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四章 リズ・エルマーの頑張り(3)

               ◆


 作戦を立てた後、リズは白獣の女王と会うためカルロと行動を開始した。


「ほんとに大丈夫かしら……」

『堂々としてりゃ意外と目立たずバレない』


 途中で知り合いに見つかったら誤魔化せない、という不安が込み上げた。しかし緊急を要するのだ。カルロにもらったアドバイスを信じることにした。


 人がほとんど出払っていることもあって、外へ抜け出すのは容易かった。


 あっさり第一段階をクリアしてしまって、リズはやや拍子抜けした。このまま邪魔されずに真っ直ぐ山へ辿り着ければ、当初の目標は達成だ。


 カルロと一緒になって、リズは向かう目的地へと目を向けた。


 まだ柔らかな日差しが降り注ぐ大きな町の東の方向に、グレインベルトを代表する高い山々が見えた。あの一帯が白獣の生息域になっているという。


 太陽が真上に来るまでは時間がある。


 大きな町は、店々の営業が始まって数時間の賑わいを見せていた。


 おかげで人通りはある程度多かった。前をずんずん歩き進んでいくかなり大きい白獣カルロを、町の人達が距離を開けつつチラチラと見やっている。


 かなり目立っているのは、カルロが通常の白獣よりも大きいせいだ。それでいて『首輪付き』という珍しい姿で、その散歩紐をリズが持っているためだろう。


「お嬢ちゃん。近くに獣騎士様はいないみたいだが、大丈夫かい……?」

「えっ。あ、大丈夫ですよ。私はこの子の教育係りなんです」


 恐らく『危なくはないのか』という意味で尋ねたのだろう。


 リズは周りの者達を含めて、声を投げ掛けてきた優しげな中年男を安心させるように答えた。町の人々は、半ば夢でも見ているかのような顔だ。


「よく分からんが、つまりは教育中ってことか」

「戦闘獣に首輪なんてあるんだなぁ」

「犬の散歩みたいに町中を歩いてるぞ」

「白獣なのに首輪と散歩紐……」


 周りから囁かれる声を聞きながら、リズは彼らの戸惑いに共感を覚えた。自分も初めて首輪と散歩紐を渡された時には、かなり困惑したものである。


 この作戦、本当にうまく行っているんだろうか?


