EPISODE16 最終決戦
階下からの争いあう轟音が全身に響いてくる。
激突の音一つを聴くたびに、体は興奮で滾った。
俺は根っからの喧嘩屋なのだろうか。
殺す気でかかってくる人間と戦えるから、俺は平和な日本において警察官という職業を選んだのだろうか。
AIによる判定でAだったから?
いや、他の職業でも軒並みA判定だった。
エスカレーターの段差を駆け上がるたびに、自分自身を見つめ直していた。
これから死ぬかもしれない戦いに臨む。
ツカサを取り返すための戦いでもある。
負けたくない一心で、俺は二階堂を追うんだ。
突然、最上階から銃弾が飛来した。
姿勢を低くしながら、柱の陰に身を隠す。
少し顔を覗かせただけで、柱はえぐり取られた。
上から怒鳴り声で叫ばれる。
「龍道川トオルー!」
高笑いと、去っていく靴音が混じる。
逃がすわけにはいかない。
エスカレーターを一段飛ばしで駆けていく。
奴の背中が、ゲームセンターの奥でちらりと見えた。
俺は誘導されている。
逃げるだけなら、わざわざ場所を知らせるような真似はしない。
ゲームセンターの奥まで走った先は、屋上への扉だった。
二階堂は、ここで決着をつけようとしているのだ。
肩で息をしながら、扉に手を伸ばす。
人に釣られた魚は、最期まで足掻く。
足掻いて足掻いて、釣り針を外すことができる。
一度学んだ魚は、釣るのが難しい。
奴の戦い方は身をもって学習した。
だから、今の俺は前の俺とは違う。
次に勝つのは、俺の方だ。
屋上の中央に、二階堂は佇んでいた。
いつもなら賑わっているはずの屋上広場は貸し切り状態で、寂しく風が吹いている。
赤い点がべったりと付着したレインコートの裾は、風でなびいていた。
奴の顔は血に塗れ、髪は乱れている。
二階堂は口角を上げて、銃口を持ち上げた。
身構えて、目を瞑る。
だが、響いてきたのは虚しい引き金の音だけだった。
「こいつは必要ねぇ。溜まったストレスを銃で晴らすのは、ちょっと寂しすぎるぜ」
拳銃を横に思い切り投げ飛ばした。
回転して空中を舞う銃は、柵を越えて建物の外へ落下していった。
奴は両手を挟んで、指の関節を鳴らす。
「今までも、ストレスが溜まったら人をぶん殴って鎮めていた。思い出すなぁ。オレが初めて、殺しを犯したのは小学六年の時だったっけか。親が転勤族でな、オレは日本のあちこちに引っ越してきたよ。人生変えられたのは、ここ……O阪だ」
人差し指で、地面を示す。
思い出深い場所で決戦するために、こいつとのドライブに付き合わされたのかと思うと反吐が出る。
そんな俺の気持ちを無視して、二階堂は語り続けた。
「転校して早々、いじめに遭ったよ。その場で、いじめっ子の鼻をへし折ってやったがな。まあ、やんちゃだったんだよ。こんなオレにも優しくしてくれた男がいてね。彼が家に招待してくれたんだ。そこで見た世界は凄まじかった。アニメ、ゲーム、音楽……オレは、すぐにのめり込んだよ。同時に、彼を尊敬した。彼の言うことなら、何でも聞く気になった。カリスマ性があったんだろうね」
「悪いが、お前の身の上話など一々聞いていられない」
「ある日、慎ましく過ごしていた彼は、いじめっ子の標的になった。オレが側にいたのが、気に食わなかったらしい。彼は河原に呼び出されて、後ろ手に縛られて、タコ殴りにされていたんだ。たまたま、刃物を持っていたオレは、いじめっ子たちを皆殺しにした。気持ちよかったよ。あれから一年経っても、誰にもバレやしなかった。黙っていた彼だけど、中一の時にポロッと呟きやがった。誰もが妄想だと信じていたらしいが、こうしたところから足が付く。賢いオレは河原に呼び出して、殺害した。同時期に、クラスでいじめの加害者だった奴もまとめて、川に沈めた」
「賢いだと? 恐れただけじゃねぇか」
文句を言っても、奴は表情一つ変えなかった。
まるで誇らしげに語っている。
自身が犯した殺人を武勇伝扱いしているのだ。
酒を飲んでいない素面のはずなのに、酔っているかのように喋り続けた。
言動も内容も、狂気の沙汰としか思えない。
