一章 巻き込まれてモフモフ始まりました(3)
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コーマックが言っていた通り、幼獣の世話係りになったと挨拶に回ったら、他の騎士達に大変歓迎された。彼らはすごく気さくで、珍しがって笑った。
「トナーの相棒獣が選んだって言ってたから、いつかウチにくるかもって冗談で話してたんだけどさ――ああ、トナーはこいつな」
「初めまして。それから、これが今日から君専用になる日記」
「団長達、すっかり忘れていたみたいだったし、まさか自然な流れでこっちに来るとは思わなかったわ。あははは」
実は不運な遭遇があったんですよ……。
リズは、団長ジェドとの初対面を思い出した。コーマックが正座中の現場だったとも言えず、そっと目をそらしている本人の隣で黙っていた。
その翌日から、本格的に一人での幼獣達の世話が始まった。
まずは幼獣舎にある調理場を拝借し、幼獣達用のミルクごはんを作る。
幼獣舎へ行ったら、夜は雨戸を閉めているのでまずは朝一番に空気の入れ替え。起き出した幼獣達が食事の間に、トイレと幼獣舎の奥の清掃をする。
続いて、彼らの顔を濡れタオルでキレイにして、食後の睡眠を兼ねた日光浴がてらブラッシング。ごはん皿やタオルを洗い、使った道具もきちんとメンテナンス。
幼獣達が爆睡中の時など、途中で世話の記録を付けるのも忘れない。
リズは不慣れなので、覚えるまでは獣騎士達にチェックしてもらうつもりで詳細に記した。だって与えられた仕事は、一生懸命こなしたい。
「リズちゃん、初日の挨拶回りから三日もそれ続けてるとか、真面目すぎない?」
「俺ら一つのミスで怒ったりしないよ」
「さすが第三事務課。マメな仕事っぷりだよなぁ」
「これは普通です。事務仕事出身とか、関係ありません」
そもそも、あそこは二週間しかいられなかった仕事場である。
三日目、またしても幼獣達にじゃれられて服に皺が入っていたリズは、お洒落をしてもいない髪が乱れたまま獣舎の調理場にいた。
「それに私は、生きている幼い子達を任されているんですから!」
仕事があるのは素晴らしい。疲労も超えたリズが、まだ無錫になっていない自分を思ってそう意気込むと、暇がてらいた獣騎士達が「お~、頼もしい」と言った。
「ですから、いるついでに今日の午前中の記録チェックをお願いしますッ」
「ははは。俺らの存在が『ついで』扱いなのもウケる」
「女の子一人、騎士団に放り込まれてるのに物怖じしないよなぁ」
リズだって、ここに来るまでは軍人には少し苦手意識もあった。けれど出会い頭の団長様が怖過ぎたし、それに比べて気さくなで呑気な男達は平気になった。
「俺らを全く意識していないとはいえ、髪くらいはちょっと直した方が――」
「大丈夫です。もとから私の髪は癖毛でくるっとなりますし、ちょうどボサボサになっても誤魔化せるいい長さなんで!」
「リズちゃん、それ笑顔で言っちゃいけないよ」
「うわぁ、多分これ疲れてるよ」
「どんな田舎暮らしを送っていたのか、超気になってきた」
あわわと獣騎士の一人が口に手をやった。ブタ鳥に追いかけられたり羊の群れに遭遇したり、何もないところで転んで犬を怒らせたり、色々だ。
だから髪を腰まで長く伸ばして、お洒落するなんて考えたことがない。
そうリズが思い返していると、副団長のコーマックが走ってきて調理場に顔を覗かせた。
「いや君ら仕事してくださいよ!」
本館の団長の部屋から丸見えなんですけどッ、と青い顔で叱った。同じく団長の素を知っている男達は、真顔になった後、一瞬で仕事に戻っていった。
初めてのことばかりで、バタバタしている間にまた一日、二日と目まぐるしく過ぎていった。
変わらず獣騎士達は、様子見がてら顔を出してくれた。コーマックと共にアドバイスをくれている彼らは、幼獣舎へ足を運ぶたび懐き具合を珍しがっていた。
どうやら幼獣達は、自分に懐いてくれているらしいのだ。
五日目になって、コーマックに教えられてようやくリズも実感した。
ちっとも目上に思われていないせいか、しょっちゅう飛びかかってくる。けれど言う事を聞いてくれている感じもあり、散歩もきちんと後ろを付いてきた。
