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序章 リズ・エルマーの不運な目撃

 獣騎士(あなた)には、(けもの)が必要。

 そして(けもの)には、獣騎士(あなた)が必要です――。


 それは相棒となる騎士と獣の、大切な『約束』と絆。


             ※※※


 こんなにも不幸なことって、ある?


 十七歳のリズ・エルマーは、胸に茶封筒を抱えて廊下をとぼとぼ歩いていた。その動きに合わせて、温かな春を思わせる桃色の柔らかな髪がふわふわ揺れている。


「うぅ、どうして私が本館の特別棟まで……」


 バクッとされたら入院費は出すから! と上司や先輩には言われけれど、その前に、軍にも馴染みがなかった庶民の、身の安全の確保を最優先して頂きたい。


 まさか、こんなことになるなんて……。


 二週間前までは長閑な田舎暮らしだった。それなのに、今は王国軍第二十四支部のある大都市の、しかも軍域ド真ん中にいる現状をリズは涙で思い返す。


 昔から何かとドジを踏み、不運なタイミングで上手いこといかなかった。たとえば村の運動会では池にダイブしたし、学校の行事当日に風邪で寝込み。凶暴で知られているブタ鳥の大型卵が飛んで来て、頭に直撃して試験に遅れたこともあった。


 働きに出られる十六歳で学校を卒業した。だが一週間で面接落ち四件という、村始まって以来の珍事、と言われるくらいの記録を叩き出してしまったのだ。


 会場に辿り付けないまま未面接で落ち、書類が業者事故で期日に間に合わず「今回は残念ながら」「また来年応募ください」で落選……。


『…………なんか、お前可哀そうだな』

『ここまでくると、さすがに笑えないし同情するわ……』

『えっと……私達、向こうの町から応援してるね……?』


 同級生達は、みんな村外の立派な勤め先へと出ていった。


 その後も色々頑張ったものの、リズはなかなか就職先が見付からなかった。そうして季節だけが変わっていき、再び巡ってきた仕事募集期間の今年の春――。


 ようやく採用決定の知らせをもらったのだ。


 リズは郵便物を取った玄関先で、「やったー!」と泣いて喜んだ。


 なんだなんだと家族や近隣の人達も出てきて、一緒になって喜んでくれた。けれど、その喜びも束の間、家族が先に気付いて青褪めた。


 村人達も、遅れて郵便物に書かれている文字を見て「え」と固まった。そこまできてようやく、リズも書面を確認して「ひぇぇ……」と血の気が引いた。


――王国軍第二十四支部、獣騎士部隊団。


 そこの非軍人籍組織の事務員としての採用だった。隣町であった就職活動会場に行った折り、就職希望書類の投函先をうっかり間違えてしまっていたのだ。


 おかげでリズは、十七歳にしてたった一人、村を出た若者の誰よりも遠いウェルキンス王国の東にある、グレインベルトという大きな町で暮らすことになった。


 そこは王国軍第二十四支部の、獣騎士部隊団がある地だ。


 大規模な町、山々といった大自然にも囲まれた、国内領土第二位の広大な土地である。リズは、そんな獣騎士団関連の机仕事を別館でやっていた。


 実は、ここは国で唯一の戦闘獣「白獣」の生息地としても知られており、獣騎士部隊団、通称「獣騎士団」が保護と管理まで行っていた。