 かえって悪目立ちしているのではないだろうか、と不安が込み上げる。もし通報されたり、騒ぎになって獣騎士達の方に知られたらアウトだ。


 実は、首輪セットを提案してきたのはカルロだった。


――『こうすれば町中を歩いても騒ぎにならないはず。散歩作戦だ』


 散歩作戦って……カルロはワンちゃんじゃないのに……。


 立派な戦闘獣なのだけれど、とリズはまたしても思いながら目を向けた。当のカルロは『忠実な犬です』と言わんばかりの姿勢で歩いている。


 そのおかげか、見ていく町人も恐れ半分といったところだ。獣騎士がそばにいない状況なのに、遠目からだと大丈夫そうだという空気も漂っている。


――『紐を持ってくれればいい。オレはお前の前で、町人は襲わない』


 そう筆談で伝えてきた通り、カルロは落ち着いている。


 なんだか不思議だった。カルロは優秀な新入り研修獣のごとく、散歩紐を引っ張ることもなくリズの歩調に合わせて付いて歩く。


 次第に、町人達もずっとは注目してこなくなった。


 普段から獣騎士や相棒獣を見慣れていることもあるのだろう。距離を開けていれば大丈夫、という正しい知識も持っているようで騒ぐ者はない。


 どれぐらい歩き続けただろうか。


 気付けば、リズは問題なく山の近くまで来ていた。


 ここまで呼び止められないまま進んできたなんて、と我に返って内心驚いた。すると、どこからか交わされる会話が耳に入ってきた。


「あれが『訓練中の戦闘獣』かい」

「ほんとに首輪が付いてるな」

「なら安心だな」


 あ、カルロが言っていた通りだわ……。


 どうやら、変に目立っている所が役にたったらしい。堂々としているおかげもあって、獣騎士団の普段の仕事の一環とも思われているようだった。


 これだったら恐らくは通報もされないだろう。


 本当に賢い白獣だ、リズは品良く歩き続けいているカルロを見た。字も書けるし、伝えてくる言葉からは、リズより難しいことをよく知っている感じもあった。



 やがて一つの山の入口まできた。


 道がプッツリと途切れて、まばらに雑草がある土の地に木々が生えている。そこには『立ち入り禁止区域』という注意書きの看板もあった。


「近くで見てみると、ますます大きいわね……」


 ここへ列車で来る際、広大なグレインベルトの連なる山々はいくつも見てきた。けれど町に一番近い、その巨大な山の一つには圧倒されてしまった。


 さわさわと揺れている木々の葉。


 傾斜は奥へと続いていて、植物に阻まれて先が見えない。


「両隣の山の方が標高も低そうだけれど、女王様がいるのはここ……なのよね?」


 尻込みして尋ねると、もう人の目もないからと首輪を外されたカルロが、一つ頷き返す。


 獣騎士団で聞いたカルロの話によると、どうやら【白獣の女王】は他の山には移動出来ないお方――であるらしい。昔から、この山にしかいない。


 リズは、山へと目を戻した。


 流れてくる風は、町とは空気が違っていて大自然の気配がした。他に害獣がいたりするのではないだろうか、と怯んでしまうとカルロが背中を押してきた。


 そもそも自分がそばにいるのに、他の『何か』が寄ってくるはずもない。


 見つめ返してくるカルロの美しい紫色(バイオレット)の目から、そんな意思を感じたリズは、「あっ」と気付いた。


「そう、だったわね。カルロがそばにいるから」


 だから獣騎士団を出てきたのだったと思い出す。そもそも今、他の動物を気にしている場合でもない。


 カルロが、大きな白い身体を揺らし頭を持ち上げ「ふんっ」と鼻を鳴らした。小馬鹿にしているのか呆れているのか――どちらにせよ、下に見られているのは確かだろう。


 教育係りなのに頼りにならない自分を思ったリズは、これ以上もだもだして時間をかけられないと自分を奮い立たせると、山へと足を踏み入れた。


 山中はとても静まり返っていた。


 木々は高さがバラバラで、見た目よりも傾斜はゆるやかだ。木漏れ日が明るく照らしていて、足元には落ち葉や雑草が広がっているのがよく見える。


 慎重に歩き進むリズと、慣れたカルロの足音が上がっていた。


 進んでしばらくすると、やがて雑草も減ってきた。恐らくは場所によって、傾斜角度も変われば風景の印象も少し違ってくるのだろう。


「団長様達は、いつもここも巡回しているのよね……」


 多分、と、リズは獣騎士団の活動風景を想像する。


 ぐるりと見渡してみれば、木々の間隔はやや広めで所々開けてもいた。巡回班の数人であれば、大きな戦闘獣にまたがっても悠々に進行出来そう――。


 そう考えられるくらいに歩き慣れてきたリズは、ふと立ち止まった。


「あ。……考えてみれば、徒歩だとどれくらいかかるのかしら?」


 思えば、先に『女王様』がいる場所を確認してもいなかった。リズは遅れて気付き、今更のように困ってしまう。


 するとカルロが、前足で土の上の邪魔な落ち葉を払って、ガリガリと爪で字を刻み出した。


『女王、山と一緒になった。この山の地には、彼女の意思が宿っている』

「それ、どういうこと?」

『山は神聖な存在。慈悲と憐れみで、古き肉体を山が半分受け持った。そうして彼女は、半永久的に子と、一族の行く末を見届けられる存在になった』


 昔からずっと生き続けている?


 つまり女王様は、普通の白獣とは全く違うの?