「こうやって散歩で付いてくるのは、彼らがリズを親みたいに思って認めている証拠なんですよ」
正午の散歩を見に来てくれたコーマックが、隣をゆっくり歩きながらそう言った。
「先日までは、他の相棒獣のサポートがないと大変だったでしょう?」
「親……そう、ですね。そういえば私から離れなくなりました」
目を向けてみれば、敷地内の芝生を散歩中の幼獣達が、次は何をするのと指示待ちするようにして一斉に素直な目を向けてくる。
リズは、胸に温かいものが込み上げるのを感じた。
すると幼獣達が不思議そうに首を傾げ、大きくてつぶらな紫色でリズを映して、「みゅーっ」「みゃぅん!」と元気良く鳴いた。とても楽しそうだった。
「僕が隣にいても、彼らはもうリズさんしか見ていません」
ふふっ、とコーマックが微笑ましげに笑う。じゃれてくる幼獣達のことを、普段から他の騎士達も「彼らが楽しく過ごせているのは悪い事ではない」と言っていた。
不器用ながら、もっと頑張ろうとリズは思った。
その翌日、六日目。
なんだか、本当にママになった気分だった。幼獣達はリズがいるとそばにいたがって、ご飯か運動後の散歩か、気分気ままにお昼寝をしたがった。
けれど昼食時間、一頭の幼獣が唐突に元気をなくした。ミルクで柔らかくしたごはんを食べ始めて数分、ごはん皿の前で尻をついてじっとしてしまったのだ。
「あれ? 体調が悪いのかしら……?」
いつもならミルクご飯をいっぱい食べる子なのに、とリズは心配した。
すると、うっぷ、と不意に幼獣が短い前足で口を押さえた。そんな人間っぽい仕草も気にならないくらい「まさか嘔吐!?」とリズは気が動転した。
直後、その幼獣が小さく震えて前足を下ろした。
「げふっ」
解放された口から、煙と共に一瞬ぶわっと火が出た。
リズは「え」と目を丸くした。他の幼獣達も、熱を感じたのか食べるのをストップしてまん丸の瞳を向け、幼獣舎に沈黙が漂った。
「えっ…………、うえええええええ!?」
少し遅れてリズは叫ぶと、びっくりしてその幼獣を胸に抱え幼獣舎を飛び出した。子犬サイズほどあるので体重もあり、ふわふわだけどずっしりしている。
そのまま一番近い演習場に駆け込んだ。
立派な大きさをした白獣を連れた数人の騎士達が、気付いて目を向けてきた。
「リズちゃんじゃん。こっちまで来るとか珍しいねー」
「幼獣抱えて、そんなに慌ててどうした?」
リズは、すぐそこにいる数頭の大きな相棒獣達を意識する余裕もなかった。驚かせたりしたらパクリといかれるんじゃ、という警戒もないまま、ふわっふわな幼獣を両手で持ってパッと彼らに見せた。
「こ、こここの子が火を吐いちゃったんです」
「火? 本物の?」
「そうです本物です煙まで出てましたッ。もしかして白獣特有の病気とかだったりするんですか? 私の世話が悪くて、嘔吐したみたいな感じなんですか!?」
もう心配過ぎて、頭の中はパニックでリズは涙目になっていた。
大人の白獣達が察した顔で、彼女から幼獣へと視線を移す。騎士達は、落ち着いている自分達の相棒獣を「へぇ」と見やると、リズへ目を戻して小さく苦笑した。
「大丈夫だって、落ち着け。体内の魔力が成長中で、魔力を吐いただけだから」
「ま、りょく……?」
「ははは、リズちゃんマジ泣き三秒前って顔だなぁ。そうそう『魔力吐き』だよ、幼獣の能力値や性質によって、火やら強風やらと変わってくるけど」
リズは、幼獣を前に出した姿勢のまま数秒ほど固まった。もしやと思ってその子を引き寄せてみれば、目が合った幼獣が「みゅん!」と調子良く鳴く。
「…………つまり、げっぷ、みたいな?」
「うん。そう、つまり『魔力吐き』は成長期間中のげっぷみたいなものだね」
途端に安堵感が込み上げた。
リズは教えてくれた騎士達の前で、へなへなと緊張を解いて幼獣をぎゅっとした。
「なぁんだ、ただのげっぷかぁ。本当に良かった!」
「みゃう、みゅみゅーっ」
「ふふっ、元気に成長中なのねぇ」
ぺろぺろと顔を舐められたリズは、安心して、温かくてふわふわのその子を抱き締めていた。スッキリしているし、戻ったら沢山食べるかしらと笑顔で呟く。