 獣騎士団は、白獣を相棒獣として戦う騎士達だ。戦闘獣の魔力を引き出せる精鋭部隊軍で、大昔からこの地にいた獣戦士団が、今の「獣騎士」となっている。


 白獣は希少種の魔力保有生物で、騎乗する騎士に魔力を引き出してもらうことで地上のどんな生物よりも速く走り、空を駆ける国内最大の戦闘獣である。


 つまり獣騎士だけでなく、戦闘獣にとっても相棒は欠かせない存在だった。


 戦闘獣である「白獣」は、自分に必要な相棒騎士を求める性質から、基本的に獣騎士にしか懐かないことでも知られている。


――たとえ相棒騎士がそばにいたとしても、手が届く距離には絶対に入るな。


 別館側の非戦闘員の職員達も厳重忠告がされていた。だというのにリズは、入社初日から、何故か相棒獣も出入りしている本館側のお使いをよく頼まれている。


「…………もしバッタリ警戒距離内の近さで出くわしたら、パクリとイかれる」


 廊下を曲がった先にいたら、と想像して「ひぇぇ」と小さく震えた。勤務してから二週間、幸いにして今のところ館内で遭遇はしていない。


 入社初日、注意説明のため演習風景を別館の窓から見せられた。


 遠くから見た大型戦闘獣達は、素晴らしいくらいふわふわとした優雅な白い毛並みをしていた。なんか上品、癒し、可愛い……という感想が浮かんだ。


 だが、その印象が吹き飛ぶくらいに、直後の戦闘光景は凄まじかった。


 ああ、これ、バッタリ近くで遭遇したら危ないやつだ。


 噛み付く感じも狼っぽかった。人が裕に乗れる国内最大サイズの獣なので、頭くらい一噛みで軽くイける――と、田舎育ちの鈍いリズも危険性を理解した。


「うぅ、でもせっかく就職出来た場所だもん……」


 恐らくは、まだ重要ポストも任されていない新人は、多分そうやって危険なお使いをやらされる運命なんだろう……とも思って諦めてはいる。


 何せ今年、非軍人籍の別館採用の入社は、リズ一人だった。それもあって、正直のところ、投函ミスでなんで軍部に通ったのかも不思議ではあった。


 ここは軍部の中でも、採用枠がかなり狭いとも言われている遠方の獣騎士団だ。両親も村人達もかなり不思議そうにしていたものの、結果的には『村一番の偉い就職先』を得たリズを応援して、困惑ながら送り出してくれていた。


 だから頑張りたい気持ちも二割増しだった。別館の事務勤務組の先輩達だって、慣れて新人期間が、給料も高額だし有給もかなり優遇されている、と言っていたし……。


「でも今一番の問題は、この書類が団長様宛てということ……」


 リズは、これは上司案件なのでは、と胸に抱えた茶封筒を見下ろした。


 獣騎士団の団長、ジェド・グレイソン。


 彼は国内で二番目の広大な土地を有する、グレイソン伯爵家の人間だ。若くして爵位を継ぎ、現在このグレインベルトの領主でもあるお方である。


 二十歳にして獣騎士団のトップについた実力派で、二十八歳なのに婚約者もまだない。


 それでいて美貌と才にも溢れ、理想の優しい上司としても知られている。別館の女性職員だけでなく、町の女性達からも絶大な人気があった。


 彼女達の噂によれば、貴族界でも大変注目されている伯爵様にして、獣騎士団長様であるのだとか。


「私、軍どころか、貴族の作法もあまり知らないでいるのだけれど……」


 …………へまして首になる、ということはないだろうか?


