思って振り返ったリズは、直後に警戒心マックスでピキリと固まってしまった。


 そこには、これまで見たこともないほど大きな白獣がいた。


 恐らくは普段、見掛けている相棒獣よりも一回りは大きいだろう。それは野生であるのか、恐ろしい爪で地面を抉りながら騎士達の所で暴れていて――。


 その白獣が不意に、ギラリと獣の目をこちらに向けた。


「え。嘘」


 バッチリ目が合ってしまって、思わず引き攣った声が出た。


 直後、その野生と思わしき凶暴そうな獣が、方向転換するのが見えた。爆走してくる方向は、真っ直ぐこちらである。


 そのまま向かってこられたリズは、慌ててスカートをひるがえして走った。


「なんなのこれ一体何がどうなってるの!?」


 肩越しに見れば、一回り分のサイズがデカい獣が猛進してくる。やはり凶暴な爪が芝生を容赦なく抉っていて、リズは「ひぇぇ」と細い声をこぼした。


 その向こうに小さく見える獣騎士達が、「くそっ、自分から来やがった癖になんて暴れ獣なんだ!」「恐らく暴走した!」「止めろ!」と騒いでいる声が聞こえてくる。


 来たばかりって……やっぱり野生なの?


 そのうえで凶暴化中だとしたら、と考えてリズはさーっと血の気が引いた。


 そもそも国で最大の戦闘獣である白獣は、獣騎士以外には懐かない。


 それを思い出してゾッとした。ここで出会った他の大人の白獣は、相棒騎士がそばにいたから平気だったのかもしれない。


 そうだとすると、今の状況は最悪だ。私は獣騎士じゃない――。


 その時、後ろから、獣の低い唸り声を押しのける一喝が上がった。


「リズ!」


 ありったけの声で、そう名を呼んでくるジェドの声が聞こえた。


 どうやら騎士達と一緒にいたらしい。そうやって名前を呼ばれたのは初めてである気がして、彼がそう叫ぶくらいの緊迫した状況なのだと分かった。


 つまりコレは、追い付かれたが最後バクリとイかれてしまう。


 リズは、振り返れないまま必死に走った。地面を抉る足音と獣の吐息が、だんだん近づいてきている現状に「ひぇ」とまた声がもれる。


 と、不意に、前へと出した片足がツンッと引っ掛かった。


 そのまま身体のバランスが崩れて、リズは「うわっ」と声を上げた。自分が何もない芝生で躓いてしまったのだと、僅かの間に感じる浮遊感の中で悪寒した。


 なんで大事なところでいつもドジ踏むのおおおお!?


 そう思ったが声に出すのも間に合わず、リズは頭から派手に芝生へ突っ込んで転倒していた。後ろから、ちょっと拍子抜けしたような「うわー」「これは痛い」「顔からいったぞ」「マジかよ」というツッコミのオンパレードが聞こえてきた。


 だが、今、それに構っている状況ではない。


 ハッと顔を上げて振り返ってみると、もうすぐそこまで暴れ獣が来ていた。大きな口が開くのが見えて、リズはへたりと座り込んだまま動けなくなる。


 ああ、もう駄目だ、そう思って涙目で息を呑んだ時。


 一回り大きなその白獣が、不意に四肢を踏ん張って急ブレーキを踏んだ。目の前で止まったかと思うと、こちらをギロリと見下ろして――きちんと座った。


「ふんっ」


 凶暴なその白獣が、気に食わない顔でそう鼻を鳴らす。


 暴れ獣は『お座り』ポーズを続けていて、偉大そうに持ち上げられた頭はとても高かった。立派な胸元、風に波打つ優雅な純白の毛並みも美しい。


 目付きはかなり鋭――凛々しいけれど、やはり他の白獣と同じくとても美しい紫色(バイオレット)の瞳をしていた。近くで見ると、日差しに透けて煌々と輝いて見える。


 やっぱり宝石みたいだ。


 見開いたリズの赤紫色(グレープガーネット)の目に、見下ろす獣の似た色合いの目が映っている。


 何がどうなっているのか分からない。リズが呆気に取られていると、獣がすんすんと顔を寄せてきた。


 直後、大きな舌でべろんっと顔を舐められてしまった。転倒の際に打ち付けていた額に、獣的な生温かさと、ざらざらとした舌触りを感じた。


「…………これは、一体……?」


 直前まで死ぬかもしれないと思っていた緊張感が、一気に抜けてリズは放心状態になった。


 疲労感も覚えて動けないでいると、遅れて騎士達が駆け付けてきた。そこには団長ジェドだけでなく、副団長コーマックの姿もあってそばで足を止める。


 彼らは、自分と同じくどこか呆気に取られている感じも伝わってきた。駆け寄ってきたというに、言葉なく向け続けられている視線が気になる。


 リズは沈黙に耐えかねて、困惑のド真ん中の心境で「あの」とぎこちなく声を出した。


「これは……えっと、どういうことなのでしょうか?」


 目の前で『お座り』をして、苛々したように尻尾を芝生にぶつけ出した不良白獣を指して、そう尋ねた。


 するとハタと我に返ったコーマックが、慎重に歩み寄りながら手を動かした。


「リズさん、落ち着いて聞いてください」


 説得でもするみたいに、なんだか彼が気になる前置きをしてきた。


 正直言って、すぐには立てそうにもないくらい力は抜けている。リズはちらちらと大型級の白獣を窺いながら、自分の横で片膝をついたコーマックを見た。


「今、あなたの目の前にいるのは、相棒騎士のいない白獣ですが害はありません。だからまずは、落ち着いてください」

「害は、ない……」


 リズは、混乱している頭に理解させるように反芻する。


 見つめ返してくるコーマックが、慎重に一つ頷いた。すぐそばにいるジェド、それから一緒になって見守っている他の獣騎士達を代表するようにして告げる。


「先日の異動の矢先で、僕としても非常に伝えづらいのですが、その…………あなたは、団長の相棒獣予定でやって来た『彼』に、教育係りとして指名されてます」


 相棒獣予定? 団長様の?


 というか『教育係り』って、何。


「…………はい……?」


 もう色々と分けが分からなくてなって、リズは呆気に取られた声が出た。

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