「リズちゃん、すっかり『ママ』だな~」
「なんかよくは分からんけど、白獣の方が採用決めたってだけあるわ」
「こいつらも、急にリズが飛び込んできても安心しきってるしな」
騎士達が、話しながら自分達の相棒獣を振り返った。大人の白獣達はリラックスした様子でいて、その美しい紫色に愛情深くリズと幼獣を映していた。
※※※
廊下を歩いていたジェドは、またしてもその姿を見付けて足を止めていた。
今度は演習場の方だ。一体何をしているのか、幼獣を抱えて一人で騒いでいた彼女が、途端に安堵した様子でぎゅっとして、部下や相棒獣達が穏やかな空気に包まれている。
初めてだらけの仕事。なのに日を追うごとに、彼女は楽しそうで。
だから最近は、毎日ジェドもその時間コーヒー休憩を取るようにしていた。今朝も執務室から、リズがタオルを抱えて走っていく姿が見えていた。
多忙でずっと動き回っていたのに、と一部の部下には不思議がられている。
少しでも休憩を挟めと言ったのはお前だろう、と、副隊長のコーマックに言い返したのは昨日だ。一昨日も――別の誰かに似た台詞を返した気がするが覚えていない。
「なんだか楽しそうですね」
じっと窓の外を眺めていたら、通りすがりトナーが声を掛けてきた。
声を掛けられた一瞬、リズのことを言っているのかと思いかけた。しかし、窓の向こうに気付いていない彼を見て、自分がそう言われているのだと察した。
「俺が、楽しそう?」
「そうですよ。団長って普段から仕事の鬼ですけど、忙しいのも楽しいみたいな感じで走り回ってるじゃないですか」
リズが来てから、確かにそうかもしれない。
適当に返して早々に歩き去らせたトナーから、窓へと目を戻してジェドは思い返した。まだそこには彼女がいて、加わったコーマックとも親しげに話している。
あの時、外には副団長である彼の相棒獣がいた。
おかげで、すっかり油断していた。リズが入ってきた時は、かなり想定外で驚いたものである。
恐らくは、見慣れた白獣の瞳の色に近い印象があったせいか。
彼女の瑞々しい澄んだ赤紫色の瞳が、正面からパッと目に留まった時に、自分がどうして副官を叱っていたのか忘れた。
見れば見るほど、深い色合いが不思議な輝きを宿す綺麗な目だと思った。誰もが打算や畏れを持って見てくるというのに、彼女はまっさらな眼差しで見てきて――。
無頓着な様子で適度に伸ばされた、春を思わせるような柔らかな髪。
控え目な性格を思わせる小さな唇と、そして人を真っ直ぐ見てくる大きな目。
一目で目立つわけではないけれど、それなりに愛嬌がある顔立ちをしている。表情は豊かで、素直そうな彼女の困った顔や泣きそうな顔は、とくに男性の目を引くだろう。
「…………ふっ。コーマックは、また何かドジでも踏んだか」
ジェドは、幼馴染でもある彼が、リズや部下の前で項垂れているのを見て小さく笑った。なかなか警戒心を解かない彼が、自然体で過ごせているのは悪くない。
対するリズは、幼獣と揃って彼を励まそうとしているみたいだった。
でも逆効果だったらしい。途端に部下達が、今にも笑い出しそうな口を手で塞いだ。女性にあまり免疫のないコーマックが、ダメージを受けて顔を押さえている。
あの表情からすると、リズはまたしても必死に謝っているのか。
彼女が涙目で何やら言っている様子を、ジェドは目を収めていた。ぎゅっと抱き締められた幼獣が、すっかり安心しきってきょとんとしている。
本当に素直な娘だ。全部表情に出る。
運動神経も、ついでにいうと、どことなく運もなさそうなのだが。
それでも空回りになろうがめげない。そんな意気込みで一生懸命頑張る姿を、あの日からジェドは、気付けば目で探しては追っていた。
そう思い返してみれば、先程のトナーの言葉を認めざるを得ないだろう。
毎日、彼女関係の報告を聞くのを、楽しみにしている自分もいる。
「……例の密猟の件の会議がなければ、今日も見に行けたんだがな」
知らず、ぽつりと彼の口から呟きがこぼれる。自分が一時不在になる代わりに、残った部下達への指示などを副団長のコーマックに任せていた。
明日なら、直接様子を見に行けるのではないだろうか?