 そこが、リズにとって一番の心配だった。別館の女性職員達からの嫉妬的な心配は一切していない。そもそも彼女達は、当初から恋愛の憧れは無しで考えている。


 実は、どうやら団長と副団長は出来ている――らしいのだ。


 だから結婚適齢期であるのに婚約者を持っていない、というのが別館側や町で持ち切りの話だった。そのため令嬢達も、見合いの申し入れを遠慮しているのだとか。


 獣騎士団の副団長は、コーマック・ハイランドという男だ。


 年齢は、団長のジェドと同じくらいだと聞いている。リズもチラリと遠目で見掛けた際、優等生美男子で、優しげな騎士様といった印象を感じた。


 二人とも美しい男なので、並ぶと大層絵になるのだとか。


 おかげで別館の女性達の妄想力も爆発していた。非軍人籍の、しかも下っ端の新人なので、リズはトップ上司二人のセットは見たことがない。


 出来る男同士の恋愛。田舎ではなかったことなので未知の世界だ。まぁ恋愛に性別や年齢は関係ないと思うし、一番そばにいた人と恋に落ちるのは有り……だろう。


「都会ってすごいわよねぇ……」


 リズはとぼとぼ歩き進みながら、しみじみと改めて思った。


「それでいて、あのすごく優しそうな副団長様を押しのけて、優しい上司のランキングトップに居座っている団長様か……」


 しばし、じっくりと考える。


「………………それなら……クビにはならないかも」


 そこが一番重要だ。もし書類を渡す際にへまをやってしまったら、その時は今後覚えます、次は絶対に間違えませんから、と必死に頼み込んでみよう。


 やがて一つの立派な扉の前に辿り着いた。獣騎士団長の執務室だ。


 ああ、これまでのお使いで、ここまで敷居の高い所もなかった……と、緊張がぶり返した。心臓がドクドクし過ぎて過呼吸になりそうだ。


 頭に酸素が回らない。緊張気味に素早く深呼吸したリズは、扉をノックするという一番目のコンタクトを起こすのに必死になって、ミスを一つした。


 室内からの応答許可を待つ、という次の過程をうっかり飛ばしてしまったのだ。


「団長様、失礼致します。書類のお届けもので、す……」


 そのまま扉を開けたところで、リズは目を丸くして立ち止まった。


 室内には、上官級の軍服に身を包んだ二人の男がいた。獣騎士の特徴的なベルトでしっかり締めるタイプのロングジャケットには、装飾が多くある。


 一人は顔を知っている副団長のマーコックだ。とすると、もう一人の方が『団長様』だろう。


 獣騎士団長ジェド・グレイソン。確かに女性達の噂通りの美しい男だった。キリリとした端整な顔立ち、夜空のような深い紺色の髪。


 こちらを見た彼の目は、息を呑むほどクッキリと際立つ鮮やかな青だ。


 目が合った一瞬で、リズは射抜かれたように動けなくなってしまっていた。あまりにも男性として美しいせいで、彼が睨み付けてくる表情と鋭い眼差しが、威力二割増しだったせいもある。


 団長の執務室にいたには、団長と副団長だった。その二人きりという状況については、仕事の上司と副官、もしくは恋人同士と考えれば普通だ。


 だが、そこに広がっていたのは仕事の光景でも、男性同士ラブラブしている様子でもなかった。室内に漂っているピリピリとした空気は、恋人として何かしら擦れ違いや誤解があった、という空気感でもなく――。


 それは「あ?」とこちらを睨みつけてくる上司と、土下座姿勢でこちらに助けを求める涙目を向けてきた、下僕のような副団長の光景だった。


 おかしい。私が聞いていたのは、温厚で紳士で完璧な上司のはず……。


 それがリズの聞いていた『団長ジェド・グレイソン』だった。けれど、何度目の前の光景を確認してみても、それは自分の副官を犬のように扱い叱り付けているドSで容赦のない鬼みたいな上司だ。


 リズは混乱が一周回って、ひとまず見なかったことにするのを決めた。睨み付けてくるジェドは魔王のようであるし、とりあえず怖すぎる。


「………………すみません。部屋を間違えました」


 そっと目をそらし、そのまま閉めようとした。


 直後、ガシリと腕を掴まれてリズは「ひぇッ」と声がもれた。ハッとして目を向けてみれば、先程まで向こうにいたはずの団長ジェドがいた。


 すぐそこから見下ろす、ブチ切れ笑顔の美しい青い目と合った。


「なわけねぇだろ。逃がすかよ」

「ひぃい!?」


 口からもれたリズのか細い悲鳴は、室内で正座中の副団長、コーマック・ハイランドの「ひぇえ」という細い声と重なって――パタンっと扉の向こうに消えた。

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