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四章 リズ・エルマーの頑張り(6)

 一人と一頭、先を急いで木々の広い間を走る。


 カルロは人を背に乗せる訓練は積んでいない。そうして軍人ではないリズも、自分が幼獣達を抱えたまま騎乗するなど無理だと分かっていた。


 だから、ただ自分達の足でひたすら走るしかない。


 リズは胸に二頭の幼獣を抱え、せいいっぱい山道を駆ける。ただの娘でしかない彼女走りは遅く、カルロがスピードを合わせてぴったりと付いている。


 幼獣達が奪われたと気付いたのか、岩場の方から増した騒がしさが聞こえてきた。


「獲物を奪われたぞ!」

「チクショーっ、一体どこのグループの人間だ!」

「探せ! 白獣の幼体を奪い返せ!」


 複数の人間が駆けてくる足音が聞え始める。


 追い付かれて捕まってしまったら、殺されてしまう。そうして、この子達を守れないまままた奪われてしまう――リズは、不安と緊張で心臓がドクドクした。


 もっと速く走らなければ。


 そう焦りが増すと、木の根や土にも足が取られそうになった。


「ヴォンっ!」


 その時、落ち着けと一喝するようにカルロが吠えた。リズは不意打ちの獣の大声に、驚いた拍子にハタと少し落ち着きが戻った。


 すると後ろから「こっちだ!」と聞こえて、ギクリとした。


 私のせいで居場所が絞られてしまった。ああ、私は教育係りなのに、どうしてカルロに手助けてもらってばかりで頼りない『先生』なのだろう?


 そう思っていると、男達がもう見える距離にまで迫ってきた。


 私の足が遅いせいだ。リズは自分の速度に合わせいるカルロを思い、不甲斐なさと悔しさに表情をくしゃりとした。


 後ろから男達の怒号が聞こえたものの、振り返る余裕はなかった。胸に抱いている幼獣達を、抱き締めている腕に更に力をこめて懸命に走る。


 けれど、山の中を走り慣れてもいない娘が、鍛えられた男達を振り払えるはずもなかった。


 次第に距離は縮まってきた。リズもそれを分かって必死になる中、無精鬚をはやした一人の男が、狩猟銃を片手に苛立った様子で腕を伸ばす。


「このクソ女! 止まれ――」


 その手が、リズの背中の上で揺れる柔らかな髪に届きかけた時、カルロが目を走らせ、迫ったその男を大きな尻尾を動かして払い飛ばした。


「この野郎っ! 獣の分際で!」


 カッとなった男の一人が、狩猟銃を構えるのが見えた。


 リズは背筋が冷えて、真っ青な顔で「やめて!」と叫んだ。


「カルロを撃たないでっ!」


 そう悲鳴のような声が彼女の口が上がる中、カルロが素早く動き出した。その男の狩猟銃に喰らい付くと、そのまま乱暴に放って男を木へ叩き付ける。


 すると男達が、次々に狩猟用の銃を構えて発砲してきた。


 リズは「きゃあ!」と悲鳴を上げて咄嗟に頭を低くした。恐怖で一気に足が竦みそうになったが、せめて幼獣達には当たらないようにとぎゅっと抱え込む。


 私が、この子達を守らなくちゃ。


 たとえ撃たれたとしても、こうしていれば幼獣達には当たらないはず……。


 悲鳴に気付いたカルロが、ハッと反撃の手を引っ込めリズのもとまで後退した。乱れ撃ち状態の中、銃弾の軌道からそらさせるように庇いつつ彼女を走らせる。


 男達は、後ろからどんどん撃ってきた。


 銃弾が木や土に当たる音、もう何がなんだか分からなくなるくらい銃声が続き、リズはがむしゃらに走るしかない。


「どんどん追い込め! 相手は女一人と獣だ!」

「あっちは罠を仕掛けてある場所だ! そのまま追い込んで向かわせろ!」

「ははっ、罠のどれかに引っ掛かればこっちのもんだ!」


 罠……? ここに、この子達みたいな子を、他にも掴まえるための罠を仕掛けているの?


 リズは、後ろから聞こえてきたキーワードを耳にした途端、かぁっと怒りが込み上げるのを感じた。何も出来ない自分が悔しい。


「ひどい、どうしてそんな――」

「ヴォン!」


 またしてもカルロが大きな声で吠えた。そんなことを言っている場合じゃないだろう、と一喝された気がした。


 走ることに集中しなければならない。今はまだ当たっていないにせよ、男達が威嚇射撃に切り替えているとしても気を抜いたら銃弾で狙われる。


「そうよね、この子達のために、今は自分の出来ることをしないと……ッ」


 必死に足を動かして前へと進みながら、リズは怖くて震えそうになる口を一度きゅっとした。


 上がり続けている銃撃音で耳がぼわぼわする。近くに被弾するのを感じるたび、身体に撃たれたら、と想像して心臓はずっとドクドクしている。


 リズは、腰が抜けそうな自分を奮い立たせるようにカルロを見た。


「もしここに、獣騎士の誰かが入ってきているのなら合流する。いないのなら、このままどうにか町まで降りて、そこで助けを求める」


 自分達のすべきことを改めて確認するように告げた。カルロが普段と違う余裕のない険しい表情で、こくり、と頷き返す。


 リズは、カルロと一緒になって走り続けた。


 やがて、ふと、男達の発砲音が遠ざかり出したことに気付いた。


 もしや、この一帯に例の罠とやらを仕掛けているのだろうか……? だから、彼らは先程の『追い込め』を実行して、一旦足を止めて撃っている?


「カルロ、気を付けて。ここから、彼らが仕掛けた罠があるかも」


 幼獣達を胸にぎゅっとしたリズは、心配になって隣を走るカルロを見た。村で見たような、短時間で仕掛けられる狩猟用の罠を思い出していた。


「この子達みたいな幼い用だけじゃなくて、害獣対策向けの、獣の足を狙うような物もあるかもしれない」


 するとカルロが、何か言いたげな顔をした。けれど伝える手段がないのを、歯がゆく思うような苦渋を表情に滲ませる。


 人間によく狙われる。普段から獣騎士が巡回などでも対応に当たっているが、他にも古い罠が残っていたりするとリズは思い付かないままでいた。


 うまくいけば、このまま男達を振り切って下山出来る。


 そう考えてリズの足に一層力が入った。


 どのくらい走っていただろうか。気付けば、銃撃音は途切れていた。足音や気配もないのを感じて、リズは後方の様子をチラリと確認する。


「追って来ては、……いないみたいね」


 どうやら『追い込みの発砲』は打ちやめたらしい。


 この辺りに彼らの罠が張られているのだろう。もうかかった頃だろうと甘く見ているのか。それとも目立つ物音を、今更のように彼らも警戒したのか――。


 そうだとしたら、獣騎士団が山にも捜索の手を伸ばしている可能性は、あるのではないだろうか?


 その時、次の一歩を踏み込んだ足が沈んだ。


 がくんっと身体が落ちるのを感じたリズは、不意打ちのことで「あッ」と声がもれた。広範囲の地面が一気に崩れ、凹んでいくのが見えてさーっと血の気が引く。


 落とし穴だ。


 それは絶望的なほどに大きかった。大型級の白獣であるカルロごと、崩れていく地面が自分達を丸々下へと飲み込んでいくのが見えた。


 落下していく。空が、どんどん遠くなっていく。


 リズは、咄嗟に幼獣達を守るようにして胸にかき抱き、ぎゅっと目を閉じた――背中に衝撃を覚えた直後、彼女の意識はプツリと途切れた。

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