引き込んだのは自分だ。またしてもあの大きな赤紫色の目を近くから見て、声を聞きたいだなんて――自分の気のせいだろうとジェドは思った。
※※※
その翌日も、よく晴れた春の青空が広がった。
はじめはどうなることだろうと思ったものだが、気付けば一週間目だ。リズは、幼獣の世話係りの毎日の仕事作業にも慣れてきたのを感じた。
「結構、このお仕事っていいかもしれない」
午前中の大きな世話仕事も、この日は予定より数十分早く終わっていた。次は昼食時間を待って、幼獣達のお昼寝タイムに付き合っているところである。
幼獣舎の前の芝生の上で、白いもふもふとした彼らが好き勝手に眠っていた。
両足を伸ばしたリズのスカートの上にも、数頭の幼獣が乗ったり寄りかかったりしている。触れているところから、じんわりと熱が伝わってきてかなり温かい。
ああ、日差しもポカポカだ。このまま眠ってしまいそう……。
「――おい。そこで堂々と寝るようなら、減給するぞ」
そんな声が聞こえて、半ば横になりかけていたリズはハッとして起き上がった。寄りかかっていた幼獣達が、眠ったままころんっとする。
目を向けてみると、そこには獣騎士団長ジェド・グレイソンの姿があった。
同性でも見惚れてしまうような美貌。濃い髪は夜空に近い色合いをしていて、クッキリとした色合いの鮮やかな青い目がこちらを見下ろしている。
「……また、来てる……」
出会い頭の強烈な印象から、苦手意識もあって口が引き攣りそうになる。
こうして世話係の仕事が始まってから、副団長や他の騎士達だけでなく、たまに唐突に一人でジェドも様子を見に来ていた。
きちんと軍服を着込んでいるところを見ると、仕事区切りのついでに足を運んできている感じはあった。すぐに命令してこないし、またしても用件はないのだろう。
多分、監視しているんだろうなぁ……。
リズは、この仕事に引き込まれた際の台詞を思い返した。彼は女性達からは人気があるし、それでいて彼女達は熱く語るくらい「軍人同士の恋」に夢中だ。
今になって考えると、ここに来たばかりの自分が「本当は厳しい上司」「容赦ない」「そしてゲイじゃない」と話したとしても、女性は誰一人として耳を貸さないのではないか――と、思わないでもない。
でも本人が監視で直接見に来るぐらいだから、その説得もきっと逆効果になるのだろう。コーマックから聞かされた話で色々と事情があるのも分かったし、リズとしても、約束されたことを破るつもりなんて毛頭ないのに。
「なんだ、上司の俺が来たら悪いのか?」
「えっ。そんな事はありません」
しばし俯いて考えてしまっていたリズは、パッと目を戻して慌てて否定した。
すると、目が合った途端、ジェドがフッと優越感漂う笑みを浮かべてきた。その視線が動いて、膝の上で我がもの顔で眠っている幼獣に向けられる。
「一番偉い上司が、わざわざ気を配って不慣れな新人の様子を見に来てやっているのに、それを悪く思う部下はいないよな? 幼獣に下認定されている『リズ・エルマー』」
「………………」
嫌味ったらしい言い方はどうにかならないのだろうか。彼の場合、単に小馬鹿にしたくて見に来ているだけのような気もするのだけれど……。
あれ、そうなると監視が二の次に?
リズは困惑した。視線が離れたタイミングで、つまらなそうな吐息が聞こえたかと思ったら、そのままジェドが幼獣を少しずらして隣に座ってきた。
びっくりして目を向けた。スカートの一部が踏まれてしまっているし、空気越しに体温が伝わってきそうな、やけに近い距離感である気がする。
「えっと、なんですか……?」
どうして座ったの、と思って赤紫色の目を丸くして尋ねる。
「隣が空いていたから座った。ちょうど暖も取れる、俺も少し休ませろ」
言いながら、彼が横になった。姿勢を楽に頭の後ろへ腕をやると、近くにいた幼獣が、もふもふの白い身体をころんっと寝転がしてそばに寄った。
少し仮眠を取る、と言わんばかりの態度だ。
スカートを踏まれて動けないリズは、またしても「えぇぇ……」と戸惑った。こんな行動に出られると思っていなかっただけに、驚きもあって声を掛ける。
「あの、すみません団長様。えぇと、そこにじっといられると、ちょっと」
「ちょっと、なんだ?」
上から覗き込んだ途端、彼がパチリと開いて青い目で見つめ返してきた。
日差しの下で見てみると、とても澄んでいて美しい瞳だ。吸い込まれそうだと思って言葉が出ないでいると、奥まで見透かすように見てきたジェドがこう言った。
「俺だって仕事で疲れているんだ。どんなに対策を講じても、山の密猟者は次から次へと出てくるしな」
そう後半を独り言で愚痴ったかと思うと、そのまま彼は目を閉じてしまう。
難しいことはよく分からない。でも、ここ数日は頻繁に出入りするくらい忙しかったようだとは感じていた。こうして、少しでも身体を休ませたいくらいには疲れているのかもしれない。
先日、副団長のコーマックも、普段からあまり休憩も取らない人であるのだと心配していた。
『相棒獣がいたのなら、魔力を分けてもらえるので回復も早いのですが……』
他の獣騎士と違って、相棒獣がいないため獣騎士本来の回復力には届かない。
獣騎士は、相棒獣がいて完全なる最強戦士となる。そうして相棒獣もまた、自分の獣騎士がいてこそ本来の魔力保有種としての力を発揮する。
これまで軍とは縁のない暮らしを送ってきた。貴族の療養地でもない遠い田舎の地で、馴染みのないリズには、それがとても不思議な関係にも思えた。
――あなたには私が、私にはあなたが必要。
まるで、そんな言葉が浮かぶかのようだった。あるべき大切な相棒だとしたのなら、もしかしたら欠けている状態は、寂しいことだったりするのだろうか?