「転校して、一週間でクラスの半数が行方不明になったこともあったなぁ。それだけ、教室が腐っていたってことだ。刑事になってからも、この手で幾百もの人を殺した。社会のゴミどもを始末してやったのだ。国にとって、オレという存在は必要悪なんだよ。ある時、オレの前に外国人の男が現れて、こんなことを言ってきた。『君には暗殺の才能がある。私が雇ってやろう』ってな。殺害の瞬間を収めた写真を手にしながら」
顔を厳しくさせ、俺を睨みつける。
「そいつは、世界を裏から支配する組織のボスだったんだ。組織の名前は『アンオノマ』。既に、この国は支配されている」
「何が言いたいんだ」
「オレに関わった時点で、お前は終わりだってことだよ。オレもお前も、アンオノマからは逃げられねぇ。だから、とことん殺しあおうぜ。46年間で学んだのはな……人生どうしようもならなぇって時は、死ぬ気で殺してやれってことだ! いくぞ!」
二階堂はポケットからナイフを取り出して、こちらに突っ込んできた。
明らかに奴の発する殺気が強くなり、空気は冷寒な戦場へと変化する。
説得や情に訴えるような言葉など効くはずがない空間。
「巨大企業が守ってんのは、利益じゃねぇ。アンオノマとの繋がりだ!」
ナイフを振り上げ、首すれすれを通っていく。
斬撃を避けても、次から次へと切先で突いてきた。
「アンオノマの機嫌で、企業の売り上げは変化する。国もまた、同様だ。今の首相は、裏から操られていることに気付けない哀れな人形だ。鷲尾ユリハは自分の働きで日本は変わると思っているようだが、アンオノマが個人を操り、組織を操り、自分好みの国に変化させているのだ」
閃かせるナイフを振りかざして、顔目掛けて一直線に突っ込ませる。
俺はナイフを握る手首を掴み、互いに力比べを競い合った。
目の先に、鋭く尖った切先がある。
俺が負けると眼球を貫かれ、脳味噌にまでナイフを刺しこんでくるだろう。
「龍道川……てめぇを殺してから、オレも死んでやるよ。オレはもう、組織に殺される。なら、最期はめちゃくちゃにして終わらせてやるぜ。相打ち覚悟でやってやるぞ、オレは!」
「二階堂!」
押し退けるように体当たりをして、蹴りを放った。
二階堂も脚を振り伸ばし、両者の脚が筋交いする。
火花が出そうな勢いでぶつかり合い、脛に力を込めて押し続けた。
「せめて、龍道川の首持って、優しく殺してもらうとするか」
「なに言ってんだ……お前は、ここで、叩き潰す!」
二階堂が先に脚を下ろし、ナイフを横一文字に閃かせた。
すぐに後方へステップして、刃から離れる。
振り抜いたナイフを構え直し、体勢を整えて襲ってきた。
「殺してやるよ、オレの手で。殺すか、殺されるかの最終決戦だ!」
避けても避けても、二階堂は諦めない。
無駄のないナイフ捌きで、攻め込む隙が見当たらない。
卓越した戦闘技術を、更に見せつけられることになる。
振り下ろしたナイフを上に放り投げ、拳で殴りかかってきた。
奴のパンチを、腕で防御する。
やがて、二階堂は身を捻りながら飛び跳ねた。
落下するナイフの柄に、タイミング良く回転蹴りを叩きつけたのだ。
発射台となった蹴りによって弾丸と化したナイフは、常軌を逸した速度で飛来する。
長年の戦闘経験が膝を曲げさせ、スピードを伴った刃は頭上を通り過ぎていった。
脳より先に、体が動いたおかげで回避することができた。
着地した二階堂が舌打ちをした隙を突いて、俺は拳を振り抜いた。
ガードに持ち込ませない。
右で殴ったら、左で殴れ。
相手の懐に飛び込んで脇腹を殴り、胸に正拳突きを放つ。
「ツカサに手を出したことだけは許さないぞ、二階堂!」
仰向けに倒れた二階堂の髪を鷲掴みにして、顔面を殴れるだけ殴った。
「お前を仲間にしようと思っていたが、ここまでのことをしてくれたんだ。半殺しにして、逮捕する」
「黙れ、若造が!」
左頬に強烈な衝撃を食らった。
脳がシェイクされ、一瞬意識が薄れた。
もう一発、右胸に受ける。
芯を貫く痛みによって、喉に詰まった血液を吐き出す。
足元で血の塊が弾け、飛び散った。
苦痛を精神力で堪え、反撃を試みる。
二階堂を殴る拳は手のひらで受け止められ、全身の力で放り投げられた。
地面に叩きつけられ、体が跳ねるように転がされる。
どうにか距離を置いた二階堂は腫れた顔を押さえながら、唇の切れた口で叫んだ。