 言われていることが難しすぎて、自分の頭では正確に理解出来そうにない。けれどカルロに筆談で講義してもらうわけにもいかないし……。


 どうにかリズは、自分なりに解釈して考える。


「あの、それってもしかして、神様みたいになったということ……?」

『そうとも言う』


 ひぇっ、とリズが飛び上がると、落ち着けというようにカルロが「ふんっ」と顰め面で思いっきり頭を動かして鼻を鳴らした。


『神様はよく知らないが、肉体ない。けれど彼女には、ある』

「うん、でも半永久的という部分でもう神秘――」

『女王、山と共に生きている』


 先を続けるようにカルロがガリガリとして、リズの言葉が遮られた。


 あ、これ、私の戸惑いの発言を聞かれていないやつだ……。


 リズは、何度かジェドにそうされたことが蘇った。やっぱりカルロの性格って、ちょっと団長様に似ているところがあるんじゃないかな、とか考えてしまう。


 その時、カルロが地面に刻んだ新たな字にハッとした。


『そうして唯一、自ら魔力を使える我らが祖先』

「えっ、不思議な力を使えるの!?」


 びっくりして尋ね返したら、カルロが頷いてきた。


『女王、人の言葉を魔力で話す』

「魔力で……」

『元からそうだったらしい。白獣は、格によって知能や潜在能力値が変わってくる。オレが、女王に習って字を書くのを覚えたのと同じ』


 持っている魔力を使える白獣……。


 わざわざカルロが筆談で伝えてきた内容を、リズは思い返し考えていた。ふと、まさかと気付いて見つめ返した。


「…………もしかして、辿り着くのも、普通の方法じゃいけない場所に……?」


 そこに、白獣の女王様はいる。


 そうでなければ説明が付かない気がした。半永久的に生きている特別な存在なのに知られていなくて、だからジェド達も山の下でバタバタしているのだ。


 カルロが一つ頷いた。リズは今更のように緊張感を覚える。


「……カルロ、女王様のことは、他の白獣達は知っているの?」

『知っている。けど大切で畏れ多い存在。口を固く閉ざす』

「それは本来であれば、人間に教えてはいけないからなんじゃないの?」


 はじめて、カルロの爪の動きが止まった。


 じっとカルロは地面を見ている。リズが見守っている中、やがてカルロが動き出して地面の土をならし、それから再び字を刻み出した。


『白獣は格で決まる。口を閉ざすのは、彼らには判断の権限がないからだ。畏れより女王に許可を求める白獣も、近年にはない』

「格? よく分からないのだけれど、カルロにはその権限がある、と……?」


 するとカルロが、「ふむ」と考える風な珍しい表情をして、すぐにガリガリと書き始めた。


『ある。オレは、そこそこ格上』


 ざっくりとカルロが回答した。


 なんだか、その一文に色々と集約されて説明を丸投げされた気がした。恐らくは説明されたとしても、最近白獣を知った自分には理解出来ないのだろうけど……。


 と、カルロが真面目な様子で見つめ返してきた。


『普通の方法じゃ行けないのは、合ってる』

「合ってるの!? 結構もう歩いたんだけど……」

『それも必要。何故なら、女王の方から許可があって【お招き】しないと辿り付けない。こうして会いたいと望んで山に入った者を、彼女は山を通して見ている』


 考えてみれば、白獣にとっても女王様は特別だ。


 しかも相手がカルロだけであるのならまだしも、自分は人間だ。より慎重になられるのも当然なのかもしれない、とリズは反省した。


「つまり見極めているのね……」

『彼女が了承すれば、彼女がいるところまでの道が開かれる』


 それを聞き届けたリズは、深く頷くと、沈んでなんかいられないという表情で顔を上げた。


「じゃあ、それまでは歩き通すしかないわね」


 前向きに口にした。だって、今はそれしか方法がないのだ。


「私の、あの子達を助けたい気持ちは本当よ。きっと、その【お招き】があると信じて、今はただ前に進むしかないわ」


 そう拳を作って意気込む。カルロが片方の眉でも上げるような表情をして、それから溜息のような鼻息まで吐かれてしまった。


 何故このタイミングで、私は溜息を吐かれてしまっているのだろうか……?


 リズは困惑した。考えても分からないだろうし、ひとまずは先へ進もうと決めて次の一歩を踏み出す。


 その途端、ぶわりと冷たい風が全身打ってきて空気が変わった。


「えっ、うわ、何!?」


 まるで、いきなり水にでも飛び込んだみたいだった。その風は物体感があってキラキラしていて、眩しくて目を開けていられない。


 スカートが、バタバタとはためいて音を立てている。


 冷気ではなく、新鮮過ぎて風の温度が低いんだ。うまく呼吸が出来ない、風に意識まで全部もっていかれそうだ――。



「ヴォンっ!」



 獣の吠える野太い声が聞こえて、リズはビクリとして目を開けた。

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