リズは、ジェドをしばらく、そっとしといてあげることにした。
空を見上げてみると、長閑で静かな青がどこまでも続いていた。膝の上にいた幼獣が、耳をピクピクッとして、もぞもぞとふわふわの身体を丸め直す。
「――あら、夢でも見ているかしらね」
ぽんぽん、と膝の上にいる幼獣をあやすように撫でる。触れている手から「ぐるる」と気持ち良さそうに喉を慣らすのに気付いて、温かい気持ちが込み上げた。
本当に、ママになった気分だ。
リズは心地良くて、自分も少しだけ目を閉じた。
なんだか懐かしくなって、気付いたら子守歌を口ずさんでいた。それは母親がよく歌って聞かせてくれていたもので、彼らもそれを数日前から気に入ってくれていた。
と、不意に手を取られた。
しっかりとした大きな手の熱に気付いて、リズはハッと目を開けた。
目を向けてみると、そこには横になっているジェドがいた。先程まで幼獣をあやしていた彼女の手を、彼の大きな手がすっぽりと覆って握り締めている。
「そいつらだけ、というのはなんだか贅沢だな」
「え?」
「そんなに気持ち良さそうにされていたら、羨ましくなる」
そのまま手を軽く引き寄せられて、すり、とジェドが頬ずりした。
リズは、わけも分からずドキドキしてしまった。あの美しい青い目が、至近距離で自分の手を見ていることに、どうしてかとても胸が高鳴って緊張した。
なんだか、とても恥ずかしい何かを見せ付けられているような気さえしてき。もう見ていられなくなって、リズは思わず目を伏せた。
すると、握られていた手の動きが止まった。
「目を伏せるな」
そう唐突に言われて、ドキリとした。
「こっちを見ろ」
「な、なんでですか」
下を見つめたまま戸惑い答えた。ふつふつとよく分からない恥じらいに頬が熱くなると、自分に注意を戻させるようにジェドが手を少し引く。
「お前の目が見えないからだ」
目……? どういう意味だろう。
妙な回答だと思って、リズは恐る恐る彼へと目を戻した。立っている時よりも近くから目が合ったジェドが、何も言わないままじっと見つめてきた。
珍しくリラックスしたみたいな顔は、まるで寝惚けてでもいるみたいだった。言葉を待つリズは、戸惑いがいっぱいで目を丸くしてパチパチとやった。
小首を傾げてしまったリズの春色の髪が、ぱさりと胸に落ちた。
その時、彼女の膝の上で、幼獣が「みゅー」と寝言を上げて身体を伸ばした。
妙な空気が払拭されたかのように、ジェドが不意に満足げにニヤリとした。それはリズが見慣れたいつもの表情で、あの意地悪で悪巧むような笑みである。
「意外と触り心地のいい手だ。幼獣が気に入るのも分からんでもない」
するり、と彼が手を離していく。
恐らくは、分かっていて動揺させるためにやったのだろう。無駄に美しい見た目で精神攻撃してくるの反対ッ、とリズは思った。
「もうッ、団長様は寝ていてください!」
幼獣達を起こしてしまわないよう、しっかり声を押さえつつ伝えた。
そのままリズは、ぷいっと顔をそむけた。
少し面白そうにジェドが「ふうん」と呟く。リズが勝手に怒ったり恥ずかしがったりと百面相している様子を、彼は結局、短い休憩の間ずっと見ていたのだった。