「あの小僧が、そんなに大事か。二日間、車のトランクで熟睡だ。お前を殺して、クソガキも殺してやる。あのガキが、てめぇをここまで駆り立てたんだよな。踏み込んじゃいけねぇ領域まで、来ちまいやがった。龍道川が猫山マサシまで辿り着いた時、オレはてめぇを信頼したんだ。ミスリードに引っかかってくれる純粋さを応援した。だが、間違いだったみたいだ。小林ヨシノリの家に向かうのを、偶然見かけた時は運が良いと思ったよ。あの時、何度も止めてやっただろ。善心で、何度も忠告してやった。だけど……てめぇは暴走したよなぁ! 恨むなら、自分を恨めぇ!」
「社会のゴミを暴いて、ここまで追い詰めたんだ。この選択は間違いじゃない。御託はいいから、さっさとかかってこいよ!」
雄叫びを上げる二階堂は拳を構えながら、距離を詰めてきた。
殴りつけてきた拳を、腕で受け止める。
連打して攻撃してくるなら、何度でも防御する。
受け止めるたびに、両腕の感覚がなくなっていく。
途中で動きを変え、最小限の動きで正拳突きを放ってくる。
さすがに速すぎて、防御が追いつかなかった。
胸部に拳を食らう直前に、上半身を少し反らして、ダメージをできる限り減らす。
吐血するほどの衝撃が襲ってくるが、致命傷にはならなかった。
まだ戦える。
まともに受けていたら、体を動かせない状態に陥っていたところだ。
何としてでも、直撃だけは避けなければならない。
追い打ちをかけるように、回し蹴りを放ってきた。
首を傾けて、避ける。
遠心力で威力を増した爪先が、頬をかすった。
どこでも買える運動靴のくせに、いっちょ前の切れ味を誇る。
少し触れただけでも、細長い切り傷ができてしまった。
だが、回し蹴りで生まれた隙を逃さない。
即座に、顎に向けて腕を振り抜く。
それを見抜いていたのか、回転の勢いを利用して、振り回した手で思いっきり叩かれる。
狙いは逸れ、握り拳は奴の右肩に命中した。
「ぐっ!」
呻き声を漏らしながらも、軸を真っ直ぐに保とうとしていた。
阻止するため、肘からタックルを噛ました。
ド突かれた二階堂は後退しつつも、立ったまま堪える。
そこをすかさず攻撃する。
握り締めた右拳で、顔面を潰した。
次は左手を、心臓の辺りに叩きつけた。
痛みで見開き、ふらふらとよろめく。
「殺しの技術は、オレ様の方が上だー!」
手刀で突いてきた腕を掴み、背負い投げの要領で遠くに放り投げる。
受け身をとって、衝撃を和らげても、屈辱は味わっていた。
口内の粘々した唾液を吐き捨て、怒りの色を表す二階堂を見下げた。
「殺しの技術だと? そんなもん、もう役に立たねぇよ」
「このゴミカスが! くたばりやがれ!」
正気を失った瞳で殴りかかってきたが、しなやかに躱して側頭部を殴りつける。
もう一度、殴ろうとすると腕を弾かれる。
ニヤッと笑みを浮かべているが、うなじに右腕を巻きつけて、上から押さえつけた。
その隙を突いて、膝裏を靴底で強く蹴る。
膝を折って、蛇のように抱きつかれた二階堂の腹に、膝蹴りを打ち込んだ。
哀れな声を捻りだして、涎がこぼれる。
苦痛でもだえる顔に、ストレートパンチで吹き飛ばした。
「もう、お前に人は殺させねぇ。俺らの計画が狂う可能性があるからな。殺し屋は今日で廃業だな」
「ぐ、龍道川ぁ!」
倒れた体を引きずり、片膝を立て直す。
もう片方の膝も伸ばし、立ち上がった。
瞳の奥は、今なお殺意で満ちていている。
だが、両者共に体力はほとんど残っていなかった。
「二階堂、いい加減くたばってくれ……」
「てめぇがなー!」
二階堂は拳を強く固めて、怒号を発しながらパンチを打ってきた。
文字通り、ありったけの力を込めたパンチだろう。
なら、俺も全身全霊をこの一撃に託す。
右手を決してほどけないよう握り締め、顔に照準を合わせて鉄拳を放った。
内臓を震わせる咆哮で、威力を発揮させる。
前に出した右足は、床を割ってやるばかりに踏み抜いた。
声と声が激突し、双方の腕が擦れ違う。
そして……先に届いたのは、俺の拳だった。
渾身の強打は鼻頭を突き抜け、二階堂は大きく吹っ飛んでいく。
屋上からの落下を防ぐ柵に、背中を打ち付けた。
鈍い音を奏で、二階堂は沈む。
俺にも限界が訪れ、気を失うように座り込んだ。
両手を床につけて、空を仰いだ。
「終わっ、た……」




